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2009年4月27日(月曜日)

つくしい朝

カテゴリー: - kawamura @ 08時23分53秒

谷間に差してゆく朝陽つづきはこちらへ・・・ http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200904/article_26.html


2009年4月18日(土曜日)

花とオーナーさま

カテゴリー: - kawamura @ 08時02分57秒

梨の白い花、オーナーさま、モッコウバラ


2009年4月9日(木曜日)

etude53

カテゴリー: - kawamura @ 09時35分47秒

(写真は、猫と花と梅の木オーナーさま)

ペリーとプチャーチンがあらわれときのこと、
それはどういう偶然なのか、
べつに示しあわせたわけでもないのでしょうに、
米国のペリーが嘉永六年六月三日、
ロシアのプチャーチンが七月十八日と、
わずかひと月半の差で現れたのです。

そのとき、

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200904/article_9.html


2009年3月31日(火曜日)

曇天の山桜

カテゴリー: - kawamura @ 07時09分35秒

本日多忙ゆえ、曇天ではありますが、

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200903/article_31.html


2009年3月29日(日曜日)

タケノコ掘り 山菜採り 完全無農薬梅の木オーナーさま

カテゴリー: - kawamura @ 08時24分12秒

昨年からひきつづきオーナーになって下さった静岡市のMさま、
ご家族とわんちゃん一匹でおみえになりました。

「斑点のある梅がおいしいなんて、最初は半信半疑でした。
 でも、食べてみると、種が小さくて、果肉が厚くて、
 とてもおいしいから
 7キロ漬けた梅がもうなくなってしまいました。

 娘に、今年も申し込んで、と頼んだんです」

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200903/article_29.html


2009年3月28日(土曜日)

タケノコ

カテゴリー: - kawamura @ 07時29分40秒

タケノコ掘りの予約が入りはじめました。

今日の午前中にお見えになるのは、
昨年からのオーナーさま。

このところの寒の戻りで桜の開花も小休止、

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200903/article_28.html


2009年3月25日(水曜日)

花便り

カテゴリー: - kawamura @ 14時59分54秒

花便り

カメラの不具合で写真のUPがおくれてしまいました。

修復しましたので、さっそくUPします。

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200903/article_25.html


2009年3月24日(火曜日)

09桜通信

カテゴリー: - kawamura @ 05時34分02秒

(桜の写真は後刻UPします。おたのしみに)

ソメイヨシノの屋敷木が咲き、
先駆けの桜が咲き、
もうすぐ裏の山桜が咲きます。

いちめんに花のあふれる季節になりました。

このところかぜはやわらかく、
ぬくもりに汗ばむほどです。

しろい木蓮はすでに散って、
むらさきの木蓮の花びらがふくらみはじめています。

早春の歓びは、
あと幾たびわたしのもとへおとずれるのでしょう。

青い惑星の、
風光のやさしい島国に生まれたしあわせを、
いっぱいに胸にみたして生きています。

昨日の検診の結果は、4月1日に知らされます。

早春の悲しみは、
あと幾たびわたしのもとへおとずれるのでしょう。


2008年11月28日(金曜日)

流れる霧

カテゴリー: - kawamura @ 07時59分10秒

河村山を流れる霧。


2008年11月26日(水曜日)

木(き)

カテゴリー: - kawamura @ 08時12分57秒

銀杏を撮影する方々へ。

この二三日がベストでしょう。

朝八時、
今朝のような快晴の日に
谷間の静寂に身をひたし
ひたすらシャッターをきりつづけるのです。

黄金の装いに身をつつみ
銀杏は空へ飛び立とうとするかのようです。

中学二年生のときに書いた詩を思い出しました。

賢治に傾倒していたころの詩です。

木(き)
       河村隆夫

風よざわめけ
燃えたて

まっ青あきぞら
焼きこがせ

枝よはばたけ
舞いたて

紅葉のはねを
撒きちらせ


2008年11月25日(火曜日)

銀杏と家

カテゴリー: - kawamura @ 08時17分03秒

今朝は銀杏と家の写真をUPします。


2008年11月20日(木曜日)

銀杏

カテゴリー: - kawamura @ 07時43分11秒

銀杏(いちょう)と銀杏(ぎんなん)は
おなじ字です。

なんだか不思議な感じがしませんか。

(以下、ご自分でどちらの読みなのかをお考え下さい)

銀杏は樹で、
銀杏はその実なのに
まったくおなじ字なのです。

そういうことって、
ほかにもあるのでしょうか。

樹と実がおなじ名前ということがほかにもあれば、
ぜひおおしえ下さい。

それはさておき、
世のなかになにが起きても変わらぬように、
ほのかに銀杏が色づきはじめました。

銀杏もたくさん落ちていることでしょう。

梅の木オーナーの皆さま、
銀杏ひろいを愉しみませんか。

銀杏がほほを染めながら
皆さまをお待ちしています。


2008年9月25日(木曜日)

秋桜と曼珠沙華

カテゴリー: - kawamura @ 07時51分05秒


2008年9月13日(土曜日)

初秋の花

カテゴリー: - kawamura @ 14時02分41秒

本日、二日酔いにて沈没。
撮りためておいた初秋の花々をご覧下され。


2008年8月18日(月曜日)

夜鳴く鳥

カテゴリー: - kawamura @ 08時39分36秒

眠りに落ちようとすると、奇怪な声が聞こえます。

毎夜のことです。

妻もおびえて「あれは鳥?」
と訊いてきます。

「鳥だろ」と答えても
私にも自信はありません。

ギゲゲゲ・・
と、喉をふるわせて笑うような、
妖気ただよう鳴き声です。

(つづきは後刻)


2008年8月6日(水曜日)

スコール

カテゴリー: - kawamura @ 08時07分27秒

近ごろの当地は南方の島ようです。

毎日のように、スコールが来ます。

朝から快晴と思っていると、
昼過ぎに突然黒雲が沸き立って
大粒の雨がざっときます。

これぞ地球温暖化なのでしょうか?

地球温暖化といえば二酸化炭素、
排ガス規制が喧しい昨今です。

二酸化炭素排出量の権利が売買されるという
ふしぎなことになっています。

国をあげて二酸化炭素排出量の規制に取り組もうとしているときに
なんですが、
ホントに地球温暖化は二酸化炭素が原因ですか?

これは先月号のサイエンスに載っていましたが、
どうも専門家の間では反論も出ているようです。

たとえば雲量が1%増えると気温は1℃下がるようです。

(いま、休み時間を利用して
 記憶を頼りにブログを書いていますから
 少し正確さを欠くかもしれません)

雲量は地球に降り注ぐ宇宙線の多寡に依るようで
これは、太陽の黒点と密接な関係にあるのです。

太陽が活動期にはいると太陽風が地球を包み
宇宙線が地球に届かなくなります。

雨粒が発生するためには核が必要ですが
宇宙線がその役目を果たしていますから
宇宙線が減れば雲量も減るというわけです。

雲量が1%減れば温度は1度上昇します。

これに比べて、
問題視されている二酸化炭素の温度上昇寄与率は
0.1度にすぎないというのです。

つまり、地球温暖化は
太陽の活動に大きく作用されているもので
二酸化炭素は温度上昇要因の単なるひとつにすぎない、
という主張です。

その学説によれば、
これから地球は寒冷化にむかうというのです。

なぜなら、
太陽活動がこれから沈静期に入って
雲量が増加し
気温が下がるというのです。

あと10年もすればおのずとはっきりすることだ
と言っています。

もちろんこれはひとつの学説にすぎません。

どちらが正しいのか、
私には判断する能力はありませんが
先進国が後進国に排気ガス規制をせまる政治的仕組みは
なんだか
眉につばをつけたくなりませんか?


2008年6月26日(木曜日)

花便り

カテゴリー: - kawamura @ 07時38分15秒

梅雨の晴れ間に咲いていた花々です。


2008年6月17日(火曜日)

げげっ!何もの!!

カテゴリー: - kawamura @ 05時52分08秒


道の片すみに
さらされていた昆虫の死骸です。

何ものでしょうか!?


2008年6月9日(月曜日)

蛍七匹

カテゴリー: - kawamura @ 06時23分06秒

(梅の実を配達希望の皆さん、
 今朝は早朝から雨で、
 梅の収穫はできそうにありません。
 梅の配送はいましばらくお待ちください)

蛍がほんの少し飛びかいはじめました。

昨年二回も
蛍の幼虫とカワニナをまいていただいたのですが
その翌日豪雨になったりしまして
おそらくそのとき
幼虫たちは流されてしまったのでしょうか。

それともまだ
あきらめるのは早いのかもしれません。

なぜって
ここは平地より100メートルほど海抜が高いので
気温が1・2度低いのです。

蛍が渦を巻くように舞いあがってくるのは
これからかもしれません。

いまは七匹の蛍でも
静謐の闇に立って
かすかなピアノソロをきくように
蛍の舞をたのしんでいます。

彼らは
十日の恋を実らせるために
一年を沢のほとりで暮らしていたのです。

その十日間
水よりほかは口にしません。

葉陰にかくれる恋人に
美しいウインクを送りつづけ、
やがて恋が成就すると
たちまちこの世から消えてしまいます。

十日の恋を実らせるために
この宇宙に生まれてきたのです。

明滅する蛍を見ると
あれは母か、あれは父か、と思うのはなぜなのでしょう。

なんだかむこうの世界から送られてくる
意味深い信号のような、
切なく訴えてくる彼らの言葉のような
そんな気さえしてきます。

明滅する蛍光をあびて
その向こうにぼんやりと立つ父母の顔が
懐かしく浮かびあがるようです。

もしも
蛍の数がふえてまいりましたら
皆さまに必ずご報告いたします。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年6月5日(木曜日)

奇妙な蜘蛛

カテゴリー: - kawamura @ 06時45分10秒

奇妙な蜘蛛?を見つけました。

撮影の腕さえあれば、
直線形に、木の枝のように擬態するところも撮れたのですが。

新種の蜘蛛ではありませんか?

足は6本のように見えるのに、
たしかに蜘蛛の糸の上にいるのです。

(よく見れば8本ありました)

どなたかこの蜘蛛?の名前を教えて下さい。

いつか、糸トンボも撮って、
まとめてUPしようと思っていますけれど
いまはとても忙しくてできません。

廃園の奥
おりふし池のまわりを飛び交う
金や銀や紺色の糸トンボの写真をまとめて
写真展を開きたいと思っているのです。

ところで、
この蜘蛛?の名前を知っていらっしゃる方、
教えてくださいませんか?

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年5月27日(火曜日)

テッペンカケタカ

カテゴリー: - kawamura @ 05時05分26秒

ホトトギスとウグイスと
森の声が入れかわりました。

ウグイスの初音をきいたばかりと思っていたのに、
谷間のいちめんにきこえていたその声は
もうすっかり杜鵑(ホトトギス)の
鋭い声に変わってしまいました。

杜鵑に托卵された鶯は
卵を我がものと思い
けなげに温め
やがて雛がかえってもそれとは気づかず
えさをあたえて雛を育てるうちに
杜鵑の子に
我が子をひそかに巣の外に棄てられてしまうのです。

鶯の親は
やがて杜鵑の雛が大きく育ってはじめて
我が身と姿が大きくちがうことに気づくのでしょうか。

そのとき、鶯は何を思うのか。

みずからの愚かさを呪い、
それでも、我が身と似ても似つかぬその子をさえ
愛おしく思うのでしょうか。

驚きといとおしさと憎しみと
その相克が鶯の声を
いっそう美しく磨きあげるのでしょうか。

いったい自分の人生はなんだったのかと、
この世の不条理を切なく訴えるのでしょうか。

朝の四時というのに
森からは杜鵑の声に重ねるように
鶯の声も聞こえてきます。

我が子の御霊を弔うように、
鶯の声が聞こえてきます。

美しいさえずりとしかきこえなかった四月の森が
杜鵑の声を聞く初夏になって
にわかにその陰翳を深め
森の緑もまた苦悩に彩られて燃え立つようです。

しかしたとえそれがこの世の実相であるとしても
生と死の織りなすこの世の裏面であるとしても
鶯の歌は愛憎を越えて
生きとし生けるものへの賛歌であることを
彼らの競い鳴く
暁暗の森に祈ります。

それにしても
鶯の声を聞いて
泥に咲く蓮華の意味を知りました。

美しき花は、地獄に咲くのです。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年5月15日(木曜日)

梅の実熟れた

カテゴリー: - kawamura @ 05時19分06秒


(6時30分撮影左2枚。他の梅園に陽が差してから、もう少し撮ります)
(9時撮影、3,4枚目。花はムラサキツユクサ)

昨夜、若い先生と飲んだときに
ブログの感想を聞くと

「写真が綺麗です」

とのお答え、
さっそく梅の実を撮ることにいたします。

梅狩りまであと半月、
オーナーの皆さまも
梅の実の様子をご覧になりたいでしょう。

梅園が朝陽をあびるまで
いましばらくお待ち下さい。

新緑の谷間に
美しい朝が訪れようとしています。

空に鳥のさえずりが満ちています。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年4月29日(火曜日)

月の蝶

カテゴリー: - kawamura @ 07時39分05秒

四季の風景を録画して
皆さんに楽しんでいただこうと思っています。

たとえば鳥の声、
せせらぎ、
風の音など、
あるいは桜、
そして新緑に匂い立つ森、
銀杏、
やがて谷間を染める紅葉など。

それからホタル、
しかしなによりも
月。

ひとり月光を浴びて
青らむ夜景のなかへ溶けてゆく感覚を
みなさんに覚えていただきたいのです。

足下へ、くっきりと影を落とす月、

見渡せば、夜陰の森は蒼く煙るようです。

昼と見迷って、蝶が舞い立つことがあります。

青条揚羽が光芒のすじをひいて
月の空をひらりと舞ったあと
森の闇へ消えてゆきます。

池の端の葉のうえの
月に眠る美しい糸トンボを
ゆびさきでとらえる感触も
楽しいのかもしれません。

そうしてみると
やはり谷間の底に立って
早暁のさえずりや
しずかに満ちてくる月の光を
身をもって味わうのがよろしいのかもしれません。

ヴァーチャルの仮想感覚をお伝えするのは
よろしいのかどうか
悩むところです。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中) 


2008年4月28日(月曜日)

花とオーナーさま

カテゴリー: - kawamura @ 07時39分26秒

左から、モッコウバラ、ヤマブキ、藤枝のオーナー様、静岡のオーナー様、見学客。
よもぎや山椒など、さまざまな山菜の楽しみを教えられました。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中) 


2008年4月22日(火曜日)

この花の名前を教えて下さい。

カテゴリー: - kawamura @ 09時30分11秒

敷地内の灌木に咲く花です。

この花の名前をご存じの方は
いらっしゃいませんか?


2008年4月19日(土曜日)

青のコメント

昨日の日記
かはたれたそかれ」に寄せられたコメントです。

*********************

はじめまして。
その青を私も1度だけ見たことがあります。

数年前に深夜残業をしてタクシーの中から
東京の街並みをぼんやり眺めていた時、
夜でもない朝でもないその青色に心奪われました。

タクシーが静かに深い水底を走っていて
水面を見上げたような印象だったのを覚えています。

あの青のことだ!
と嬉しく思ったのでついコメントしました。

Comment by panda8 — 2008年4月18日(金曜日) @ 16時45分15秒

*********************

うれしい、
こんなにうれしいことはないとおもえるほどの
コメントでした。

「彼は誰れどき」と「誰そ彼どき」にたまゆら訪れる
青の刻、
それを宝石のように
ひとり胸に抱いてきた私にとって
この「青のコメント」は
長い孤独から私を解放してくれました。

ある感覚を共有しているというのは
価値観を共有しているというのより
もうひとつ深いところでつながっているという
感じがします。

えもいわれぬクオリアの感覚を
このように共有できるのはまれなことです。

茂木健一郎先生が
拙著『蒼天のクオリア』に書いて下さった序文を思いおこします。

2000字にも及ぶ序文の
ほんの一部分を抜萃してみましょう。

**********************

 こうして、
河村さんの半生に取材した本の序文を書かせていただきながら、
私は不思議な必然と偶然の交錯を感じている。
私が河村さんと出会ったことは、おそらく偶然であろう。
しかし、河村さんを知れば知るほど、
そこに何らかの必然性を感じることを禁じ得ない。
北海道の白い大地で、
静岡の豊かな自然の中で、
河村さんが見てきたこと、感じて来たことが、
私にとっても切実な意味を持つように感じる。

       (茂木健一郎先生の序文より抜萃)

**********************

もちろん茂木先生と私では
天の星と海底のヒトデほどの差があることは
承知しておりますが
拙著『蒼天のクオリア』をお読みになった先生が
なにかの感覚を私と共有なさったのは
確かなことだろうと思います。

クオリアを共有する感覚は本当にまれなことで
幼いときに生き別れた兄弟に巡りあったような
切なく懐かしい感じをいだかせるものです。

いずれにせよ、
不意におとずれた「青のコメントは」
至福の瞬間を私にさずけてくれました。


2008年4月9日(水曜日)

桜とアイリス

カテゴリー: - kawamura @ 07時25分09秒

河井先生!
昨日の嵐にも、山桜は散りませんでした!

満開のままです。

あんまりきれいなので
朝日のアイリスも撮ってみました。


2008年4月6日(日曜日)

この花の名前をおしえて下さい

カテゴリー: - kawamura @ 05時28分28秒

庭先に咲く花です。

この花の名前をご存じの方
コメントしていただけませんか?

谷間はいま花に満ちています。

しかしそれもまもなく散り
やがて青葉の季節がきます。

さきほど7:15に撮影しました。

満開の山桜です。

月明の桜を撮影したいのですが、
いまだ技術が及びません。

来年には、みなさまに満月の桜をご覧いただけるよう
努力いたします。


2008年4月5日(土曜日)

桜通信 その4

カテゴリー: - kawamura @ 07時32分33秒


今朝の山桜とその風景です。


2008年4月3日(木曜日)

桜通信 その3

カテゴリー: - kawamura @ 06時24分28秒

裏の山桜は三分咲き。

この桜が満開になると
きまって思い出される歌があるのです。

それはあまりにも有名な平忠度の歌。

「行き暮れて 木の下影を宿とせば 花や今宵の主ならまし」

どうしてこの歌が気になるのかはわかりません。

それはおそらく
都落ちする忠度が一夜の宿とした山桜が、
それはありえないけれど
この桜のような気がするのでしょうか。

満開の月夜に、
裏の山桜をみていると、
その下影に人の気配がするのです。

私はいつも足音を忍ばせて見にゆきます。

そこには確かにいるのです。

折れた矢を鎧に突き立てた落武者が
木漏れる月光を太刀に流して
刀身の刃こぼれを見ています。

かたわらに置いた兜の金具が
ときおり青く光ります。

顔を上げ
月を浴びれば
それは初老の貴人です。


2008年4月2日(水曜日)

桜通信 その2

カテゴリー: - kawamura @ 05時38分01秒


桜が咲きはじめました。

山桜はソメイヨシノより遅く、
しかもここは平野部よりも
100mほど標高が高いのです。

ですから、全山の桜が満開となる時期は
4月10日ころでしょうか。

たくさんの方が写真撮影にみえる墓守桜は、
まだ咲きそめたばかりです。

桜通信は、まだまだつづきます。

それと、
茂木先生のクオリア日記
絶対秘仏」の一読をお薦めします。
コメント欄も・・・


2008年3月28日(金曜日)

桜とはじめてのオーナー様

彼は20代の好青年でした。

名古屋からはるばる車で来てくれたのです。

昨日、
掛川の彼女を乗せて、
山里の梅園を訪ねてくれました。

おりしも先駆けの桜が咲きそめ、
白い木蓮が満開の朝でした。

青年は
私の説明に熱心に耳をかたむけ、
花々の美しさを褒め、
古きものに津々たる関心をしめしていました。

裃(かみしも)のことを話していると
「○○絞りですね。
 私は絞りの勉強をしたことがあるんです」
と応えました。

○○のところを、忘れてしまったのです。
はじめて聞く絞りの名前でしたから。

でも、
文化財住宅には、盗難の心配もあって、
あまり良いものは置いてないのです。

それでも青年はひとつひとつのもの、
鉄瓶や炭壺や長火鉢の角の継ぎ目なんかを
目を輝かせて見ていました。

彼女は、
そんな青年をまぶしそうに眺めていました。

晴れた春の日でした。

廊下の陽差しが照りかえして、
純朴そうな青年の横顔や、
まだおさなさの残る女性の瞳に
あわいひかりを映していました。

しかし
青年の純真さは鏡のように、
家を守ることに疲れて
ゆがんでしまった私を写しだしていました。

それに気づいて、
私は悲しくなりました。

会話がとぎれると、
鳥の声と
遠くの川のせせらぎが聞こえるだけになりました。

やわらかな風がきて、風鈴がちいさくなりました。

それはだれも気づかないほど、かすかな音でした。

しずかな時が流れました。

そうしてしばらくして
私のゆがみもなやみも
ゆっくりと溶けはじめ
やがてきえてゆきました。

これで良かったんだと思えるようになりました。

谷合の村で、
古びた家を守り通すことにも、
なにかしらの意味はあるのでしょう。

この青年と少女が、
このしずけさを、
この自然を、
そしてこの古びた家と
それを継いでゆく者たちの物語を、
はるかな旅の果てに
歓びを全身にかがやかせて耳かたむける姿は、
私に生きている意味を与えてくれました。

ありがとう、若きオーナー様。

きょうは山菜があまりなくて、
わずかな時間しかご案内できませんでしたが、
次回は
梅取りの6月上旬になるのでしょうか、
きっと訪ねてきて下さい。

きょうお話ししたように、
山桜も、新緑の谷も、ホタルも、月も、銀杏も、
すべての山里の光景を楽しむことのできるこの地へ
何度でもお越し下さい。

心からお待ちしています。


2008年3月27日(木曜日)

桜通信 その1

カテゴリー: - kawamura @ 06時19分55秒


きょうの午前中に、
梅の木の選定に
オーナー様が二人でお見えになります。

お一人は名古屋から
もうひとりは掛川からです。

ちょうどそれを待ち受けていたかのように
先駆けの桜が咲きました。

これから1か月ほど、全山が桜に染まります。

ところで、
仮の会員券を今週中に発送する予定でいます。

規約などを書き直して
後日、正規の会員券をお送りします。

オーナーの皆様よろしくお願い申し上げます。

(桜の写真は、朝日が出てから撮影して
 9時ごろにUPします)

いま撮ってまいりました。

谷間の朝は遅く、
東の山に朝日が昇るのは8時ごろ、
西の山の端に日が沈むのは3時ごろです。

ですから、
東の山に咲く先駆けの桜は
9時少しまえまで待たないと朝日を浴びません。

しばらく川べりの草むらに立って、
シャッターチャンスを待っていたのです。

でもちょっと逆光で、
あまりいい写真ではありませんでした。

また後日、挑戦してみます。

木蓮もきれいだったのでUPしました。


2008年3月24日(月曜日)

花便り

カテゴリー: - kawamura @ 07時37分44秒

きのう、家のまわりのの花々を撮りました。

今日はあいにくの雨ですが
きのうは春の風が吹いていました。


2007年12月1日(土曜日)

今朝の銀杏

カテゴリー: - kawamura @ 16時00分13秒

今朝の銀杏は、今年一番でした。
ところで、長期にわたってパソコン不具合がつづき、ついにハードディスクが破壊され、
いままでのデータがすべて消滅。諸行無常のかなしみに耐えているところです(笑)。
歴史研究、小説、メールの記録など、膨大なファイルが夢と消えました。

現在はあたらしいパソを物色中。
ところが、OSが変わって、光かADSLでないと対応できないとかナンとか。
深山幽谷に住む私は、ずっとISDNでしたから、ど〜しよ〜、とうろたえているところ。
無線LANの快適生活とはオサラバかもしれない。

さすがに、仕事場のパソではブログは書きにくいのです。
それでも、あまりの銀杏の綺麗さに、仕事場でUPしました。

銀杏鑑賞は、午前9時頃が最適です。


2007年4月23日(月曜日)

バラと梅

カテゴリー: - kawamura @ 11時06分25秒

左 モッコウバラ 中 梅 右 ふしぎな梅(上半分だけ赤らんでいます。その理由が分かりません。どなたかお分かりでしょうか?)


2007年4月12日(木曜日)

この花の名前を教えてください

カテゴリー: - kawamura @ 08時00分20秒


道路ぎわのフェンスの下から、たった一本のつるが伸びはじめました。
あれから10年経って、フェンスはすっかりこの花で覆われるようになりました。
手入れをするわけでもないのに、どこから栄養をとりいれるのか、見事に花を咲かせます。
直径5センチほどのあわいクリーム色の花には、とげもなく、一面に咲きほこる姿は私たちを毎年楽しませてくれます。

ところで、この花の名前はなんというのでしょう?
ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひお教え下さい。


葉桜

カテゴリー: - kawamura @ 07時47分30秒


もうすっかり花は散って、初夏の装いに衣替えしました。


2007年4月9日(月曜日)

百花繚乱

カテゴリー: - kawamura @ 15時38分13秒


2007年4月7日(土曜日)

桜通信

カテゴリー: - kawamura @ 08時21分45秒


左上から 3/29・30・4/1・2・4・7


2007年4月4日(水曜日)

梅便り

カテゴリー: - kawamura @ 08時46分43秒


桜通信

カテゴリー: - kawamura @ 08時43分40秒


2007年4月2日(月曜日)

桜変化

カテゴリー: - kawamura @ 07時47分52秒

左から3月29日、30日、4月1日、2日


2007年3月31日(土曜日)

梅の実便り

カテゴリー: - kawamura @ 07時54分16秒

私たちはまだちいさな実ですけど、
6月にはゆたかに実って、
皆さまのやさしい手にもがれる日を待ちこがれています。
どうぞ、きっと来てくださいね!


2007年3月30日(金曜日)

桜通信

カテゴリー: - kawamura @ 11時19分16秒


2007年3月28日(水曜日)

先駆けの桜

カテゴリー: - kawamura @ 08時23分51秒

先駆けの桜、
それは季節のなかを
単騎先駆ける若武者のようです。
光る風に
鎧兜の金銀がきらめきます。


2007年3月27日(火曜日)

自然のたのしみ方を

カテゴリー: - kawamura @ 07時06分12秒

私はあそびをあまり知らないから、
どなたかあそび方を教えてください。

自然はあふれるほどあります。
森も、野原も、古い家も、小川も、竹やぶも、
ぜんぶ私のまわりにあるのです。
それなのに、いつも家のなかで本を読んだりしていて、
私は自然をたのしむことを知りません。

それで、
これからは残りの人生をたのしもうと決めましたから、
夫婦で力をあわせて、
手作りのバーベキューコンロをつくることにしました。

梅とりの皆さんには間に合うかもしれません。
梅とりをたのしんだあと、
六月の風にふかれながら、静岡の海の幸や、
もちろん旬の山菜をその場で焼いて食べたら、
どんなにおいしいことでしょう。

もうひとつ、
ほたるの養殖も勉強しようと思っています。

皆さん!
あふれるほどの自然のたのしみ方を、
教えてくださいませんか?


2007年3月25日(日曜日)

うぐいすの歌合わせ

カテゴリー: - kawamura @ 09時58分45秒

雨の日に、
ぼんやりとうぐいすの声を思い出すのも一興です。

晴れた谷間の一か所から、
最初のうぐいすの鳴き声がきこえます。

その声をたしかめてからとでもいうふうに、
ひと呼吸おいて、
対岸の山肌からうぐいすの声がそれに応えます。

さらに遠くのの森からも、
裏山からも、
その歌合わせがしばらくのあいだ
谷間にここちよくひびきます。

それはうぐいすのテリトリーの確認である
というような興醒めなことはいわずに、
あんなにもちいさな鳥なのに、
それでも歌うよろこびを知っていて、
精いっぱいそれを謳歌していると思えば、
なぜかうきうきしてきます。

いままであくせくと生きてきたことが
嘘のように感じられるあかるい春の日です。

空飛ぶ鳥を見よ、
播(ま)かず、刈らず、倉に収めず。
野の百合(ゆり)は如何(いか)にして育つかを思え、
労せず、
紡(つむ)がざるなり、
されど栄華を極めしソロモンだに、
その服装(よそおい)この花の一つにも如(し)かざりき。
きょうありて明日、炉に投げ入れらるる野の草をも、
神はかく装い給えば、まして汝らをや。
汝ら、
之(これ)よりも遥かに優(すぐ)るる者ならずや。


2007年3月24日(土曜日)

初タケノコ

カテゴリー: - kawamura @ 07時50分37秒

昨日、妻が掘りました。今年の初ものです。
私は何をしていたのかですって。
私は、午前中ずっと、墓場の穴を埋めていたのです。
妻は竹やぶでタケノコを掘り、
私は墓場で穴を埋めていたのです。

文化財河村家住宅の裏山の斜面に、
代々の墓石がならぶ墓地があります。
墓守桜の巨木が墓場に影を落としていますので、
あたりはいつもひんやりとしずまりかえっています。

(茂木健一郎先生は、一昨年、ここを訪ねてくださいました)

ところで、タケノコもそうですが、
自然薯もみんなイノシシに食べられてしまいます。
妻が掘ったタケノコは、
イノシシ様の貴重な食べのこしなのです。

私が墓場で埋めていた穴も、
イノシシ様のお掘りになった穴なのです。

墓場の上に、父の植えた槇の樹がならんでいて、
その根っこに自然薯があったのでしょう。
特大のあなを二つも掘ってくれました。
埋めるには、あと二日もかかりそうです。
ああシンド・・


2007年3月22日(木曜日)

花便り

カテゴリー: - kawamura @ 09時18分14秒


2007年2月3日(土曜日)

月夜の賛美歌

カテゴリー: - kawamura @ 03時22分22秒

こんな月夜には
雪の日のよそおいをして
ベランダにまるくなって
月をながめながら眠りましょう。

マタイ受難曲を聴きながら
クオリアのことなんかを考えて
いつまで待っても解決の糸口さえみえない奇問なのに
月明かりをあびて
白く身をこごえさせながら
遙かな教えを聞ける朝を待つのでしょうか。

それほどの長いときが我らに与えられているのではないから。
こんなに美しい月をいくたびもみられるわけではないから。
部屋の灯を消して、
窓の月あかりをたよりにこれを書いています。

私はなぜこの世に生かされているのか。
私はどこへ行くのか。

若年の日から知りたかったそのことだけが
それだけがいつまでも私を悩ませています。

ああ、月あかりの森から
ひとり、またひとりと
賛美歌を聞きに
むかしのひとびとがあらわれてくるようです。


2006年12月11日(月曜日)

さらば!銀杏

カテゴリー: - kawamura @ 09時01分52秒

銀杏の葉も残り少なくなりました。

これから年の瀬です。
冬枯れの銀杏の木を、イルミネーションで飾って、
おおきなクリスマスツリーにしたいと、かねがね思っていました。

クリスマスの夜に、多くの方々が車でみえて、
車の中から、そのクリスマスツリーを眺めていられるような、
どなたか、ノウハウをおもちの方はいらっしゃいませんか?


2006年12月6日(水曜日)

嗚呼!銀杏

カテゴリー: - kawamura @ 09時47分12秒

寒風吹きすさぶ昨今にて、銀杏も末期の姿となりました。
それにしても、昨夜の月は美事でした。


2006年12月4日(月曜日)

秋霜

カテゴリー: - kawamura @ 08時57分25秒

今朝の窓に映る景色です。
朝陽をあびれば、一瞬できえる秋霜です。
今日も快晴。


2006年11月28日(火曜日)

今朝の銀杏3

カテゴリー: - kawamura @ 08時30分15秒


銀杏の下の葉が落ちはじめています。
わずかにうすみどりを残しているのに、もう散りかけるとは、秋がかけ足で過ぎてゆくようです。
過ぎてゆく景色が、眼にしみるように綺麗です。


2006年11月25日(土曜日)

今朝の銀杏2

カテゴリー: - kawamura @ 09時47分39秒

散歩途中のスケッチです。

九分の紅葉というところでしょうか。


裏山の遠景です。


2006年11月22日(水曜日)

今日の銀杏

カテゴリー: - kawamura @ 10時39分51秒

散歩をはじめました。
ちょっとピンぼけです。


2006年10月8日(日曜日)

カテゴリー: - kawamura @ 07時30分35秒

月あかりに身をさらしていると、すこしずつ心身が霊化されて、
透きとおってゆくのがわかります。
月あかりは骨に沁みて、身体をすりぬけてしまいます。

銀の月を見上げていると、それは月でないことがわかります。
たしかに太古から浮かんでいる月のすがたをしているけれど、
それは月ではないなにかであることが、はっきりとわかってきます。

霊化された私とおなじように、月をあびた秋桜の花は、
しばらく月あかりにひたっているうちに、
それ自体がぼうっとかがやきはじめます。

顔をあげ、月明の景色を遠くながめると、
あらゆるものは昼と異なるいのちをあたえられて、
色のないそのもの本来の実相をうかびあがらせています。

天空にかかるあれは、ふるくから月と呼ばれる異形のあれは、
いったい何なのでしょう。


2006年9月24日(日曜日)

熊っ!

カテゴリー: - kawamura @ 09時20分11秒

昨日正午すぎのことです。突然放送がありました。

「こちらは広報島田、しまだです。
志戸呂地区で熊と思われる体長160センチほどの動物を見かけたという情報があり、
 足跡を調べたところ、熊と思われます。
市民の皆さまには、充分お気をつけ下さい」

さらに夕刻には地域の連絡網を通じて、夜間の外出をひかえるよう呼びかけがありました。
熊が出た、というのは55才の私にも生まれてはじめてのことです。
両親や祖父母からも聞いたことがありません。

今年は奥山のブナの実が少ないようです。
天候異変の影響なのでしょうか。
すべてをそこへ結びつける安易な文明批判のようなことを私は好みませんが、
なにかしら熊をとりまく環境に変化があったことは確かでしょう。

テレビで、捕獲されておびえている小熊の目をみたとき、殺さずに山へかえすとは聞きましたが、
ふと高村光太郎の駝鳥の詩を思いおこしました。
いつもの秋のように、冬眠をまえにして充分な木の実を食べられず、おなかをすかせた熊たちが飢えをしのぐために、
あるいは我が子を生きのびさせようとして危険な里におりてくるのは、彼らとしても本意ではないでしょう。

「きれいごとを言うな!熊のまえに命をさらして捕獲するのは、猟友会であり市の職員なんだぞ!」
としかられそうです。
その通りで、私たちが危険にさらされるのは困ります。
とくに、私自身が殺されてはたまりません(笑)。

つまるところ私たちつよい人間が、イノシシや熊を銃で撃ち殺すしか道はないのでしょうか。
もしそうだとしたら、殺された彼らの姿をみて、せめて慈愛の心をもつひととして、
そこにこの世の不条理、動物の命を絶ちながら生きる我らの実相を凝視してほしいとは思います。

(といいながらさきほど私はサンマの塩焼きを食べました。おいしかった・・・)


2006年5月30日(火曜日)

梅の誘惑

カテゴリー: - kawamura @ 06時26分58秒

(これは怪しいメールではありません。安心してお読みください)

kawai先生、maekawaさま、johnさま、
そして草刈り機で活躍してくださった石松さま、
昨年「御林守河村家」の文化財保護ボラアンティアにご協力いただいたおおくの皆さま、
私たち梅の実は、ゆたかにこの身をみのらせて、あなた様をお待ちしております。

このままですと、ただ落ちて大地に帰るばかりの私たちは、
皆さまのやさしい手でもがれて梅酒になり、
あるいは梅干しになるのを待ち望んでいます。

私たちは農薬に汚染されていないきよらかな果肉です。
完全無農薬というのが、清純な私たちの誇りです。

みずみずしく育った私たちの旬の味をお楽しみください。

kawai先生、maekawaさま、johnさま、
なにかうめ〜え企画をしていただければ、幸いに存じます。

(このところ大量に送られてくる怪しいメールに、
 文面がやや影響されているかもしれませんので、あしからず)


2006年5月22日(月曜日)

桐の花

カテゴリー: - kawamura @ 07時58分31秒

道の途中に、桐の木が立っています。
満開の花を咲かせていましたが、
このところの風雨で、
もうほとんど散ってしまいました。

うすむらさきのうつくしい花でした。

写真に撮らなければいけないと思いながら、
チャンスをのがしてしまいました。

四季の花々をブログで紹介するという企画がありましたから、
気にはしていたのです。

来年は忘れずに撮ろうと思います。

でも、写真の花と、記憶の花と、
どちらがうつくしいのかは、
むずかしいところです。

いまはもううしなわれた桐の花を、
新緑の葉をつけてすっきりとたつ桐の木に、
そのときの清楚に咲きほこるすがたをおもいうかべて、
まぼろしをなつかしむ、
こころに咲く桐の花のせつなさは、
写真に残された花にはありません。

「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」
この一節の解釈にはいろいろあるのでしょうけれども、
花は年ごとに不変の花を咲かせるのに、人は年ごとに老いて移ろう、
という巷間の解釈より、
移ろいゆくこころに映るその花は、年々相似てみえるけれども、
昨年の花といまの花、いま咲く花と翌年の花、
それらは似ているようで非なるもので、
年々無常のひとこころに映りゆくそれらの花は、
それぞれの春のまぼろしにすぎない、
ともとらえられます。

私たちは過ぎさりし日のまぼろしや、
いまだ見ぬものへのあこがれのなかにいるので、
いまはいまとも云えぬあやういおののきのなかにいるのです。


2006年4月3日(月曜日)

山桜満開

カテゴリー: - kawamura @ 08時49分25秒


今日は風がつよく、花は散ってしまうかもしれません。
妻とふたりで花見をたのしもうと思います。


2006年3月31日(金曜日)

桜便り(3/31)

カテゴリー: - kawamura @ 10時27分43秒


左は墓守桜、右は前山の桜(写真の右にみえる植林した杉の帯が、山崩れのあと)


2006年3月29日(水曜日)

今日の山桜

カテゴリー: - kawamura @ 10時16分37秒


2006年3月19日(日曜日)

花便り

カテゴリー: - kawamura @ 08時49分34秒


木蓮・・・満開
枝垂れ桜・・・二分咲き


2006年3月14日(火曜日)

桜便り

カテゴリー: - kawamura @ 05時56分52秒

もうすこし暖かくなったら、
みなさんに桜便りをお届けしましょう。

はじめは山桜から
それから染井吉野と、
ゆっくりと季節をいろどる桜の風情を、
みなさんに堪能していただければと思います。

墓守桜はすこし有名になって、
その季節になると多くの写真家があつまって、
朝から夕まで日のうつろいとともに姿をかえる
山桜の巨木を、
思いおもいの方角から、
自慢のカメラにおさめています。

絵を描く方もいらっしゃいます。
ご夫婦で、お昼のお弁当を召しあがりながら、
やわらかい春の風に酔うように、
うっとりと絵筆をはこぶ姿は
窓ごしにそれを見ている私たち夫婦も
しあわせにしてくれます。

墓守桜は4月上旬、
前山の桜は4月なかばが見ごろです。

もうすこしあたたかくなったら、
みなさんに、
桜便りをお届けしましょう。

おたのしみに。


2006年2月28日(火曜日)

満開の白梅

カテゴリー: - kawamura @ 06時28分10秒

日曜日には、
数人の方々が写真撮影をしていました。

ふるい電柱も取りはらわれて、
谷間の景色は
さらにすっきりと
江戸時代をおもわせる
懐かしい光景にもどりました。

昨年の山芋会に参加された方々には、
午前中の
文化財保護ボランティア活動(草取り)
の御礼といたしまして、
この梅が実るころには、
お約束したように
草取りは2時間でしたので
お一人様2?の梅を進呈致します。

それ以上は
有料とさせていただきますので(笑)
あしからず。

義父母が梅の剪定に
来られなくなりましたから、
梅の木は
天にむかって伸び放題です。

多少採りにくくなったかもしれませんが、
そのぶん量は多くなりましたので(笑)。
曇天の写真ですので、
晴れた日にもういちどUPします。


2005年12月22日(木曜日)

雪国

カテゴリー: - kawamura @ 10時11分43秒

静夜のながい眠りから覚めると、そこは雪国でした。


2005年9月19日(月曜日)

銀の月

カテゴリー: - kawamura @ 06時42分15秒

お客さまが6時半にお見えになったときには、まだ月はありませんでした。
さきに新宅のほうでお弁当をいただくことにしました。
酒もすすみ、来客の文学談が佳境にはいりはじめたころ、山の端に月があらわれました。
7時半ごろです。

私もはじめてみるような、おおきな銀の月でした。
天体望遠鏡を夫婦でかつぎだして、中秋の名月を来客におみせしました。

本宅「御林守河村家住宅」に座をかえることにして、月の石畳をあるきました。
明かりをつけず、月明のなかでくぐり戸をぬけて、奥座敷の廊下にすわりました。

私たちもお客さまも声はなく、ただ虫のすだく音のなかに、蒼い月光がふりそそいでいました。
あまりの美しさに、声をだすものがいませんでした。

やがて満月は天空にかかり、私たちは月の道をあるきました。
月明かりにいちめん霜の降りたようになって、しろい道をふみしめるたびに、ひしひしと音がするようでした。

新宅にもどってお月見団子をいただき、ふたたび話に時をわすれて、みなさんで満月を愛でました。
お客さまがお帰りになったのは、10時をとうにすぎていました。

(写真は、お客さまの写真をいただいてから、後日UPいたします)


2005年9月18日(日曜日)

月明の谷

カテゴリー: - kawamura @ 09時51分11秒

昨夜の月も凄いものでした。
裁判官殿が帰省して、よまやまばなしのあとのほろよいきげんで眺めた月は、谷間の空に凍りつくような美しさでした。

今夜は観月会。
くっきりと地面に影をしるす蒼い月あかりを、お客さまに堪能していただこうと思います。


2005年9月15日(木曜日)

観月会(9/18)

カテゴリー: - kawamura @ 08時49分41秒

9月18日(日)、午後6時半より、島田市大代「河村家住宅」において、観月会を催します。
満月のほかには、なにもございません。
お食事をたのしんでいただき、そのあと、谷間を青くそめる月をごらんください。

定員8名、会費3千円です。
お申し込みは、お電話またはメールでどうぞ。
TEL0547(46)1648
e-mail kabuto@mwc.biglobe.ne.jp


2005年7月18日(月曜日)

十三夜

カテゴリー: - kawamura @ 21時16分22秒

それにしても、今夜は美しい月でした。

天体望遠鏡を夫婦ではこびだして、三十分ほど、十三夜の月を堪能しました。
満月よりもすこし欠けた月のほうが影がついて見やすい、というhayano氏のアドバイスをうけて観測したのが正解でした。
影とのさかいめのクレーターの深さも、それぞれにちがうのが見てとれます。月の地平に、複雑な山脈のすがたがくっきりと確認できます。

月の写真をとる方法を、どなたか教えていただけませんか?


2005年7月13日(水曜日)

竹斬り殺法開眼

カテゴリー: - kawamura @ 00時04分07秒

ひとりでは隊とは云わないかもしれませんが、気分は竹斬り討伐隊です。
腰には愛用の「歯欠けノコギリ」をさし、愛刀「なまくらナタ」を手に、いざ、出陣。

しばらく我がナタのひらめきをみせなかったせいか、竹どもはワガモノ顔にそこかしこ出しゃばっています。
まずはご先祖さまのねむる墓場のまわりに跋扈しはじめた青竹どもを成敗いたします。

腰がまえふうにナタを構え、三本の竹に、すりあしで、息をころして近よります。
払いあげるように一の竹を斬りあげ、かえす刀で、二の竹を逆袈裟に斬りおろし、一歩踏みこんで、三の竹をなでるように斬りすてます。
胴を断ちきられた竹は、あきらめたようにゆっくりと倒れながら、崖の下へおちてゆきます。
かるく鼻を鳴らして、私はナタを鞘におさめます。ふがいない、もうすこし手応えのある竹どもかとおもいましたが、いまだやや、やわらかく、私の手練の腕をみせるまでもなく、つぎつぎと音もなく倒れてゆきました。
まだ、根もとに竹皮をかぶった若竹どもです。

竹斬り殺法の奥義をきわめた私には、おそれる竹はないものかと思いきや、崖ぎわの竹にふりおろした一閃が、はね返されてしまいました。こやつ、てごわい、とつぶやくと、ゆっくりと「歯欠けノコギリ」を抜いて、竹の肌に刃をあて、いっきに斬りたおしました。

帰りみちで、沼田に足をとられ、泥まみれになって帰りました。

竹斬り流の奥義をきわめたいという方、ぜひご一報ください。


2005年7月12日(火曜日)

やまもも

カテゴリー: - kawamura @ 00時25分36秒

石畳をのぼりきったところから見あげると、おおきなやまももの樹がみえます。
今年はとくになり年とみえて、枝がたわむほど実をつけています。

毎年すべての実が地におちて、いちめんをむらさき色に染め、やがて果肉がくさってきえると、しろいちいさな種が、墓場のようにひろがっています。そこからやまももの苗が生えてくるわけでもなく、ただ、おびただしい白い種がひろがっているだけです。

今年こそ、やまももの実を生かして、ジャムや、果実酒をつくろうと考えています。

子どものころ、両手いっぱいのやまももの実を、口におしこんで、舌でおしつぶすと、ほのあまい果汁が口のなかを満たしました。その汁をのみこんだあと、ばっ、と種を吐きだします。あまりお行儀のいい食べかたではありませんが、とても贅沢をしているような気がしたものです。

私の孫(そのまえに、娘のお婿さんをさがさなくてはなりません)が楽しむまでには、まだ間がありますので、やまももや、梨や、梅などを、皆さんでたのしんでいただく工夫を考えようと思っています。
河井先生の提唱された「文化財サポーターズ・クラブ」の方々に、特別に、それらを活用していただくというのもひとつの方法かもしれません。

みなさまのお知恵を拝借したいところです。よろしくお願い申し上げます。


2005年7月8日(金曜日)

refrain(レフラン)

裏庭に一本の梨の木がたっています。
米倉やお蔵につうじる小道のかどに、昔からそれはあって、毎年いまごろになるとたくさんの実をつけます。
おさないころは、なりのいい実には、虫よけのために紙の袋をつけて、ちょうどお盆のころに大きくみのるのをまって仏壇のお供えにしたものです。
いちど、仏壇の梨を囓ってひどく叱られたことがあります。
お坊さんがお経にくる直前のことで、両親があわてていたのを思いだします。

今朝、まだ小ぶりの梨をもいで、かじってみました。あっさりした味で、まだ甘味がほとんどありません。その果汁が舌のうえにひろがり、喉をゆっくりとおちてゆくとき、青い梨の香りがして、そのころを思いだしました。
このやさしい香り、そしてその果肉の舌ざわり、ほのかなあまみ、それらが調和して、私の記憶を四・五歳のころへ呼びもどしました。

叱られた私は、かじりかけの梨を片手にもって、ときおりしゃくりあげながら、池のほうへあるいてゆきました。池のまん中には木の橋がかかっていて、その橋のうえから池をのぞくと、錦鯉が何びきもおよいでいます。私のお気にいりは三色(さんけ)の丹頂で、白い肌に、朱色のちいさな帽子を頭にかぶっているのがとてもかわいくみえました。かなしみの癒えぬままに、ぼんやりと鯉をながめていると、池にうつる空を、初夏の雲がしずかに流れてゆきます。まつげから、なみだがひとつぶこぼれ落ちて、水面にちいさな波の輪をつくりました。

今朝、梨の実をかじったとき、ふうっと時をこえて、気がつくと、おさない私がなみだの梨をかじっていました。
ちょうど、交響曲スメタナの最後に、忘れていた主旋律が、それはかすかに、はるか遠くからかえってきたときのように、梨のやさしいかおり、そしてそのしたざわり、ほのかなあまみ、それらが私にふしぎな惑乱をもたらしたのです。

ときおりくるrefrainは、私に、時をこえる陶酔をはこんできます。
七月の朝にゆめみる梨の実のレフラン。

梨の木の左奥、
手前がお蔵、むこうが米倉。
                                                                                                                          
拡大すると、梨の実が見えます。


2005年7月1日(金曜日)

錦木

カテゴリー: - kawamura @ 00時11分45秒

河村家住宅のまえの坪庭から、裏庭へつうじるほそい通路があります。
その通路が、奥座敷と床の間のよこの廊下ぞいに、五間ほどのびたほそながい庭であると、造園家にきいてはじめて知りました。
座敷から硝子戸越しにみる山肌は、いまはのびほうだいの草やつるに覆われていますが、よくみれば紅葉や深山つつじが配されていて、それが庭としてつくられたものだとわかります。
たしかに、山裾のさつきの奥にはちいさな流れがあって、そのせせらぎへ降りられるように石段も組まれています。
その石段のよこに、錦木が立っているのです。

錦木は花材として用いられるようですが、私はおさないころからこの木がきらいでした。
冬の月明かりにひかる錦木は、蛇のようで、なぜこんな不気味な木を植えておくのかふしぎでした。
ましてやこれを生け花としてながめるとは、華道家の美観を疑いたくなります。
しかし、小林秀雄と三島由紀夫の対談のなかで、小林が「美っていうものは、おっかないもんだ」とドストエフスキーの言葉を引用しています。
錦木を生けて美を感じるとすれば、まさにその言葉どおりです。

むかし、恩師に「ありふれた石にも、ふかい美しさを感じとれるようになりなさい」といわれました。それは、齢五十を経て、ようやく分かるようになりました。「美っていうものは、おっかないもんだ」という意味も理解しているつもりです。美しいもののもつさまざまな顔が、歳とともに見分けられるようになりました。

しかし錦木だけは、皮膚感覚が拒否するのです。この異形の木のうつくしさが胸に沁みる日は、いつくるのでしょう。

冬枯れの錦木のほうが不気味です。


2005年6月30日(木曜日)

さわら

カテゴリー: - kawamura @ 00時00分51秒

石垣の上に、三本のさわらがたっています。さわらは、桶の材につかうそうで、屋敷木にはよくみられるようです。
河村家の三本さわらのふしぎはその根元にあって、ふつうの樹では、これほどの大きさになると幹が末ひろがりに張って、根が地表にあらわれるものですが、この樹の根元はすっきりと、幹の太さのまま地中に埋まっています。まさに埋めたように見えるのです。

材木をとりあつかう人たちの話によると、いまの河村家住宅の建つ地表面まで石垣を積みあげて埋め立てたとき、三本さわらも、幹の途中まで地中に埋まったというのです。そうすると、もう二百年以上ここに立っているのですから、何代にもわたって、この屋敷に住む人々を見まもってきたのでしょう。母は、さわらの細かい葉が樋(とい)につまるのをきらっていました。

ともあれ、三本ともすでに老木で、梢のさきは枝葉もなく勢いをうしなっています。枯れたような幹の先端に、ときおり鳥がとまって、日がな鳴き暮らしているのをよく見かけます。
三本さわらがこのまま立ち枯れるのを待つべきなのか、専門家のご意見をうかがいたいところです。

三本さわら
糸トンボ。
あんまりかわいいのでUPしました。


2005年6月14日(火曜日)

月下の竹林

カテゴリー: - kawamura @ 00時21分42秒

竹藪、といえばみもふたもないけれど、月下の竹林といえば、風情があります。
ありふれた景色も、心のもちようで、いっそう美しくみえるものです。月明の竹林は、竹の葉が銀いろにかがやいて、つよい夜風にゆれたりすると、凄絶な霊気をおびて手まねくようです。白昼でも、竹林の量感と、風に髪をふりみだして踊る姿は、すさまじい力を感じます。

その竹林も、あふれる生命力のままに放置しておくと、畑も、森も、またたくまに呑みつくされます。いったんひろがった竹藪は、地下茎でしっかりと結ばれていますから、簡単に退治するわけにはいきません。ですから、竹林のまわりに新しくはえた竹は、まだやわらかいうちに切りたおすしかないのです。
そういうわけで、今年も、そろそろ、竹退治に出陣しなくてはなりません。腰にのこぎりとナタをつけて、手当たりしだいに斬りたおしてゆくのは、爽快ではありますが、疲れます。

数年前までは、タケノコが採れると知人にお送りしていたものですが、このところ、イノシシの活躍で、送るどころか自前のタケノコすら食べたことがありません。イノシシはタケノコの先端の、アクのつよいところをのこして、いちばんおいしい部分だけを食べて捨てていきます。まさかイノシシの食べ残しをいただくのも、くやしいものですから、みれんをふり切るように、遠くへ投げすてます。あまり良いタケノコだったりすると、投げすてたほうへ歩いて行きかけますが、こらえて、引きかえします。

イノシシの害はタケノコだけではなく、河村家住宅のまえの田畑にもおよんでいます。しばらくまえの深夜に、枕もとの窓辺の音でめざめて、そとを見ると、夜光のなかにイノシシの姿がみえました。
銃を撃つ腕さえあれば、毎夜、猪鍋の酒宴ができそうです。

今日も、曇天に伸びるあたらしい竹が、私を手まねくようにゆれています。

今朝六時ころ、この写真を撮りながら近所のおばさんと、イノシシのことを話すと、ちかごろはあまり出なくなったということです。
ただ、雨の日は、地面にミミズがでてくるので、それを食べに、畑へイノシシが来るようです。


2005年6月5日(日曜日)

鳥のさえずり

カテゴリー: - kawamura @ 06時53分21秒

めざめるとき、枕もとの窓からきこえる鳥のさえずり、それは騒々しいといいたくなるほど多種多様な鳥たちの声がきこえてきます。

私はおそくても五時半には起きて、家のまわりを散策します。
春から夏にかけての早朝の散歩は、草花のはなつ命の息吹を感じます。家のまわりをとりまいてながれる南沢をながめていると、そのせせらぎの音に、とてもなつかしさを感じます。おさないころ、夢中で沢ガニをさがしているとき、ふと手をとめて、せせらぎの音に耳すませていることがありました。小川をながれる水は、谷間のみどりを映して深いみどりいろをしています。まわりの樹々の梢をわたる風の音も、聞こえてきます。

鳥のこえやせせらぎのように、花鳥風月のかなでる四季おりおりの音を、日本人は右脳で、西洋人は左脳で聞くときいたことがあります。それは私たちが、、自然の風物それぞれに八百万の神をみるように、風や花につよく愛着を感じて、友として生きるということなのでしょうか。アニミズムなどとひとことで斬りすてたくない、たいせつな感性のように思います。

この谷間には、数百年まえとかわらない、ゆたかな自然がのこされています。
私はこのふるい家で生まれ、育ちました。
曾祖父の曾祖父も、そのまた曾祖父も、おなじ風景のなかでそだったのでしょう。
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