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2009年4月30日(木曜日)

茂木健一郎先生、白洲信哉氏、フジテレビ、とくダネ!

カテゴリー: - kawamura @ 09時45分03秒

月曜朝8時、フジテレビの「とくダネ!」コメンテーターに白洲信哉さんが出演していました。 びっくり! 4月10日金曜日に、新宿住友ホールで茂木健一郎先生と白洲信哉氏の対談があったのです。 それは『白洲家の流儀』の出版記念のような感じでした。 対談は、ところどころにサプライズ発言があったりして、 つづきはこちらへ・・・ http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200904/article_29.html


2009年4月23日(木曜日)

求道者(ぐどうしゃ)『人は死ぬから生きられる』

カテゴリー: - kawamura @ 08時44分14秒

茂木先生の本は、発売されると同時に私の手もとに届くようになっています。 いつも吸い込まれるように読みはじめます。 この本を読みはじめたとき、 つづきはこちらへ・・・ http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200904/article_22.html


2009年4月11日(土曜日)

嵐の中の樹のように

カテゴリー: - kawamura @ 23時53分29秒

昨夜、茂木健一郎先生が書いて下さったサイン。

「嵐の中の樹のように」
この言葉に、先生のかぎりない温情を感じます。

他者の知り得ない深い意味が秘められているのです。


2009年3月6日(金曜日)

恩義

茂木健一郎先生への恩義を
私は終生忘れることはありません。

『蒼天のクオリア』の序文は、
私がこの世に生きている存在理由そのものでした。

『冑佛伝説』の序文も書いていただきましたが、
実はそれだけではないのです。

あまりのことに、
これまでおおやけにしてこなかったことを
あかそうと思います。

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200903/article_6.html


2009年1月8日(木曜日)

『クオリア立国論』茂木健一郎

カテゴリー: - kawamura @ 08時01分41秒

茂木先生の『クオリア立国論』を読みはじめました。

とてもおもしろい。

読みやすい文体で、
脳科学の本質から日本文化の神髄まで、
クオリアの視線で貫かれている稀有な文化論です。

鈴木大拙が禅を語るときのような
雰囲気を感じます。

脳科学も文化論もやわらかくこなれていて、
核心を掴んだもの、
真理をかいま見たもののみが達しうる
明るい強さにみちた心境が味わえます。

(つづきは後刻)


2008年11月24日(月曜日)

駒場祭

カテゴリー: - kawamura @ 18時38分39秒

東大駒場祭での
茂木健一郎先生の講演会に行ってまいりました。

お元気な姿を拝見して安心いたしました。

つづきはまた明日。


2008年11月22日(土曜日)

勾玉をめぐる随想

カテゴリー: - kawamura @ 08時09分27秒

(きのう白洲氏とお会いしたのは三度と書きましたけど
 六月に六本木のMaxvinでお会いしたから、四度でした。
 書き直しておきます。

 六月のその日は茂木先生と白洲氏とのライブ対談のあとで
 私がそのうち上げに招かれたときには
 もうとても盛り上がっていました。

 白洲氏が高校生のころに小林秀雄が亡くなって
 その葬儀のことを話していらっしゃいました。

 語り口がとてもピュアな少年の印象で、
 茂木先生も、純粋少年といった風ですから、
 そのあたりで二人は引きあうものがあるのでしょうか)

先日気のおけない仲間数人で飲み会をひらいたとき、
こんなことを私は言いました。

「西洋思想ってシンメトリカルなものが中心にあるような気がする。
 それを崩してゆく課程を楽しみながら
 結局もとのシンメトリーに回帰するみたいな感じ。
 
 東洋思想ってそういう硬直化したところが最初からないでしょう。
 
 ありのままのアンビバレンツを楽しむという風に感じられる」

なぜこの会話を思いおこしたかというと、
「新潮」のCD「勾玉について」を聞いていて、
小林が「勾玉のような形は世界のどこにもない。
日本独自のもののようだ」と言っていたからです。

(古代のトンボ玉の収集家で医師の伊藤先生に
 イスラムやエジプト圏に
 勾玉のような形のものがなかったのかを
 確かめてみようと思います)

勾玉はヒトの胎生の初期のように見える
と小林秀雄は言っています。

それは作為をまったく感じさせない
それでいてすべてが捨象された完璧な形、
魂の原初の姿とでもいう形だというのです。

現在のように
インターネットで世界がぐじゃぐじゃになってくると、
西洋思想と東洋思想という観点は陳腐で、
それは一神教文化圏と多神教文化圏と
言い換えたら良いのかもしれません。

金融危機の話もそうですが、
一神教文化圏の、
絶対神の真理から演繹される世界観と、
多神教の帰納的な世界観とは
隔絶している感じがします。

勾玉の形がそれを象徴しているように思うのです。

(二日酔いで、
 なにを言っているのか分からなくなりかけています
 が
 明日につづくのです)


2008年11月21日(金曜日)

茂木先生と白洲氏

カテゴリー: - kawamura @ 10時22分39秒

書店に注文しておいた「新潮」の今月号が
昨日私の手もとに届きました。

脳科学者の茂木健一郎先生と
作家の白洲信哉氏との対談が掲載されているのです。

白洲信哉氏とは
茂木先生が「第4回小林秀雄賞」を受賞されたときの恵比寿での二次会、
また四国の松山で開催された「青山二郎展」、
昨年末の「あんこう鍋忘年会」、
六本木のMaxvinでの打ちあげ、
と四度お会いしたことがあります。

茂木先生と白洲氏とは
酒席でのやんちゃなお姿しか拝見していませんが
互いに気が合うご様子で
その掛け合いを拝聴していると
とてもほほえましく感じます。

「新潮」の対談は
白洲氏の御祖父小林秀雄の講演についての
興味深いお話しが満載です。

たとえば
少年の白洲氏に将棋で負けた小林が
くやしいから永井龍男の家に白洲氏を連れていって
「うちの孫とちょっと将棋やってくれ」
というあたりは、
生身の小林秀雄の姿が浮かびあがってくるようです。

対談の最後の白洲氏の言葉、
「もう少し呑んで酔わないとその域には達しませんね」
というのがシャイな白洲氏の面目躍如です。

おまけに小林秀雄講演集のCDまで付いています。

買わなきゃ損というものです。

今日、大学へ向かう車の中で
『勾玉について』を聞こうと思っています。

しばらくお会いしていないお二人に
久しぶりに再会できたような
あたたかな気持ちになりました。

茂木先生
どうぞご健康に留意されて
ますますご活躍下さい。


2008年11月11日(火曜日)

心脳問題の解決方法

カテゴリー: - kawamura @ 09時35分22秒

(写真は拙著『蒼天のクオリア』)

今朝、
仕事場からの帰りの車の中で
心脳問題解決のヒントを得ました。

気がついてみれば
そんなことかと思う方法ですが、
おそらくそれが
大きなパラダイムの変革をもたらすでしょう。

この方法について、
長年考えてそこに辿りついたのですが、
それが心脳問題を解決する方法とは
気づかずにいました。

震えるような予感を感じています。

今朝舞いおりたインスピレーションは
ほんのヒントにすぎません。

しかし
それを説明をする場として、
ブログはふさわしくないように思うのです。

もうすこしこれを温めて、
茂木健一郎先生にご相談しようと思っています。

断っておきますが、
今日はエイプリールフールではありません。


2008年8月27日(水曜日)

ひらめきの導火線

カテゴリー: - kawamura @ 08時20分25秒

ひらめきの導火線』がきのう手もとに届きました。

いつも驚かされます。

なぜって、
「天才という概念はフィクションにすぎない」とおっしゃるのです。

天才は西洋のフィクションであり、日本にはそぐわない、
そのようにくり返し主張されているのだと私は解釈しました。

日本には「和を以て尊しと為す」という文化があるじゃないか、と。

トヨタの成功はそこにある、つまり、
「改善」に象徴される
「一人の百歩より百人が一歩ずつ」という思想に
成功の秘訣があるのだ、とおっしゃるのです。

それはちいさなひらめきを積みかさねてゆく
「ひらめきの民主主義」であると。

目から鱗でした。

というのは、
私はまだ「天才」という概念にとらわれていたからです。

それに憧れ、崇めていたからです。

この一冊に、
想像もしないさまざまな発想がぎっしりとつまっています。

時代の曲がり角にいるように見える我らの不安な心に、
爽やかな風を送ってくれます。

ぜひご一読下さい!

(つづきは後刻)


2008年8月25日(月曜日)

脳学習の最良の果実は「人格」

カテゴリー: - kawamura @ 06時09分30秒

私もそのように努めたいと思います。

「脳学習の最良の果実は「人格」」とは、
文藝春秋「日本の師弟89人」のなかの
茂木先生の言葉です。

もとより不完全な私です。

だからこそ、
そして一度しかない人生だから
学ぶことは己の人格を涵養することであると胸に念じて
生きようと思うのです。

どれほど苦しくとも、
より良く生きようとすることが
何より大事に思います。

ほかに心に残ったのは、
ひとりを慎め、という今東光の言葉です。

誰も見ていないときの自分、
あるいは心の内なる私、
誰も目にすることのできないその行い、
その心に描く煩悩の私を、
仏はすべてお見通しであるというのです。

ひとりの行い、そしてひとりの心のありようこそ
清らかでありたいと願います。

なかなかそうはいきません。

そうはいかないから
かくあれかしと切なく願うのです。

(つづきは後刻)


2008年8月19日(火曜日)

『緑の館』

カテゴリー: - kawamura @ 06時13分52秒

茂木健一郎先生は
いまコスタリカの密林にいます。

密林に溶け込み、
幻の鳥ケツァールにまみえたとき、
先生は『緑の館』のリーマを思いおこしたのです。

ケツァールは絶対秘仏のように
写真に納めようとしてもそれを拒否する幻の鳥。

しかし私には
先生に衝撃を与えた秘鳥ケツァールと、
そのときよみがえった『緑の館』のリーマと、
そのクオリアの鮮烈さはどのようだったのか
ということに思いをそそられます。

つまり、
天才の頭脳の中で
仮想と現実とはどのように拮抗し
どのように共鳴し合うのかということです。

アンリ・ルソー、ゴーギャン、田中一村、
これら密林の幻想と、
眼前に舞う極彩色の秘鳥ケツァール。

色彩の仮想と現実が織りなす世界のむこうに、
『緑の館』のリーマを思い描く。

茂木先生の脳の深くに広がる『緑の館』の密林とリーマ。

そしてコスタリカの森の闇に
曳光を引いて乱舞する無数の蝶。

『熱帯の夢』(集英社)の出版を待ち望みます。

(つづきは後刻)


2008年8月1日(金曜日)

ご無沙汰しました

カテゴリー: - kawamura @ 11時13分08秒

山間の地も暑い夏がつづいています。

梅園はもうすっかり夏草に覆われて
白い名札が風にゆれています。

7月3日に、サーバーがハッカーの攻撃を受けて
それ以来ブログ休止状態でしたが、
今日から復活です。

もう一か月も経つのですね。

いろんなことがありました。

でも、暑さで記憶が溶けてしまって
久しぶりにネットの世界に戻ってみると
みなさんご活躍の様子で
なんだか浦島太郎の心境です。

野山に溶け込んで
トンボや沢ガニと遊んでいる間に
何人かから
心配してお電話などいただき
恐縮いたしました。

そうそう、
7月21日に九段会館で
茂木健一郎先生の講演を拝聴して
トゥープゥートゥーのすむエリー星
にサインをいただいたあと
大学の教え子宮本君といっしょに
ビールをごちそうになりました。

茂木先生、
ごちそうさまでした。
(これからは名刺を作ることにいたします)

ときおり山の遠くから
SLの汽笛が聞こえてきます。

SLは日に二三度
JR金谷駅と千頭駅のあいだの大井川沿いを
往復しているのです。

遠い汽笛を耳にしながら
木洩れ日の沢に足首をひたして
いろんなことを考えました。

これから、それを
ゆっくりとブログに書いてゆこうと思います。

さて、
今日からブログを再開しますけれど、
来週月曜から夏期講習に突入しますので
せっかく復旧したのですけど
夏の間は毎日投稿するのは無理と思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


2008年6月13日(金曜日)

『脳とクオリア』

カテゴリー: - kawamura @ 07時49分38秒


「リンゴの話」
「時空間の話」
『意識の探求』
『死ぬ瞬間』
『臨死体験』
『脳はいかにして<神>を見るか』につづいて、
今日はついに、
茂木健一郎先生の『脳とクオリア』を紹介します。


2008年6月4日(水曜日)

『トゥープゥートゥーのすむエリー星』

カテゴリー: - kawamura @ 06時17分17秒

『トゥープゥートゥーのすむエリー星』

茂木健一郎 作
井上智陽 絵

毎日新聞社

(以下の記事は、
 茂木健一郎先生の「クオリア日記」より転載しました)

********************

私が23歳の時に、毎日小学生新聞に
連載されたSF童話です。

全体が高層ビルに覆われ、
地面がなくなって未来の地球に
住むまさおが、ジャングルだらけの
エリー星に旅立ちます。

そこで会う不思議な動物、
トゥープゥートゥー。

トゥープゥートゥーには、なにか
重大な秘密があるようなのです。

腕利き記者、のりこと解き明かす、
その秘密とは。

イラストを描いて下さったのは、
毎日小学生新聞連載時と同じ、
私の小学校、中学校の同級生の
井上智陽。

http://white.ap.teacup.com/chii/ 
どこかなつかしい、
「明るい未来」を描いた
元気になる童話です。

ぜひお読みください!

茂木健一郎拝

********************

以上「クオリア日記」をコピーいたしました。

私がこの本のことを知ったのは数年前のことでした。
それをずいぶん前に先生から直接お聞きしたのか
あるいは井上智陽さん

(この方は先生の幼なじみのイラストレイターで、
 茂木先生の小林秀雄賞受賞記念パーティーの二次会のとき
 ちょうど私の前の席に座っていた方です)

から聞いたのかそれは記憶にありません。

いずれにしても「栴檀は双葉より芳し」で
先生が23歳の時に
毎日新聞の懸賞小説に受賞して
毎日小学生新聞に連載されたのです。

先日(4/29)
六本木で先生と白洲信哉氏のトークショーがあったとき、
仕事を終えたその足で六本木に向かいました。

到着したときはすでに祭りのあとで、
残念でしたがそのまま帰ろうとして
茂木先生にその旨メールいたしました。

先生からすぐにお返事が来て
maxivinというお店にいるから来て下さい
というお誘いがありましたので
身の程知らずの私は
ふたつ返事でお店に向かいました。

茂木先生、白洲信哉氏、電通の佐々木さん、
各出版社編集部の皆さんがいらっしゃいました。

みればソムリエはあのプロフェッショナルに出演していた
世界的なソムリエ佐藤陽一さんではありませんか!

私はその末席に座って、
ただおずおずとなれないフォークをあやつって
食事をしておりました。

もうこういうときにはひたすら飲むしかありませんので
ワインをがぶ飲みしておりました。
(最後にいただいたワインが、とびっきりおいしかったのを憶えています。
 おそらく、とびっきり高価なのでしょう)

その席で『トゥープゥートゥーのすむエリー星』の見本を拝見しました。

大場葉子さん(NHK出版の大場旦さんの奥様)から
はじめて茂木先生にその本が手渡される瞬間を見たのです。

私にも回ってきて
出版される前の本を初めて手にしました。

その夜のことは、
またべつの機会に書こうと思います。

白洲信哉氏の本にもサインをいただきました。

とても楽しい夜でした。

茂木先生有難うございました。

ただ、私は高価なワインを飲み過ぎて
ゲーテ編集部の額田久徳さまと
電通の佐々木厚さまには
たいへんご迷惑をおかけしたのではないかと思います。

こころからお詫び申し上げます :cry:

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年5月14日(水曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』


2004年の5月に
拙著『蒼天のクオリア』を1000部印刷して、
残部僅かとなりました。

思いがけず
梅の木オーナーのみなさんのなかに
拙著をお買いもとめになる方がいらっしゃるようで、
とてもうれしく思います。

5月6日の静岡新聞「大自在」に紹介されてから
島田駅前「BOOKS ZEN(0547-33-0002)」にも
お問い合わせの電話が来ているようです。

オーナーの皆さまのお話では
お読みになってから
建物やそれをとりまく風景をご覧になると
なおいっそう趣深く感じられるようです。

とくに2006年4月に上梓した『冑佛伝説』は
御林守河村家の歴史を知るうえでも
あるいはいままでまったく知られなかった
日本歴史の一面をのぞき見るという意味でも
楽しんでいただけたようです。

二冊ともに
みなさんよくご存じの
脳科学者茂木健一郎先生から序文を頂戴しました。

また、二冊とも版画家高橋シュウの装丁です。

先日の女性のように
梅狩りのときにお持ちいただければ
署名をさせていただきます。

お求めがあれば、ですけれど(笑)。

梅の実は
日に日にふくらんで
みずみずしい姿でみなさんをお待ちしています。

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


2008年4月19日(土曜日)

青のコメント

昨日の日記
かはたれたそかれ」に寄せられたコメントです。

*********************

はじめまして。
その青を私も1度だけ見たことがあります。

数年前に深夜残業をしてタクシーの中から
東京の街並みをぼんやり眺めていた時、
夜でもない朝でもないその青色に心奪われました。

タクシーが静かに深い水底を走っていて
水面を見上げたような印象だったのを覚えています。

あの青のことだ!
と嬉しく思ったのでついコメントしました。

Comment by panda8 — 2008年4月18日(金曜日) @ 16時45分15秒

*********************

うれしい、
こんなにうれしいことはないとおもえるほどの
コメントでした。

「彼は誰れどき」と「誰そ彼どき」にたまゆら訪れる
青の刻、
それを宝石のように
ひとり胸に抱いてきた私にとって
この「青のコメント」は
長い孤独から私を解放してくれました。

ある感覚を共有しているというのは
価値観を共有しているというのより
もうひとつ深いところでつながっているという
感じがします。

えもいわれぬクオリアの感覚を
このように共有できるのはまれなことです。

茂木健一郎先生が
拙著『蒼天のクオリア』に書いて下さった序文を思いおこします。

2000字にも及ぶ序文の
ほんの一部分を抜萃してみましょう。

**********************

 こうして、
河村さんの半生に取材した本の序文を書かせていただきながら、
私は不思議な必然と偶然の交錯を感じている。
私が河村さんと出会ったことは、おそらく偶然であろう。
しかし、河村さんを知れば知るほど、
そこに何らかの必然性を感じることを禁じ得ない。
北海道の白い大地で、
静岡の豊かな自然の中で、
河村さんが見てきたこと、感じて来たことが、
私にとっても切実な意味を持つように感じる。

       (茂木健一郎先生の序文より抜萃)

**********************

もちろん茂木先生と私では
天の星と海底のヒトデほどの差があることは
承知しておりますが
拙著『蒼天のクオリア』をお読みになった先生が
なにかの感覚を私と共有なさったのは
確かなことだろうと思います。

クオリアを共有する感覚は本当にまれなことで
幼いときに生き別れた兄弟に巡りあったような
切なく懐かしい感じをいだかせるものです。

いずれにせよ、
不意におとずれた「青のコメントは」
至福の瞬間を私にさずけてくれました。


2008年4月17日(木曜日)

未開の大陸

茂木先生の最近のお言葉

「自分の正体をそう簡単に明かすな」

「自分のなかに未開の大陸をもつ、
 簡単に他人からわかられない自分をもつ」

自己同一性を保証するもの
それは簡単に明かすな、
ということなのだろうと思います。

ながらく私を支えてきたのは
二十代の作品群でした。

誰に語ることもなく
それをよりどころに
その後の三十年を生きてきたのでしたが
もういいのだろうと思って
ちかごろ語りはじめたのです。

若年の日に
私の思想はほぼ完成していて
見方によれば
いまよりも優れていたのかもしれません。

しかしそれは過去のことで
いまの私には
年齢にふさわしい
新しい思想が必要です。

いちど過去の海底を浚渫して
すっかり出直そうと思って
『谷島瑶一郎初期作品集』
などと銘うって
若年の日の私を
洗いざらいさらけ出してしまおうと思ったのです。

しかし最近の私を支えている思想は
もちろん誰にも話すことはありませんが
どうもその若年の日の思索の延長にあることを
免れえないように思えてきたのです。

つまり現在の私の胸中にひろがる未開の大陸は
丘に登って見霽かすと
水平線のあたりで
過去の大陸とつながっているようなのです。

完全に断絶したと信じていたふたつの大陸が
ほそい砂州で結ばれていたのです。

ですから、
ここはひとつ茂木先生のお言葉にしたがって
過去の大陸について明かすことを
すなわち『谷島瑤一郎初期作品集』の公開を
中止しようと思うのですが、
どうしたものか
悩んでいます。

はじめたばかりの
谷島瑤一郎初期作品集』でしたが
結論が出るまで
しばらくお休みいたします。

新しい大陸の全貌が明らかになるとき
それを生み出した
過去の大陸も同時に公開するほうが
いいのかもしれません。


2008年4月16日(水曜日)

文化を愛する心

「梅がほしいんじゃないんです。
 文化財のお役に立ててほしいんです」

「梅は1キロもあればいいんです。
 この里山の風景をまもってほしいんです」

たくさんの来客やメールや電話などから
絶え間なくその言葉を聞きました。

日本の文化や風景を愛する心は
まだ命脈を保っていたのです。

そんなものは消滅したのだと
なかばあきらめていたのに、

「たいへんでしょう。
 がんばって歴史を守って下さい。
 私たちが応援しますから。
 
 いちど失われたら、
 二度と還っては来ないんですから」

その言葉に、胸が熱くなりました。

多くの方が

「草刈りのときにはボランティアで参加しますよ」

そうおっしゃって下さいました。

この滅びゆく国に
だれもが愛着を持っていると知りました。

都市に仕事を求め
都市に骨を埋めることになった
嘗ての田舎の少年少女たちは、
心の底で
故き良き日本を求めていたのです。

廊下の風鈴にさわるひとがいました。

目をほそめて
しばらくその音に聞き入っていました。

風鈴の
音と音との合間の
静寂のなかで
おさないころの
自分の家に帰っているかのようでした。

国が5000万人の無辜の国民を欺いても、
国民は黙って日々の暮らしをつづけています。

この国の非道さに
もう疲れたはずなのに
我が家にお見えになった多くの方々は、
鶯の声に驚き
そしてそのしずけさに感嘆し
この国の里山のたたずまいを深く愛しているようでした。

これこそが
日本の伝統文化を守るこころなのです。

このなにげない温かな心が
本当の意味での「文化を愛する心」なのです。

文化財保護について語り、討論し、
そしてその長い道のりの果てに
ようやく多くの理解者に出会うことができました。

心から感謝申し上げます。

文化財保護コメントバトルに参加して下さった多くの方々

梅の木オーナー制を提案して下さった諸田さま

そして「梅の木オーナー」の募集を
世界に呼びかけて下さった茂木健一郎先生
(世界に、というのは、
 茂木先生の「クオリア日記」の呼びかけに応えて
 ニューヨークからもお問い合わせがあったのです)

新聞記事に取り上げて下さった静岡新聞島田支局の内山さま

そしてなにより
「梅の木オーナー」にお申し込みいただいた多くの皆さま

寛政五年に建てられた「御林守河村家住宅」を中心にして
この屋敷やそれをとりまく里山の風景を
どのように維持保存したらよいのか
それについて様々な提案をし参加して下さった多くの方々に

ここに謹んで感謝の意を表します。

しかしだからといって、
全国から寄せられた温かいエールに
甘えてばかりはいられません。

皆さまのご期待に添うべく
私と妻と娘と、力の限り努力いたす所存です。


2008年4月11日(金曜日)

『谷島瑶一郎初期作品集』17


この作品集をまとめるうちに
二十歳そこそこの私が何を考えていたのか
ようやくおぼろに掴めてきました。

理学部の学生としての科学的世界観を越えて
精神世界をも俯瞰しようとする
なんとも無謀な戦いを挑みはじめていたことが
読み取れます。

ですから、これらの論考は、
これまでに抄出した小説とも
じつは深くかかわっているのです。

たとえば
16『天才論』の最後の一節

「光と闇との意識以前に、絶対の暗黒の宇宙の本質を洞察し、
 愛し得た者のみ、
 あちらへと舞い立つ翼を持つ。」

8『翼』の最終シーン

「「飛べ!飛び立て、洋子!」
 
 絶叫して僕は、
 激しく彼女を見上げ方(ざま)に、
 手を離し、
 崖の腹を思いさま突いて、月の海へ飛び立った。

 愛の、比翼の鳥は、
 永遠へ舞い立とうと身構へた刹那に、
 片翼を、「純粋」の翼を失ったのだった。」

このふたつの翼がおなじ思想を底流としていることは
どなたにも瞭然のことでしょう。

さらにこの思索の道の端に
40年後に
茂木健一郎先生との会遇によって
ふたたび目をひらかされることになる
クオリア問題の萌芽があらわれていることに
驚かされます。

それでは
前置きはこれまでにして
昨日のつづきをはじめましょう。

********************

『天才論』(抄・21歳)

           谷島瑤一郎

 天才は能才にこの世では敗北するが、
 彼等は、絶対の暗黒の宇宙に、
 永遠に星となって輝く。

 彼等が能才に敗北するのは、
 意識の力を放擲するからだ。

 光と闇との相対の意識の力では、
 彼等の求める、
 あちらへと飛び立つ力は得られぬからだ。

 それではどのようにして、
 彼等は原初の宇宙を発見し、
 そこへ羽搏く力を得るのか。

 天才は夜を愛する。

 ひとを愛するよりもさらに強く、
 自己がそこで生まれ、
 そこから来た暗黒の夜を愛する。

 夜には、
 昼の光に目くらまされて見失っていた、
 星空がひろがる。

 青年はみな天才と云うが、
 彼等は必ず星を詩う。

 青年期は丁度、
 遍計所執の世界に迷う自己を突きはなして、
 静かに己を見つめられる自我の発見の時期だ。

 十数年生きて、
 初めて彼等は思いついたように、
 孤独な自己の後姿を見る。

 そのとき、
 青年はだれしも、
 自分がどこから来て、
 どこへ行くのかと自己に問う。

 深い存在の不安に立ちすくむ。

 誰も答えない。

 愛するものたちを昼の世界に置きざりにして、
 彼等は唯自己一人を見つめるために、
 夜へ旅立つ。

 日没とともに、
 愛憎怨恨の渦巻く世界は消えて、
 ただ一人を闇がつつむ。

 彼等は星を仰ぐ。

 私はどこからきたのか。

 声は闇にのまれる。

 私はどこへ行くのか。

 そのとき、凡痩な青年の胸にも、
 切なく、
 身を縒るような孤独のかなしみがこみあげる。

 そうして星空を仰ぐ。

 それはなぜだろうか。

 彼等は星の孤独にはるかな郷愁を覚える。

 青年のうたうありふれた星の詩はこうして生まれる。

 天才は、
 星への郷愁のうちに、
 嘗って星であった自己の宇宙を発見する。

 この夜空のように、
 母の胎内の、
 絶対の暗黒の宇宙に生まれて、
 仄かな原初の無意識によって
 宇宙即ち自己を直覚した記憶が、
 深い感慨となってよみがえる。

 こうして彼等は、
 ひとがそこで生まれ、
 やがてはそこへ帰って行く原初の宇宙を発見する。

 天才が、夜の風景を愛する故由はここにある。

 さて、天才は帰ろうとする。

 彼等には、
 遙かな暗黒の宇宙がみえるが、
 翼の力はまだ弱い。

 ところでその力は、どこから来るのか。

 暗黒の宇宙へ帰るとは。

 それは絶対の無から生じて
 再び絶対の無へ帰ってゆくことだ。

 それはひとにとって、誕生と、
 死を意味する。

 郷愁の思いあまって、
 天才は天祈する。

 彼等の多くは、
 想像の翼によって暗黒の宇宙へと舞いたつ。

 想像とは、死の模倣だ。

 肉体を殺し、ひととき精神が遊離することだ。

 そうして想像の鳥となって暗黒の世界を俯瞰する。

 そこはつめたく死んだ無機質の世界ではない。

 その闇黒は、
 やがて生まれてくる赤熱の命を孕んでいる。

 それは彼等が胎児のころ、
 いまだ虚妄の意識に覆われる以前の、
 赤剥けの生命の素肌がじかにふれて、
 宇宙の本質を直覚し、
 その永遠の静謐を愛していた、
 絶対の闇黒の宇宙だ。

 誕生と死とを孕み、
 永遠の静寂に支配された世界、
 そこにこそ死の意味、
 即ち生の意味が存在し、
 そこに於てのみ宇宙の本質が直覚され得る絶対の世界。

 胎児のときその本質を直覚し得た天才のみが、
 ふたたび想像の翼を羽搏かせて帰って行くことのできる
 暗黒の宇宙である。

 ひとは天才の作品によってのみ、
 間接的に原初の宇宙を感覚する他はない。

 ふたたびしかし、
 この原初の闇黒の宇宙とは何か。

 私はいまさらここに陳腐な精神、
 物質の二元論を述べるつもりはない。

 その縁起にささえられた本質は空だからだ。

 光と闇のように、
 彼が生じて此が生じ、
 彼が滅してこれが滅するのでも、
 そうでないのでもない。

 また精神と物質の本性は空であって、空でない。
 故にそれは空である。

 これを洞察し得ぬものは、
 永遠に闇黒の宇宙へ帰ることはできない。

 そこにこそ宇宙の本質、
 生の本質、
 そして死の本質が横溢する、絶対の闇黒。

 そうして、それらの本質が、
 すべて空に帰一することを直覚し得る唯一の宇宙である。

 ところで科学は、
 長い年月をかけて、
 丁度鏡の中に己の姿を見るように、
 物質の世界に映し出された精神の世界像を探ってきた。

 今日に到って、
 やうやく物質は精神であり精神は物質であると云うところに、
 彼等は辿り着いたかにみえる。

 物質の無限の階層性は、
 即ち精神の無限の階層性であって、
 又、科学の諸法則は、単なる物質界の法則ではなく、
 精神と物質のかかわりあいの場に生ずるものであり、
 それは精神界の法則とも言い得るものだと知ったのである。

 即ち精神と物質とを分別することの虚妄を悟り得たのである。

 これは笑止な例だが、
 電子計算機に精神は宿るか否かと云う問題がある。

 電子計算機でなくとも、
 最も単純な生物であっても良い。

 なぜなら、
 二者の構造を同じにすることは原理的に可能だからだ。

 それ等に精神が在るかと云えば、永遠の謎だ。

 ひとが白い砂を舌の上にのせたとき、
 それが塩であるか砂糖かは、
 それをのせたひとの感覚によってしか分からぬように、
 精神は個の直覚によってのみ認識され得る。

 たとえ石に精神が宿ったにせよ、
 石のほかに、何者にもそれを知る術はない。

 ひとは相似た相貌とことばを共有する類(たぐい)には
 精神の存在を認めるが、
 狼や、花にはそれを認めることも否定することもできない。

 天才は鳥のかなしみを直感する。

 石のみる夢を、
 沼の呪いを、
 何故に直感するのか。

 そのとき、
 天才は光の速度で記憶をさかのぼる。

 闇黒の宇宙が閃(ひら)めく。

 そこからゆっくり、
 彼等が樹であったころ、
 魚であったころを想い起こす。

(つづく)


2008年4月10日(木曜日)

『谷島瑶一郎初期作品集』16


二十歳のころの私がどのようなことを考えていたのかは
私自身とても興味のあるところです。

青春の残骸が詰まっている例の銅製の箱から
今日は古びた原稿用紙をとりだして
いったい若年の日の私が何を考えていたのかを
読み解いてみましょう。

もちろん原稿用紙のままでいると云うことは
それは未発表の作品であって、
つまりだれにも知られることなく
40年間
この箱のなかで眠っていたということです。

後年私が冑佛に出会うことがなかったのなら
あるいは
茂木健一郎先生という知己を得られなかったら
そしてブログという発表の場を与えられなかったら
この銅製の箱のなかに眠る作品群は
私の死後になって
ようやく陽の目を見たのかもしれません。

あるいは、
だれにも知られることなく
焼き棄てられたのかもしれません。

さあ、胎児のまま隠されていたこれらの作品に
ひかりをあててあげましょう。

***********************

天才論(21歳)

                    谷島瑶一郎

 神意に達したとき仄みえる濃藍の領域は、
 おゝくの文学作品の中で、
 死に接したひとの意識として現れてくる。

 あるいは深い夜の風景として描かれる。

 愛憎怨恨の呪縛をたち切り、
 むき出しの生命が死あるいは深い自然とたち向うとき、
 已に生命はその濃藍の領域に達している。
 それは自己との闘いのときだ。

 遍計所執の迷妄をはなれて、
 すなわち人と人との間の欲望の世をはなれて、
 唯一人の自己が、
 死と、
 あるいは深い自然と闘わねばならぬとき、
 見失っていた本来の自己が立ち帰ってくる。

 自己がそこから生まれ、そこから来たところの宇宙へ、
 帰って行くと行っても良いだろう。

 見失っていた本来の自己とは、
 すなわちその濃藍の宇宙だからだ。

 秀れた作品は必ず、この青光る宇宙そのものである。

 しかしこの濃藍の宇宙とは何か。

 死、あるいは自然への恐怖が、
 眠っていた太古の意識を覚醒させ、
 濃藍の宇宙への扉をひらくのだろうか。

 それでは太古の意識とは何か。

 母親の胎内の海に生まれて、
 うごめいていたときの闇の意識か、
 あるいは歴史的に蓄積された動物だったころの記憶だろうか。

 ひとは一人で生まれてくる。

 胎内での十ヶ月のうちに、
 脳細胞の90%は完成している。

 ひとはそのとき何かを思うはずだ。

 無垢の脳細胞が闇の世界をありのままに映しとっていたとき、
 ひとが何を思い、
 何に脅えて、
 母親の腹を蹴ったのか。

 記憶をたどるすべもないが、
 対立する光さえない絶対の闇黒に生まれて、
 唯一人で闘わねばならなかった胎児は、
 生え初めた意識の全力を絞って、
 とりまく闇黒が何か、
 翻って暗黒に生まれた自己が何か、
 そして暗黒への恐怖に対して、
 言葉以前の無意識によって防衛機制の壁を築こうとしたに違いない。

 おそらく受精の瞬間から死に到るまでのうちで、
 最も凄じい速度で脳細胞が働き、
 とりまく暗黒を無意識のうちへそっくり包みとり、
 それが何であるかを知ろうとした時期に違いない。

 そこから私が生まれ、
 そこから私が来た絶対の暗黒の宇宙。

 そして正に、
 その絶対の暗黒の宇宙こそが私なのだ。

 天才とは、 優れた資質に依って、
 胎内にうごめく時期に、
 その絶対の暗黒の宇宙即ち自己を、洞察し尽して生まれた者である。

 彼等がデモニッシュなのは止むをえないことだ。

 なぜなら、彼等の無意識が、
 絶対の暗黒の宇宙即ち自己を、
 そして生命と宇宙の本質を見抜いたとき、
 彼等はその宇宙に安らい、
 やがてその宇宙を愛するまでに到っただろうから。

 つまり、天才は暗黒を愛する。

 その暗黒こそが生命と宇宙の本質であるからだ。

 これは、生得のものでなければならない。

 生まれた瞬間、人々を光が襲う。

 そして光を知ったとき、
 絶対の暗黒は単なる闇と化し、
 それは忘れさられるからだ。

 その誕生のとき、人々は凄じい声で泣く。

 光と闇とが相対し、
 つまりすべてが相対と化す迷妄の世界へ放り出されたことを
 呪うのだろうか。

 絶対の暗黒の宇宙、
 そこにある生命と宇宙の本質を、
 遍計所執の世界に処する法を身につけた青年期に、
 再び天才は発見する。

 天才は帰ろうとする。

 この光と闇にすべてが霧消してしまう相対の世界には、
 生死と宇宙の本質かそこにこそある絶対の暗黒の宇宙は、
 どこにも見出せぬからだ。

 あちらへと彼等は願う。

 あちらへ、
 それは生後に獲得した意識によっては、永遠に到達し得ぬ、
 遙かな宇宙だ。

 光と闇との意識以前に、絶対の暗黒の宇宙の本質を洞察し、
 愛し得た者のみ、
 あちらへと舞い立つ翼を持つ。

(今日はここまで)


2008年4月8日(火曜日)

『谷島瑶一郎初期作品集』15

北大の中村義男名誉教授から送られてきたのは
何だったのか。

日本経済新聞に私の記事が掲載されたのは
平成16年11月17日でしたから、
それからちょうどひと月ほどたって
それは送られてきたのです。

先生のお葉書の返礼に
拙著『蒼天のクオリア』を同封したことは
昨日記しましたが、
今日お話しするのは
12月の末に
ふたたび先生から送られてきた拙著の感想と
一枚の古い紙片のことです。

まずは先生のお手紙から引用しましょう。

*********************

・・・

お送りいただいた『蒼天のクオリア』
大変面白く読了いたしました。

小生貴兄が谷島瑶一郎のペンネームで
北海道の文芸界で令名を馳せておられたこと
承知していなかったようです。

そこで想い出したのが
当時の学生諸君が作っていた新聞です。

谷島瑶一郎のエッセイ
「黒い犬」が載っているのです。

その新聞には小生も投稿していて、
保存していた次第です。

とまれ「冑佛」の研究に辿りつかれた
貴兄の半生の軌跡を、
貴兄の卓抜な文章にて興味深く読みました。

茂木健一郎氏の序文も面白く拝見しました。

”個別と普遍の交錯する領域”
それが創造的な科学・芸術の世界なのでしょう。

大野先生の描く湯川先生の講義風景にも
それを感じます。

いつか貴兄にお目に掛かる機会を得て
お話を伺いたいものです。

・・・・

二〇〇四年十二月二十三日   中村義男

河村隆夫様

*********************

エッセイを書いたことなど
私の記憶からも消えうせていました。

しかしそれを読んでいくうちに
理学部の一室で
新聞編集の竹腰君にせっつかれて
小文をなぐり書きしたのを思いおこしたのです。

文学修行に挫折して
東京から帰ってきた直後のことです。

*******************

「黒い犬」
            谷島瑶一郎

朝起きると、窓は白い。

八時に僕は下宿を飛び出す。

足の裏がつめたくなる。

夢から醒める。

見上げると、空は快晴。

黒い犬が走ってくる。

雪煙が上がる。

僕は避ける。

どこかへ消えた。

電車、降りてまた地下鉄、
その間、
もう夢にもあらわれない
遠く忘れていた黒い犬のことを想う。

過去の幻だ。

高校時代まで、黒い犬の記憶はない。

それは突然姿を見せる。

冬の朝、
浪人だけの下宿を出て顔を合わせた。

それだけのことだ。

その夕、僕は血を吐いた。

硝子の窓に夕焼けが映っていた。

犬の遠吠えが聞こえた。

北十二条に着く。

人の流れを縫って改札機をすり抜け
階段をかけのぼる。

雪だ。

今年の四月から
僕は毎朝八時半に登校。

それからは一度も黒い犬を見ていない。

しかし今朝の犬は?

いや、あれは夢だ、
昔の、
暗い夢を見たのだ。

首すじに吹きこむ雪。

僕はフードを深くかぶる。

*****************

黒い犬、
それは二十歳の科学青年がほんのひととき夢見た
文学の化身でしょうか。

いずれにせよ
夕暮れの学生控え室で
私の目の前に座って原稿を待っている竹腰君に
わら半紙に走り書きした文章を
手渡したのは憶えています。

文学をきっぱりと捨てて
科学に専心していたころの
貴重な記録です。

中村義男名誉教授に、心から感謝申し上げます。


2008年4月4日(金曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』


いまからちょうど4年前の
4月4日のことです。

わたしが初めての自伝『蒼天のクオリア』を書いて、
2004年の4月に
茂木健一郎先生に序文をお願いしたところ
こころよく引きうけて下さったのでした。

今朝、その日のことを思い出しました。

あれから4年しかたっていないのに
ずいぶん長い時間が流れたように感じます。

あの日のことを、
茂木先生はブログに書いて下さいました。

2004年4月4日の「クオリア日記」から転載します。

http://www.qualia-manifesto.com/qualiadiary/qualiadiary20.txt

********************

2004.4.4.

 珍しく、起こったことを淡々と書こうと思う。

 土曜ではあるが、お仕事である。
 朝10時、丸の内ビルディングのカンファレンス
ルームへ。
 (財)社会経済生産性本部主催で、
 一橋大学の野中郁次郎さんがオーガナイザーの
「日本型独創経営を考える会」
で話をさせていただくために出かけたのである。

(略)

 そこから歩いてすぐの東京ステーションホテルで、
河村隆夫さんとお会いする。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nazoden/

 河村さんは、静岡県金谷市の旧家の当主で、
「兜仏」の研究で知られる。
 私はクオリアの会でお知り合いになったのだけども、
 最近河村さんが自伝的御著書をお出しになるこ
とになり、
 その序文のようなものを書かせていただいたので、
その件について一つコーヒーでも飲みながら
お話しましょう、ということになったのである。

 河村さんの娘さんが東京の大学に入学
されるというので、その記念すべき日でもあった。

 河村さんはかの地の名士なので、
なんとか総代とか、世話役とか、いろいろ
やらされて大変のようであった。
 そういうことを書いてみたら面白いんじゃ
ないですか、と言ったら、
 いや、そうしたら、地元の人たちとの
関係が壊れますから、
 表現者というのは、そういう人間関係を
壊してまで表現するものなのでしょうが、
私はそこまではやる気がない、
 と言われたのだった。
 
 「赤目四十八滝心中未遂」 の車谷長吉さんは、
すべてを書いてしまったわけですけど・・・。

 新幹線に乗るべく、自動改札を入っていく
河村さんの「もこっ」とした背中を見送りながら、
私は「坊ちゃん」の赤シャツ問題のことを
考えていた。

*****************

2004年の4月というと、
私が『脳とクオリア』を読んで衝撃を受け、
初めて茂木先生にお電話したのが1999年ですから、
それから5年後のことです。

それからクオリアMLのオフ会などで何度かお会いして、
上の日記にあるように東京駅でお会いした2004年4月3日は、
先生が『脳内現象』発表する2か月まえ、
脳と仮想』で小林秀雄賞を受賞する1年半まえ、
またNHK『プロフェッショナル』キャスターをつとめられる
ほぼ2年前のことになります。

さらに『脳内現象』が日本文芸大賞を受賞したことは
先日のブログで書きました。

あの日からちょうど4年、
茂木健一郎先生は天馬空を行くが如きご活躍です。


2008年4月1日(火曜日)

国立の奇跡


それはひとりの少年の歌声からはじまったのです。

藤色のウィンドブレーカーを着て、
少年はうつむきがちに、
ちいさな声で口ずさんでいました。

(うつむくなよ、ふりむくなよ)

少年が歌っていることなんか
まわりのだれも気づきませんでした。

ここは国立競技場。

そうです、
今年の1月14日
高校サッカーの決勝が終わって、
表彰式がはじまる直前のことでした。

これは、あの日、
国立競技場にいた者しか知らないことです。

テレビ放送はすでに終わって、
グランドに表彰台が運びこまれ、
大会主催者たちは整列を始めていました。

そのとき
敗れた藤枝東応援席から、
それはしずかに湧き起こりました。

少年の涙声につられて
まわりの少女たちが歌い出したのです。

(うつ向くなよ ふり向くなよ)

選手の親たちも
輪を描くように
それにつづいて歌いはじめました。

(君は美しい、戦いに敗れても
 君は美しい)

やがて、
藤枝東応援席の全体がどよめくように歌い出しました。

誰も皆泣いていました。

地に伏せて号泣しているものもいました。

せつなく、絞りあげるような泣き声と歌が、
流経大柏の応援席を揺るがした、
そのときです。

流経大柏の応援席からも
その歌声に応えるように
はじめはかすかな
そしてその歌声はしだいに大きくなって
やがて国立競技場全体を揺るがすように響き始めたのです。

(今ここに青春を刻んだと グランドの土を手にとれば
 誰も涙を笑わないだろう 誰も拍手を惜しまないだろう)

ふたつの応援席から
たがいを讃えあい
なぐさめあうように歌声が交わされました。

(また逢おう いつの日か
 また逢おう いつの日か
 君のその顔を忘れない)

グランドでも、
選手たちに、もはや敗者も勝者もなく
おたがいに震える肩を抱きあい
声を殺して泣いていました。

表彰式は中断され
大会関係者たちも
しきりに目頭をぬぐっていました。

その時でした。

グランドの中央にくずおれていた河井選手が
天を仰ぐように
両手を空に差し出したのです。

突然、曇天の一角が裂けて
光の帯が河井選手をつつみ、
小柄な少年は光芒を放って
そのまま天に掬いあげられるかのように見えました。

彼は光の渦のなかで立ち上がって
手にしていたボールを高く蹴り上げました。

ボールは光の帯に吸いこまれて
空高く舞い上がり
やがて眩しさに見えなくなりました。

天空には瑠璃のように高い歌声が響いていました。

この光景は
「国立の奇跡」としていまなお語り継がれています。


2008年3月26日(水曜日)

ATLAS

カテゴリー: - kawamura @ 07時02分38秒

CERN(セルン)は、
スイス・ジュネーブにある世界最大の素粒子研究機関。

そのCERNに参加する
世界数十カ国数千人の素粒子研究者たちは
ある巨大マシンの完成を待っている。

その名は、ATLAS(アトラス)。

全長40メートル、高さは8階建てのビルに相当する。

しかしそのATLASでさえ
これから幕を開ける人類史上最大の実験に用いる
ひとつの検出器にすぎない。

スイス田園地帯の地下100mに
山手線ほどの円周をもつ巨大リング
「大型ハドロン衝突型加速器」
通称LHCがすでに建設されている。

それは検出器ATLASの完成を待っているのだ。

研究者たちは、
ただひたすら「その時」を待っている。

ひとつの粒子を発見しようとしているのだ。

山手線のように2本のパイプが並行して走り、
そのふたつの疑似宇宙空間のなかを
無数の陽子が
光速の99.9999991%の速度で逆向きに走る。

激突した陽子から
その粒子が放出されるのを発見しようというのだ。

ヒッグス粒子、
それは標準モデルにおいて
素粒子に質量を与える力の粒子。

その質量が
標準モデルの予想する170GeV前後であれば、
自然のいわゆる4つの力のうちの3つは
標準モデルによって統一されたことになる。

4つの力、
「電磁力」「弱い相互作用」「強い相互作用」「重力」。

これらのうちの「重力」を除いた3つの力が
標準モデルによって統一されたことになるというのだ。

つまり、
この宇宙を躍動させている力の4分の3が
標準モデルによって数学的に解明されたことになる。

私は思う。

脳と宇宙の関係を。

ただそれだけを思う。

宇宙がかくも美しく数式によって表現され得るのは
それを認識する我らの脳の解析手法がそうだからなのか。

それとも我らの脳とは無関係に
創発的に宇宙は創造されつづけるのか。

しかしたとえ創発されたとしても
それを認識するのは我らの脳ではないのか。

その謎は、
渦状星雲のように、
宇宙の遠くに輝いている。

いずれにせよATLASによって
標準モデルの完成が確認されたとき、
最後に残されたただひとつの力
「重力」を解き明かすのが
超ひも理論である。

ここからさきは
「超ひも理論は世界を説明できるか」
(茂木健一郎と愉しむ科学のクオリア・日経サイエンス5月号)
をお読み下さい。


2008年3月25日(火曜日)

茂木先生「第25回日本文芸大賞」受賞!

カテゴリー: - kawamura @ 11時08分51秒

脳内現象』が、
「第25回日本文芸大賞」を受賞しました。

『脳内現象』は、
もちろん茂木健一郎先生のご著作です。

昨年末の忘年会の帰りに、
『脳内現象』を編集されたNHK出版の
大場旦さんご夫妻とタクシーに乗り合わせて
偶然その本の話に花が咲きました。

「あの本はとても好きです」

と申しましたら、
大場さんはとても喜んで下さいました。

はじめて『脳内現象』を読んだとき、
私がどれほど感銘を受けたか、
その証拠をお見せしましょう

それは茂木先生のご紹介で入会したばかりのころの
mixiの日記です。

********************
「脳内現象」読了 2004年06月22日12:13

科学を支える「神の視点」など、
私のいだいていた多くの疑問が、
ほとんど解決された。

もちろんクオリア問題の核心は、
まだ未解決にせよ、
「メタ認知システム」を支える
「不変項ニューロン」群の予言は、
深い衝撃をうけた。

なんども読み込み、理解したい。

このような卓越した知性と、
同時代を生きていることを幸せに思う。

********************

「山寺からの景色」は
秀逸な文学作品の輝きがあって、
それが「アウェアネス」や
「メタ認知」などのクオリア概念などとともに、
繰り返しこの本の中に登場してきます。

いま読み返しはじめたら
この本の中に
茂木先生のテーマのほとんどが
ぎっしりと詰まっている感じです。

『脳とクオリア』『脳内現象』『「脳」整理法』
この三冊をもういちど読み直そうと思っています。

茂木先生、大場旦さん、
「第25回日本文芸大賞」受賞おめでとうございます。


2008年3月22日(土曜日)

神風が

カテゴリー: - kawamura @ 08時09分18秒

神風が吹いたようなものでした。

普段の私のブログアクセス数は
一日におよそ180ぐらいです。

3月16日、日曜日の朝8時、
茂木健一郎先生のブログ「クオリア日記」に
梅の木」というタイトルで
梅の木オーナー制度を紹介して下さいました。

その日からのアクセス数を書き出してみましょう。

16日 約730
17日 約450
18日 約300

そして19日はふだん通りの180に戻りました。

茂木健一郎先生という著名人の影響力が
どれほど凄まじいものであるのか
身をもって実感いたしました。

凡人が長い年月をかけても為し得ぬことを
たったひとつのブログ記事で成就するのです。

たったひとつのブログ記事、
それは長く苦しんでいた私に吹いた
神風でした。

その神風は
茫々たる文化財維持保存活動の原野に
一夜にして
はっきりとした道をつけたのです。

感謝というより
畏怖の念さえ覚えたと言った方が
ふさわしいのかもしれません。

(昨夜、行きつけのお店で痛飲し、
 極度の二日酔いにて、
 今日はこのへんで。

 魚角さん、お申し込み有難う.
 タケノコのお寿司、おいしかったです)


2008年3月18日(火曜日)

文化財と梅

カテゴリー: - kawamura @ 07時16分08秒

私の家は、「御林守河村家住宅」として、
島田市有形文化財に指定されています。

最近、この文化財とその周辺の河村家所有地を
買い取りたいという話がありました。

そのとき、これはほんの一瞬なのですが、
体が軽くなって、幸せな気分につつまれました。

それは刹那のことですが、
歴史の重圧から解きはなたれるという幸福感が
私をやさしくつつんだのです。

歴史や土地に縛られず
自由に生きることができる、
それは、とても魅力的な誘惑でした。

しかししばらくして私は思いました。

歴史に縛られずとも、
自分の土地に縛られて生きる人はいるはずです。

あるいは会社や、
家族に縛られている人もいるでしょう。

たとえそれらに縛られなくても
自分の身体から逃れることはできません。

誰しも、
なにかしらに縛られて生きているのだ
そう思い至ったとき、
私はむしろこの運命を受け入れようと決めました。

その申し入れは相当な額でしたが、
私は断りました。

ちょうど500年前、
永正2年(1505)に、祖先夫婦はともに戦死し、
天文七年(1538)に、二代目の助二郎が
大宝神社に鰐口を寄進したことを思いおこしたのです。

この地を守るべし、と祖先の声が聞こえるようでした。

この脈々と続いた家を守ることにも
なにかしらの意味があるはずです。

この家と土地を売却したら、
もう取り戻すことは不可能でしょう。

一度失われたものは、二度と還ってこないのです。

たしかにいまは
文化財とその周辺を維持することは
経済的に困難です。

しかしそのとき、
すべてを知ろしめす神がいるかのように、
救いの手が全国からさしのべられました。

それは、茂木健一郎先生のお力によって
もたらされたものでした。

まさかそれに、
梅が役立つとは夢にも思いませんでした。

この25年間、
100本をこえる梅の木は、
むなしく実を実らせて、
その実はすべて大地に還っていきました。

毎年毎年のことでした。

ですから、この25年間、
梅園に落ちた梅の実を積み重ねてみれば、
数十センチにもなるでしょう。

25年間、一度も農薬を使うことなく、
刈り取られた雑草も
すべて梅園の土地に還っていきました。

こうして、はからずも
「完全無農薬・御林守の梅」が出来上がったのです。

昨日もまた、
梅の木オーナー制度
多くの方からのお申し込みがありました。

心から感謝申し上げるとともに、
文化財維持の責任を痛感しています。

茂木先生、
そしてお申し込みいただいた多くの皆様
本当に有難うございました。


2008年3月17日(月曜日)

敬嘆!茂木先生

カテゴリー: - kawamura @ 07時01分58秒

茂木健一郎先生のブログ「クオリア日記」で
梅の木オーナー制度を告知していただいたことは、
昨日このブログに書きました。

(「クオリア日記」をクリックすると
 ご覧いただけます)

梅の木オーナー制度を始めたのは
昨年の11月でしたから、
約半年かけてオーナーのお申し込みは、
5人でした。

ところが、
昨日一日で
14人の方からお申し込みをいただきました。

それも、日本全国はもとより、
ニューヨークからもお問い合わせがありました。

あらためて茂木先生のお力に驚嘆致しました。

夫婦ともども心から感謝致しております。

「御林守河村家を守る会」の「梅の木オーナー制度」が、
会員の皆様に満足していただけますよう努力する所存です。

この収益は、
島田市指定文化財「御林守河村家住宅」
及びその周辺の維持保存のために使われます。

茂木先生、本当に有難うございました。

梅の木オーナー

梅の木オーナーの詳細


2008年3月16日(日曜日)

「クオリア日記」に梅の木

カテゴリー: - kawamura @ 10時35分38秒


茂木健一郎先生が
クオリア日記」で梅の木オーナー募集をして下さいました。

しかも写真入りで。

それは、東京芸術大学での先生の講義のあと、
先生といっしょにお酒を飲んだときのワンショットです。

茂木健一郎先生も
梅の木オーナーに申し込んで下さいました。

一年間に一万円で、
梅の木のオーナーになることができます。

オーナーは自動的に
「御林守河村家を守る会」の会員として登録され、
河村家周辺の里山を楽しむことができます。

春が近づいて、山菜採りのシーズンになりました。

茂木先生もぜひ遊びにいらして下さい。

茂木先生、
このように大きく取り上げて下いましたことを
心から感謝申し上げます。


2008年3月7日(金曜日)

隠していたこと

カテゴリー: - kawamura @ 09時08分48秒

ほんとうは書くべきなのに
隠していたことがあるのです。

サイエンス2月号のこと。

なかったことにしようと思っていたのですが
やはりなんだかノドに骨がつっかえたようで
すっきりしません。

だから書こうと思います。

かといってまだ内容がこなれてもいないし、
それどころかしっかり読みこむ気にもなれないでいます。

なぜって、
あまりにも直球ストレート勝負の論文だからです。

クリストフ・コッホとスーザン・グリーンフィールドの論争です。

題して「意識はどのようにして生まれるか」。

な、なんだ、もろ直球じゃん!

コッホといえば、「意識の探求」の著者です。

かの、ノーベル賞科学者、
二重らせん構造の発見によって科学史に燦然と輝く
フランシス・クリックの序文を戴いて、
クリックとの共同研究の成果などを網羅した書が
「意識の探求」です。

スーザンは知らないが、コッホと聞くと具合が悪くなります。

だってまだ完全に読んでいないんだよっ!!(笑)

(ゾンビ・システムのところなんかとってもおもしろいけど)

でも、コッホのニューロン連合と
グリーンフィールドのアセンブリとの違いがよく分からない。

「目覚まし時計は
 なぜ眠っている(無意識の)人の意識を呼び起こすのか?」
ってことだって分かっちゃいない。

こんなささいなことでも
コッホとスーザンの仮説は分かれます。

どうだっていいじゃん!
とみなさんは思うでしょ、
でもとっても大切なことなんだ。

私はスーザンのいっているアセンブリが
例のニューロンの自発発火に関係しているんじゃないかと思ってる。

従来はノイズと思われていたものが、
じつは意識の重大な秘密を握っているんじゃないかって。

(昨年末のあんこう鍋のあと、
 東大の池上高志さんとお話しする機会がありました。
 池上さんから話しかけて下さったのです。
 というか隣に座って下さったのです。

 私は、疲れとお酒で朦朧とした意識のまま
 いろいろとあらぬことを口走っていたような記憶さえおぼろです。
 
 池上さんが真剣に話して下さったと言うことだけでも光栄でした。
 何の専門分野ももたぬ私に、熱心に語りかけてくれました。

 池上さん、白洲信哉さん、とても楽しい夜でした。
 茂木先生、有難うございました) 

でも、
サイエンス2月号をひらいてもっとびっくりしたのが
茂木先生と、あの前野の対談でした。

前野といえば「意識は錯覚である」という
まあなんとも
分かっているのか分かっていないのか分からない人なんです。

「人間五十年、下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり」
「浪速のことは夢のまた夢」
「邯鄲の夢」「胡蝶の夢」
「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」

と我らの人生が夢の如くであると言い擬えてきたのは
文学の世界のことと思っていたのに
なんともはや科学者がそう言い放つとは思いもしなんだ。

我らの人生は、すべて錯覚にすぎない、というような
ロマンチックなお話は文学でやるべし。

錯覚でも夢でも、そんなことどうだっていい。

錯覚であるクオリアとはなにか、と問うているんです。

我らが日々生き、日々感覚している
豊かなクオリアに満ちたこの人生は何かと問うている。

それは錯覚であり、夢幻にすぎないと言い放つのは、
まさに遍計所執の迷妄の中にいる言葉です。

そこは出発点にすぎません。

そのクオリアは、どのようにしてどこから生まれ、
それは何を意味するのか、
クオリアの峰はまだ遙かな空に聳えています。

至る道さえも定かでないその峰をめざして、
茂木先生は一人で歩いているのです。


2008年3月6日(木曜日)

茂木先生の星時間

カテゴリー: - kawamura @ 06時35分34秒

サンデ−毎日の連載を先週から読みはじめた。

先生の文章を読むときにいつも感じる空間の感覚、
それは谷川俊太郎や宮沢賢治ともちがう
透徹した時空間の感覚、
おそらくそれは物理学の空間認識からくるのだろう。

静謐の宇宙を感じる。

そう思って読みかえしても、
取り立ててそれが書かれているわけではない。

「文明の星時間」では
歴史について書かれているのだけれども、
書かれているその歴史事象の遠くに、
星雲のひろがる宇宙空間を感覚するのだ。

どうしてそうなのだろう。

タイトルのせいだろうか。

茂木先生の魅力のひとつは
確かにそこにあるのだろうと思う。

歴史を書いても、音楽を書いても、
その背景に濃藍の宇宙がひろがっている。

それはこの世のよしなしごとや権力から遠く離れた
星からの視座である。


2008年2月19日(火曜日)

白洲信哉氏の著作(6)

カテゴリー: - kawamura @ 10時17分45秒

魂の居場所』のどこにそれが書かれていたのかは彼には思い出せない。

ただ、白洲正子が古事記や初期萬葉に登場する悲劇の皇子たちに興味を示していた
という一節があったように記憶している。

彼は学生時代、
三島の『軽皇子と衣通姫』なんかに触発されて、
夢幻能の様式で初期萬葉の皇子たちを描きたいと願っていた。

しかし、能にしても初期萬葉にしても、
どうして青春期に白洲正子と同じ志向をもつに至ったのかが
いまの彼には不思議だった。

白洲正子は「姫様」、彼の家は山間僻地の梅農家である。

まあいずれにせよ(笑)、
二十歳のころの彼の座右の書が、
岩波古典文学大系の『古事記』『萬葉集』『謡曲』だったことはすでに書いた。

ただ骨董の世界だけは、遠巻きに眺めているところが彼にはあった。

父親から「何も売るな、何も買うな」と言われていたからである。

一品でも骨董を買うと、
御林守河村家伝来の品々が一瞬にしてその来歴を疑われる、
だから骨董に手を出してはならない、
とことあるごとに言い聞かされていたのである。

それでも、白洲氏の本を読むと、
古き良きものへの愛着が沸々とわき起こってくる。

そうだ、
伝来の品々を日々愛翫すればよいのだ、
長火鉢を自宅に移して江戸後期の鉄瓶で茶を沸かそう、
古九谷の茶器で、あるいは銀器で茶を飲もう、
と思ったが、
彼にはそれは怖くてできない。

なぜなら、
一等大事に扱うようにと伝えられていた九谷の杯で酒を飲んだとき、
もともと震える左手が、そのときわなわなと大きく揺らいで、
ゆっくりと、
それはスローモーションのようにしずかに床に落ちて砕け散った瞬間を、
いまでも思い起こすからである。

とはいえ、山村のことである。
彼の家には大した名品が残っているわけではない。

ましてや、
河村家は維新のとき刀を奪われ、終戦時の改革で多くの農地を失ったから、
伝来の品の中でもましなものはほとんど売り払われ、
煤けた箱だけが残っている。

鍔(つば)だけでも手元に置いて、鼻の脂でもすりつけてみよう、
矢立なんかもいいかもしれない、
とつぶやきながら、
矢立の蓋が壊れるかもしれないと彼は恐れる。

生来気が小さいのである(笑)。

思い切って、
青山二郎や白洲正子のように、
伝来の品を抱いて眠ってみようとも考える。

しかし一体、
白洲正子は何を求め、
彼女の愛に育まれた初孫の白洲信哉氏は、
白洲正子の『魂の居場所』を何処と考えたのだろうか。

(つづく)


2008年2月18日(月曜日)

『思考の補助線』2

カテゴリー: - kawamura @ 06時02分37秒

思考の補助線』2

あのころ
河村たちクオリアンは、
脳科学者としての茂木健一郎先生に心酔していた。

茂木健一郎先生の掲げるクオリアの旗の下に
生きることの不思議に気づいたものたちが
続々と集まったのである。

彼らはクオリアンのバイブル『脳とクオリア』を片手に、
「認識におけるマッハの原理」
「相互作用同時性」
などについて侃々諤々の議論を交わした。

そしてクオリアの深遠な謎について
真理の裂け目から吹き上げる冷風に身を震わせながら
語りあった。

つまり
河村たちクオリアンは
先生がスポットライトを浴びて
鮮やかに輝くはるかまえに
純粋脳科学者としての先生を身近に感じていたのである。

(つづく)


2008年2月17日(日曜日)

『思考の補助線』

カテゴリー: - kawamura @ 07時55分17秒

妻に言った。

「先生が帰ってきたよ」

『思考の補助線』を読み終えて
河村は胸を撫で下ろした。

このところ
茂木健一郎先生のテレビ出演の回数は異様に多くなっていた。

しかし
才能あるものが世に出て
その才能を万民が楽しむ、
河村はそのことにすこしの疑念も懐かない。

実際彼は、NHK「プロフェショナル」を
毎週必ず予約録画して見ている。

先生が出演する民放の番組もほとんど見逃さない。

しかし一抹の不安もなかったといえば
それは嘘になる。

碧天に掲げられたはずのクオリアの旗が
ときおり雲に隠れて、
そのありかを見失うような気がしていたのだ。

そこへ『思考の補助線』が出た。

曙光が差したようだった。

読了して、河村は、
先生の掲げるクオリアの旗が
いまなお高く翻っていると知った。

それは苦悩の銀に裏打ちされた確かな姿で、
青空に、翩翻と翻っていたのだ。

しかし彼ほどの天才をもってしても
「生きることの情熱と
 まっすぐに結びついた輝ける不思議を、
 たった一度しかない人生の中で、 
 受難しつくしたい」
と言わしめるほどに、
クオリアの問題は難解である。

「世界全体を引き受けよう」として
先生は呻吟していたのだ。

先生はやはり本物だった、
テレビ画面では笑顔をみせながら
深い苦悩の夜を過ごしていたのだ。

クオリアの進化論的解釈も
「哲学的ゾンビ」の視点に立てば
中立性を帯びることを、
河村はこの書で初めて知った。

「「個別」と「普遍」は、意識を媒介項として結合される」
この言葉も懐かしかった。

というのも、河村がつたない自伝小説を世に問うたとき、
先生が下さった序文の一節に
「普遍性は、必ず、一人一人の人間の個別の人生の中にある」
と書かれていたのを思い起こしたからである。

(つづきはまた明日)


2008年2月1日(金曜日)

茂木先生「瀬戸内の陽光」

カテゴリー: - kawamura @ 07時25分28秒

全国のロータリークラブ会員に
今週配布された小冊子
「抜萃のつづり」が手もとにある。
「熊平」の創業者
熊平源蔵が昭和六年に刊行したものだ。

これはロータリークラブだけではなく
世界中の日本大使館・総領事館をはじめ
全国のロータリークラブ、ライオンズクラブ、
官公庁、病院、銀行、小中高大学などに、
今回は四十五万部を寄贈したということだ。

今号「その六十七」は
昨年一年間に新聞・雑誌に掲載された
玉文を転載してある。

目次を見て驚いた。

江崎玲於奈、平岩弓枝、養老孟司など
著名な執筆者の名が並ぶなかに、
茂木健一郎先生の「瀬戸内の陽光」があった。

『脳を活かす勉強法』にもうかがわれるが、
そこには、茂木先生の少年期・青年期の姿が
あざやかに浮かび上がっている。

私は十年ほど前に、
『脳とクオリア』を書き下ろしたころの、
純粋脳科学者の茂木先生に初めてお会いしたわけだが、
ちかごろ、文章の端々から
先生の幼き日々の面影を
うかがい知ることができるようになった。

先生は身近に接してみると温厚な方だが、
少し遠くから、
その膨大な作品群を背景にしてみれば、
まぎれもなく時代の寵児、天才である。

私も、せめて少しでも近づきたいと思って
『脳を活かす勉強法』を精読している。

この本は、表題の印象から、
受験生、資格試験を目指す人など
を対象としているように思えるが、
内容はさらに深く、
道を究めたい人、
人生を豊かに送ろうと思うすべての人の必読書である。


2008年1月16日(水曜日)

受験生必読!!『脳を活かす勉強法』

カテゴリー: - kawamura @ 08時24分39秒

脳を活かす勉強法』は受験生の『五輪書』です。
『五輪書』とは、
剣豪宮本武蔵が剣の極意を記した書です。

茂木先生の『脳を活かす勉強法』には、
わかりやすく、
勉強法の具体的極意
が書かれているのです。

学芸大付属高校、東大、東大大学院、ケンブリッジ大で学ばれた、
先生御自身の経験によって編み出された、
37の具体的な実践方法が分かりやすく書かれているのです。

私は、約30年間、
中学生、高校生、大学生を教えてきましたが、
これからはどの教育現場でも、
全面的にこの方法を取り入れていきます。

受験生が必要としているのは、
まさに『脳を活かす勉強法』に書かれている
効果の上がる具体的勉強法だからです。

11番「『鶴の恩返し』勉強法」など、
実に実践的な37の「具体的勉強方法」が明らかにされています。
そこが幾多の他書と全く違うところです。

もちろん、脳科学者としての
「強化学習理論」もわかりやすく書かれています。

私は10年ほど前から先生を存じ上げていますが、
2004年からの
茂木健一郎先生の活躍ぶりは尋常ではありません。

NHK「プロフェッショナル」キャスターをはじめとする
多くのTV番組出演、
東工大連携教授としての大学院生指導と
御専門の脳科学の研究、
東京芸術大学での授業、
そして、この4年間に
何十冊もの本を世に著したのです。

私はかねてから、茂木先生のことを
「現代のモーツァル」と書いてきました。
モーツァルトのピアノをパソコンに代えて
奇跡の書を次々に送り出す
まさに現代のモーツァルトです。

その神業を支える秘密を知りたいと思っていました。

ついにその秘密を明かしてくれたのです。


2008年1月10日(木曜日)

日本テレビ「トシガイ」

カテゴリー: - kawamura @ 09時57分43秒

今日の深夜に、
12月29日の茂木先生との「あんこう鍋忘年会」の様子が
日本テレビで放映されます。

クオリア日記から転載します。

**************

トシガイ

日本テレビ系列
2008年1月10日(木)深夜0時44
分〜01時14分(日付が変わって1月11日)

**************

詳細はクオリア日記をご覧ください。


2007年12月31日(月曜日)

久岡さんと東京ドーム

カテゴリー: - kawamura @ 15時18分40秒


実はこういうことでした。

茂木先生からメールをいただく二日前、
12月27日の夕、
東京ドームにお勤めの久岡公一郎さんから、
神田神保町三省堂本店での
茂木先生サイン会のお誘いをうけていたのです。

久岡さんは、六月の梅取りのとき、
深山さん、薄屬気鵑函
東京からお見えになったのです。
それ以来の知り合いでした。

サイン会のときに、
わざわざ整理券を手配していただいた久岡さんを、
「梅取りに来てくださった久岡さんです」
と、茂木先生にご紹介しました。
本当はもっとお話ししたかったのですが、
サインを求める人の列が延々と続いていましたので、
簡単なご挨拶でその場を去りました。

そのあと、
久岡さんが東京ドームを案内してくださったのです。
ホテルがあり、野球殿堂があり、遊園地があり、
ボクシングやプロレスなども観戦できる施設ありで、
大人のディズニーランドといったところです。

目を見張ったのは、
都市のど真ん中にありながら、
ゆったりとした公園があるのです。

そこは開放されていて、
子供連れの人々が、
ちょうど昼食を食べていたりする姿がみられました。

公園の空高くに、
ジェットコースターのレールが見えて、
ときどき轟音を響かせながら走り抜けていきます。
家族で一日楽しめそうなところです。

久岡さん、
年末のお忙しい時間を割いていただいて、
本当に有難うございました。

久岡さんに水道橋の駅まで見送っていただいて、
新宿で待つ版画家の高橋シュウのもとへ向かいました。


2007年12月30日(日曜日)

茂木先生とあんこう鍋忘年会

カテゴリー: - kawamura @ 22時49分53秒

一昨日の午後、メールボックスを開いてみると、
茂木先生からの突然のメールでした。

茂木先生が若き日に愛したお店
「魚徳」を復活させる、
というこころみに私も参加するようお誘いがあったのです。

茂木先生に招待された16名の出席者の中で、
私がとくにお話したのは、
先生の親友、池上高志さん(東大准教授)、
白洲信哉さん(作家。白洲次郎、正子の孫にして、小林秀雄の孫でもある)、
佐々木厚さん(電通営業部長)、
大場旦さん(NHK出版副編集長)、
鈴木芳雄さん(BRUTUS副編集長)でした。

テレビカメラが回っていたので、最初はとても緊張して顔が熱くなりましたが、
美酒佳肴に酔いしれるほどに舌もまわり始めました。
とりわけあんきもは絶品で、ポン酢も何もつけずに、
そのものだけで味わえるほどの、想像をこえた美味しさでした。

宴たけなわとなる中で、
骨董など古いものについて話したとき、
「それは言っちゃあいけないな」
白洲次郎を思わせるような口調で、白洲さんにびしっと言われて、
さすがに中央の貴種の言葉と感服いたしました。
(詳細は削除)

池上さんと、真剣に、クオリアについてお話ししました。
佐々木さんとは、茂木先生のことについて、
大場さんとは、編集された『脳内現象』のことについて、
鈴木さんとは、BRUTUSの茂木先生特集号について、
それぞれ熱をこめて話しました。

一夜あけて、12月30日の今朝、
三省堂で再び茂木先生とお会いしました。
すべては音楽から生まれる』という先生のご本に、
「巨きな生命の樹の下で 茂木健一郎」
というイラスト入りのサインをいただきました。

今年の最後に、夢のようなプレゼントを下さった茂木先生に
心から感謝申し上げます。

(あんこう鍋忘年会の内容は、
茂木先生のブログ「クオリア日記」、鈴木さんのブログ「フクヘン」をご覧下さい)


2007年12月29日(土曜日)

茂木先生、紅白審査員!

カテゴリー: - kawamura @ 04時56分56秒

我らが茂木健一郎先生が、紅白審査員として出場します。

必見!大晦日をお楽しみに!

「クオリア日記」から転載します。

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第58回NHK紅白歌合戦

http://www3.nhk.or.jp/kouhaku/topics/20071226.html

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2007年11月7日(水曜日)

レシャード・カレッド氏

カテゴリー: - kawamura @ 07時42分56秒

昨日届いた「学士会会報」に、
『アフガニスタンの最近の情勢と 世界の新たな関心について』
と題する、レシャード・カレッド氏の論文が載っていました。
ご承知のように、レシャード氏は島田市在住の医師です。

ところで、学士会とは、旧帝大卒業生のいわば同窓会です。
明治十九年に組織され、
東京都千代田区に学士会館が建てられました。
「学士会会報」の執筆者のほとんどすべてが、
旧帝大教授、准教授の方々で、
全く商業誌的な傾向のない、控えめで正確な内容です。

卒業以来愛読してきた会報誌ですが、
この三十年間に、私の知りあいの文章が掲載されたのは、
北大の同級生、茂木健一郎先生、
そして今回のレシャード・カレッド氏の三人だけです。

レシャード氏の文章は、故国が荒廃に曝された者の、
切々たる哀しみに充ちています。
高校時代に暗誦させられた李白の詩、
床前明月光、疑是地上霜、
で始まるあの「静夜思」を思い出します。

レシャード氏の許可を得て、
論文をこのブログに転載させていただこうと思っていますが、
いかがでしょうか?


2007年10月18日(木曜日)

佐藤泰志(茂木健一郎先生序文「蒼天のクオリア」)

佐藤泰志の作品集が刊行される、
と釧路に住む池ヶ谷北斗君からメールが届きました。

池ヶ谷君は島田進学スクールの卒業生です。
もう20年ほど前のことですから
記憶は定かではありませんが、
彼は、小学校6年生から高校三年生まで
私の塾に在籍していたと思います。
小学校五年からだったかもしれません。
いずれにしても、なつかしい便りでした。

北斗君ありがとう。

池ヶ谷君が佐藤泰志の名前を
気にとめていたと言うことは、
おそらく私の「蒼天のクオリア」を
読んでくれたのでしょう。
佐藤の名は、その最後のシーンに出てきますから、
彼の記憶に残っていたのかもしれません。

学生時代、私は「谷島瑶一郎」という筆名で
雑誌などに小説を書いていました。
佐藤泰志と私の名が、大きな見出し
新聞の小説批評欄に載っていたのを憶えています。

佐藤は5回芥川賞候補になったあと、
41歳で自死してしまいます。
自殺する直前の話は、
第百回直木賞作家の藤堂志津子から
電話で聞きました。
惜しむべき才能でした。

その彼が、
十七年の歳月を越えて甦ったのです。

皆さまにおかれましても、
佐藤泰志作品集」を
ぜひご一読されますようお願い申し上げます。


2007年9月29日(土曜日)

スノーボールアース仮説

カテゴリー: - kawamura @ 09時11分12秒

ひさびさビックリ!
「日経サイエンス」の茂木健一郎先生対談コーナー。
ゲストは岐阜大教授川上紳一。

スノーボールアース仮説とは、
「今から6億〜8億年前の先カンブリア時代の終わり頃に、
地球全体が完全に氷床に覆われるような激しい氷河期が存在した」
というもの。
知らなかった!
これぞ茂木先生クオリアワールドの醍醐味!!

この仮説は、「縞々学(しましまがく)」から生まれた。
このネーミングも遊びがあって良い。
なにごとも、特に研究には遊びがないと本物じゃない感じがする。
余裕をもって、研究を楽しむことが大事だから。

地層の縞々がもつリズムを解析するところから、
スノーボールアース仮説は生まれた。
もちろん反対意見もあって、論争はまだ続いている。
だれも反対しないような仮説は無意味。
既成概念をくつがえすような仮説にこそ、
激烈な反対意見が沸騰するような仮説にこそ、
痺れるほどの魅力を感じる。

凍結した地球が融け、
平均気温がマイナス50℃から100℃ぐらい上昇すると、
あのアノマロカリスを生むカンブリア大爆発がおとずれる。
つまり、地球全体が凍結しても、
どっこい生物は生きつづけてきたということだ。

現代と同じような地球温暖化だって、5500万年前にあった。
北大西洋が割れて、地下から大量にマグマが流れ出し、
海底のメタンハイドレードが溶けだして、
そのメタンガスが温暖化をもたらしたという。
それは、北緯80度の北極圏に、
メタセコイアの大森林が存在したほどの温暖化だった。

なんだか、地球の気候が大変動に見まわれたその後に、
突然、生物進化の新局面を迎えるような気もする。
このまま人類が地球を毀しつづけて、
あるとき、そう遠くない将来に、カタストロフィーが訪れる。
現在の生態系が崩壊して人類は滅ぶ。
そのあと、ロシアが熱帯になるような熱い地球になる。

それから数千万年あるいは数億年を経て、
地球上のどこかで細々と生きのびた人類の子孫に、
劇的な進化が訪れて、やがて新人類が誕生するのかもしれない。

あ〜、たのしいな。
茂木先生がクオリアの冒険譚を公開し続けてくれるかぎり、
科学を夢見る悦びは尽きません。


2007年6月30日(土曜日)

フジテレビ ボクらの時代

カテゴリー: - kawamura @ 18時06分04秒

フジテレビ ボクらの時代

2007年7月1日(日)朝7:00〜7:30

茂木健一郎 × 白洲信哉 × 千宗屋

堕落した日本の文化、その未来について語り合いたい」
という脳科学者・茂木健一郎の想いによって声を掛けられ、
集った千宗屋、白洲信哉。
武者小路千家にて
千宗屋が茶を点て、白州信哉の茶碗、掛け軸を披露
してもらいながら、優雅にかつ鋭く日本文化について語る。

*************************

松山の夜を懐かしく思います。
茂木先生や白洲信哉様と
氷で冷やしたフグの皮をポン酢で食べた夜のことです。
そのあとカラオケに行って、
茂木先生の十八番を聴いた夜のことです。

松山市長も交えて語り合った贅沢な夜は、
私にはもう二度と来ないのかもしれません。

茂木先生が「モーツァルトに似ている」という白洲信哉様に、
「クオリアとはなにか、一言で言ってみろ」といわれて、
私がむっとしたところへ、
茂木先生が「まあまあ」と助け船を出してくださった胸躍る夜のことを、
目を閉じたあとも私は忘れないでしょう。

あのように華やかな夜を私にも授けてくださったことを、
茂木健一郎先生にこころから感謝申しあげます。


2007年4月24日(火曜日)

「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 11時07分35秒

今夜は「プロフェッショナル」です。
夜10時から、NHK総合で茂木先生にお会いできます。

「プロジェクトX」は
すでに評価の定まった成功譚でしたけれど、
「プロフェッショナル」は
現在をリアルタイムで生きている時代の旗手の物語です。
彼らがこの放送のあと成功者の道をたどるのかどうかは、
約束されてはいません。
その視点が斬新です。

日本は生身の成功者をなかなかゆるさない社会です。
実るほど頭を垂れる稲穂かな
というように、成功したものほど謙虚に生きるように戒めます。

成功者がたたえられるのは、鬼籍に入った後です。
亡くなってはじめて許す
というようなところがあると思いませんか。

そういう意味では、
人に抜きんでて活躍する者の生きにくい風土です。

そこに風穴を開けたのが「プロフェッショナル」のように思います。
「プロフェッショナル」は、
まさにいま輝いている者たちへの讃歌です。

これからの日本の四半世紀は、
急激な労働人口減少に見まわれ、超高齢化社会をむかえます。
老齢者への介護医療サービスに働き手の多くが割かれて、
製造産業は衰退するでしょう。
どのようにして国民は生活するのでしょう。

これからは、発明し、産業をみずから興し、雇用を創出して、
世界へ向けて製品を輸出するような優れた人物が必要です。

すぐれた者の頭をたたいているようでは国の行方に不安を感じます。

いまこそ「プロフェッショナル」のように、
優秀な人材を讃え、応援する風潮が必要のように思いますが、
いかがでしょうか。


2007年4月22日(日曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』読者の皆さまへ(5)

カテゴリー: - kawamura @ 08時38分47秒

お気づきの方もいらっしゃると思いますが、
結城(仮名)からコメントがきました。
一昨日の日記にです。

いまお読みの記事の左「最近のコメント一覧」に、
君の中の僕へ
と書かれているのがそれです。

コメント文を転載してみましょう。

*************************
不思議な気がする。
この再会は大切な気がする。
丁度去年の暮れから、小説を書き始めた。
まとめなくてはいけないと思い始めた。
生活も立て直さねばならないと思った。
それで三月の半ばより、四月二十三日以降の仕事をみんなキャンセルした。
何にもしないことにした。
全部断っていた。
ゴールデンウィークを挿んだ三週間は仕事もしないことにして職員に何もしないと話をしていた。
どんな予定も入れるな、って言ってあった。
そうしたら、ファックスが来た。
分からない。
でも、何かがあるという気がしてならない。
「扉」を開けてみるのは、怖い。
でも、きっと開けてしまうだろう。

Comment by 君の中の僕へ — 2007年4月20日(金曜日) @ 19時24分11秒
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医師である彼は多くの講演をこなし、公職にもついているのですが、
それらを皆断って、小説を完成することに懸けていたのです。
そこへ突然、私がファックスで連絡をしたことになったようです。

それにしてもこのコメントは、
昔と変わらぬ彼のまっすぐな心情をよくあらわしています。
彼の医師としての多くの業績は、まさにそのお人柄によるのでしょう。
地域の人々から頼られ尊敬されているわけがよく分かりました。

私のことは、十二年前に公開したホームページに、
おもにこれまでの文学歴史研究などの経歴がすべておさまっています。
あるいはこのブログにも、
HPの欠けている部分や仕事のことなんかを書きました。

私は一昨年まえから
貴君の院内新聞をweb上でつぶさに読んでいますから、
おおよその貴君の経歴を承知しています。
離島の医療に青春をささげたことも知っています。
島を去る日に、
そこでの給料を島に寄附してきたことも知っています。

これだけお互いに事前に理解していれば、
お会いした途端に、
三十五年の空白などなかったように、
文学の本質などについて語り合うことになるでしょう。

私はすっかり白髪になりました。
昨年はがんの手術もしました。
しかしまだ僅かに、こころの底に、
「僕等の輝いていたあの時代」の残り火が青く燃えています。

岡先生の研究室をはじめてふたりで訪ねた日のことなんかが、
なつかしく思い出されます。
でもそういう話しは、
お会いしたときのためにとっておきましょう。

ふたりで「扉」を押して、
「僕等の輝いていたあの時代」へ帰りましょう。

訪問の日程は、先日の電話での約束通りにする予定です。
確認のために、今日もう一度電話かファックスをします。
お返事を下さるときには、メールでかまいません。
アドレスを書いておきます。
kabuto@mwc.biglobe.ne.jp

お会いできる日を、とても楽しみにしています。


2007年4月20日(金曜日)

あっ、わかった!!

カテゴリー: - kawamura @ 06時06分15秒

思い出しました。
昨日のブログにでてくる女性心理学者の名前です。

「あっ!わかった!!」
と叫んで事務室へ走ってメモしました。
アハ!体験です。

塾の授業中でしたから、
生徒たちはあっけにとられていました。

その名は、ランゲ・アイヒバウムでした。

30年前に読んだ本の著者の名前を、
昨年の7月17日まで憶えていたことはたしかなのです。

というのは、茂木先生の追っかけをして福岡を訪ねたとき、
講演会の講師控え室に招かれたことは
その日のブログに書きましたが、
私の横にすわっていたのが自治医科大学の加藤敏教授でした。

加藤氏と心理学についてのお話しをしたなかで、
(もちろん私はずぶの素人でしたから、
 冷や汗を流しながらいままでの知識を総動員して話したのですが)
加藤先生は、
天才をどのようにとらえるかはその時代背景に大きく影響される
ということを主張していらっしゃいました。
そのとき私は、
「ランゲ・アイヒバウムもそのようなことを言っていますね」
と言おうとしたのに、それを言い出す勇気がなくて、
あとになってとても悔しい思いをしたことを憶えているのです。

その時点ではたしかにランゲ・アイヒバウムの名を憶えていたのです。

昨日それをブログに書こうとして、ふっと記憶から落ちたのです。
どうしても思いだせず、のど元までなんどか出かかるのですが、
どうしても思いだすことができませんでした。

ずっとそれを考えていて、なにげない瞬間、ぱっと思いだしたのです。

あ〜、すっきり。

ここから先は、30年前に読んだ本のうろおぼえの内容です。

アイヒバウムはその著書『天才』のなかで、
画家のフェルメールを例にあげていたように思います。
たしか年表のようなものがありました。
フェルメールの存命中は、彼はそれほど高い評価ではなく、
死後100年以上経ってから、
突然天才の評価を下されたというのです。

つまり、市民画家であったフェルメールの絵は、
市民が隆盛を極める時代になった後世に
初めてその天才的価値が見いだされたというのです。
社会の価値基準は時代によって変遷し、
それとともに時代の求める天才の価値基準も変わるというのです。
(と書かれていたと思います)

ランゲ・アイヒバウムの『天才』をお持ちの方がいらっしゃいましたら、
ぜひコメントいただき、間違いを正していただけたらと思います。

でも私は、アイヒバウムよりも、
たとえそれが小粒であれ天才のほうを評価します。
天才の研究なんかをするまえに、
なにかひとつでも芸術的創造をしてみたらいかが?
と言いたくなってしまうのです。
(といいながらアイヒバウムの著作に感銘を受けたこともたしかですが)

天才と秀才はちがいます。
天才と能才もちがいます。
能才や秀才は、お勉強やお仕事ができる人たちです。

天才はそんなこととはまったく関係がありません。
たしか宮城音弥の『天才』に、
天才、秀才、能才、異才の表があったように記憶しています。

天才は、秀才や能才にこの世では負けるのです。

さて、私が20代の半ばに書いた『天才論』を、
お読みになりたい方はいらっしゃいますか?
今度こそ、いらっしゃいますか?
どうですかっ?!


2007年4月19日(木曜日)

茂木健一郎『天才論』読了

カテゴリー: - kawamura @ 09時16分34秒

ダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣、
とサブタイトルのつけられているこの書は、
従来の天才論とはまったく異なる様相をしています。

私は、一時期いわゆる天才論を読みふけったことがありましたが、
いまはそれらはすべて失われて、手もとにはありません。
たしか友人にまとめて貸したままになっているように
記憶しています。

(クレッチマー、宮城音弥、ロンブローゾ、福島章
などに混じって、
女性研究者の書いた天才論が一冊ありました。
天才は社会の要請に応じて現れるもので、
ある時代の天才は、別の時代ではそうではない、
というのです。
その女性研究者の名前を忘れてしまいました。
どなたか教えていただけませんか。
ほかにも、三島の『文章読本』のなかに、
文学的天才の創造の秘訣が書かれていたように思います。
たとえば、脳への血流をうながすために、
暖炉のほうへ頭を向けて構想を練ったというふうな。
頭寒足熱の正反対です。
『天才の精神病理―科学的創造の秘密』や、
湯川秀樹の著作集にも天才について書かれたものは
数知れずあって、それらを読みふけったのです)

湯川はご承知のように科学と文学との
双方に通暁していましたが、
湯川の書いた小説というのはあるのでしょうか。
もしあれば、お教えいただきたく思います。
やはり湯川は、
文人的な素養を持った科学者
というべきなのだろうと思います。
文学での創造の苦しみを味わったのではないようです。

茂木健一郎先生自身は本来純粋な脳科学者であり、
それは『脳とクオリア』において明らかです。

さらに、脳科学における「相互作用同時性」と、
小説『プロセス・アイ』とにみられるように、
科学や文学などという枠を越えて花ひらく、
まさに総合的な才能でもあろうと思います。

時代の寵児としての役割も見事に果たして、
そのうえこの『天才論』などを書きつづけているのです。

この『天才論』の独自性は、
科学的創造と文学的創造との双方において、
創造の秘密を知り抜いた彼をして書くことのできる
貴重な書であろうと思います。

ご一読をお奨めします。


2007年4月18日(水曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』読者の皆様へ(4)

カテゴリー: - kawamura @ 08時53分42秒

きのうのNHK「プロフェッショナル」を見て、
盲導犬が茂木先生にとびつく姿に、
深いよろこびを感じました。

私は生まれてから40代の後半まで、
ずっと犬を飼っていましたから、
犬が人を見ることを知っています。

犬があんなにじゃれつく相手は、
動物好きの邪心のない人だけです。
仲間を感じたときだけのようです。

住吉アナには申し訳ないけれど、
盲導犬は彼女ではなくて茂木先生をえらびました。
彼女は犬になれないのか、
眼にすこし恐怖の色がありました。
それで迷わず茂木先生をえらんだのです。

茂木先生を尊敬していてよかった、
とつくづくそのとき感じたのです。

静岡の山あいの地にすむ
私のつたない作品『蒼天のクオリア』に、
2000字にも及ぶ序文を書いてくださった
茂木先生の慈愛を、
あらためて感得した瞬間でした。

その茂木健一郎先生が、
今日は「笑っていいとも」に出演します。
「クオリア日記」にもありましたので、
私も花束をお送りしました。

タモリとのやりとりが、とてもたのしみです。


2007年4月17日(火曜日)

「笑っていいとも」茂木先生御出演!!

カテゴリー: - kawamura @ 16時25分29秒

あしたの「笑っていいとも」に
我らの茂木健一郎先生がご出演されます!!
皆さまも、ぜひご覧ください!!

以下、茂木先生「クオリア日記」より転載します。

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お知らせ

本日「笑っていいとも」(フジテレビ)に
ご出演の辰巳琢郎さんから、私に
「友だちの輪」が回ってくる模様です。

つきましては、明日(2007年4月18日)に
私が出る際にご紹介できるよう、
「電報」や「お花」を有志の方から
謹んで承ります。

茂木健一郎拝
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2007年4月16日(月曜日)

茂木健一郎先生序文 『蒼天のクオリア』 読者の皆様へ(3)

カテゴリー: - kawamura @ 08時34分01秒

結城から郵便がとどきました。
原稿用紙にして二百八十枚ほどの小説原稿に、
五枚ほどの手紙がそえられていました。
もちろんその内容は明かせません。

ただその手紙の中に、

僕等の輝いていたあの時代

と書かれていて、私はそのひと言で充ち足りました。

三十五年一睡の夢、とでもいうほどに、
歳月をひと跳びにこえて、
二十歳のころとすこしも変わらぬ熱情あふれる彼の手紙でした。

「君と話したい」「30日の件は、本当に楽しみにしています」
とも書かれていました。

ふしぎなことに、私が贈った二冊の本
蒼天のクオリア』『冑佛伝説』への返礼として、
彼の小説がそえられていたのは、
私が能力的にも体力的にもこれが最後と思って書いたように、
彼も同じ思いで昨年から書きはじめたというのです。

「君のことも書きました。千枚以上の原稿があります」
と書かれていて、それがとても気になります(-_-;)。

四月三十日に顔をあわせたとたんに,
二十歳の僕等にかえって堰を切ったように話しはじめるのが、
いまから眼にみえるようです。


2007年4月15日(日曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』読者の皆様へ(2)

カテゴリー: - kawamura @ 06時59分22秒

蒼天のクオリア』、あれは実話ですか?
と先日も聞かれました。

実話です。

結城秀(仮名)も実在の人物です。
彼が主宰していた「しらとり」という同人誌も、
一冊私の手もとに残っています。
真っ白な表紙に、しらとり、と彼の自筆で書かれています。

あれは結城にとって、北大時代の記念碑だったのでしょう。
あるいは苦い思い出だったのでしょうか。
それは彼に聞いてみなければわかりません。
その後彼がどのような道をたどったのか、
それは再会のあとで公表することといたしましょう。

「しらとり」の中ほどに、
「瑶一郎にささげる」として、
天才」という表題の詩が載っています。

なにをかくそう、瑶一郎、とは私のことです。
谷島瑶一郎、というのが当時の私のペンネームでした。
気恥ずかしいことではありますが、
結城が私をその詩のようにとらえていたのは確かなようです。

「天才」という詩の本文は、
拙著『蒼天のクオリア』に全文掲載されていますから、
興味がおありの方はどうぞそれをお読みください。

結城はその同人誌の中で、
「アルジェの朝」という小説を発表しています。
私の作品なんかよりはるかにしっかりとした秀作で、
その小説の登場人物に、ロドリゴ、という男がいて、
どうもそれは私をモデルに書いたような気がしてならないのですが、
それは再会をはたしたときに聞いてみようと思っています。
彼はもう忘れたかもしれません。
なんといっても、もう35年の歳月がながれたのです。

先日、彼は電話のむこうでささやくように、
「話したいことは山のようにあるよ」と言いました。
話したいことは、私にも山のようにあるのです。

35年の歳月を越えて、
輝く五月の陽光の下で、笑顔で彼と再会します。
北海道の五月は、一面に花が咲きみだれて、
薫る風がながれています。


2007年4月13日(金曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』読者の方へ

カテゴリー: - kawamura @ 06時35分40秒

これは、拙著『蒼天のクオリア』をお読みになった方にしかわかりません。
結城秀、という登場人物を憶えていらっしゃいますか。

結城秀には実在のモデルがいて、彼は私が学生のころの友人でした。
文学仲間として、ともに切磋琢磨していたころのことです。
結城が、二十歳の私の前からふいに姿を消して、それから35年の歳月がながれました。

昨日その彼と連絡が取れたのです。

思いがけぬおだやかな声でした。
二十歳のころの凛々とした声ではありませんでしたが、
落ちついた成功者の声でした。

じつは彼はある街の高名な医師として活躍しているのです。
ネットで調べると、医学博士として多くの論文も発表しています。

その結城(仮名)と4月30日に会う約束をしました。
35年ぶりの再会です。

5月の連休明けに、彼の承諾を得て、
再会の様子や、彼の実名を公表するつもりです。
おたのしみに。

(「山岡鉄舟の鉄扇」シリーズはしばらくお休みです)


2007年4月8日(日曜日)

人間原理

カテゴリー: - kawamura @ 08時39分05秒

みなさん「人間原理」という言葉を
きいたことがあるでしょうか。
日経サイエンスの先月号
「茂木健一郎と語る科学のクオリア」
にでてくる言葉です。

地球外生命体の探索を
これほど長い間つづけても
一向にその気配すらみつからないのは、
じつは私たち人間が存在しうるためには
この自然界に奇跡的な条件が成り立っていなければならないから、
ということが分かってきました。

それを説明するのに、
とても面白い例があげられています。

それは、氷が浮くということです。

氷が浮くのは、
液体の水が結晶して個体になるとき、
体積が増えるからです。

ふつうの物質は、
液体から固体になるとき、
縮んでその体積がちいさくなります。

ところが水はそうならないのは、
水の分子構造のためなのです。

皆さんご承知のように
水は酸素原子の両脇に水素原子がくっついている形をしています。
Oの2S軌道と2P軌道が混成して
SP3混成軌道をつくるから、
酸素と水素の結合する角度が約104.5度になるのです。
その角度で結晶すると、
体積が膨張するというわけです。

つまり、
水分子の結合角がほんのわずかにずれただけで、
氷が水に浮くことはないのです。

じつはそのことが、
生命の誕生に大きな影響を及ぼすことになるというのです。

北極海には氷が浮いています。

もしもあの氷が、
すべて沈んでしまったとしたら
どんなことになるのでしょう。

深い海の底に氷が堆積してゆきます。
光のとどかない海底では、
氷は二度と溶けることはありません。
氷の層はしだいに厚くなって
やがて海底を覆いつくすでしょう。
そして地球の気象に
壊滅的な変動を起こすことになるでしょう。

とてもそのように氷に閉ざされた海で、
生命が誕生するはずはありません。

このように、
水分子の結合角がほんのわずかにずれただけでも、
生命は誕生し得なかったのです。

最初に申し上げたように、
自然界に奇跡的な条件が成り立っていなければ、
私たち人間が存在しえなかった、
というのはこういうことなのです。
それを人間原理というのです。

それではなぜ、
私たちの宇宙では
このように奇跡的な条件が成り立ったのでしょう。
それは、
無数の星がまたたく宇宙の中で、
地球のように美しく青い星が存在している奇蹟と同様に、
私たちが住む宇宙の他に、
別の宇宙定数をもつ無数の宇宙があるのではないか
という考えに必然的に帰着します。

それが多宇宙理論です。

多宇宙についてはまた後日お話ししましょう。


2007年4月3日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」!!

カテゴリー: - kawamura @ 09時47分17秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第45回

人の中で 人は育つ

〜中学教師・鹿嶋真弓〜

いじめや学級崩壊のないクラス作りを進める一人の教師が、今、教育現場で注目を集めている。東京都足立区の公立中学の教師・鹿嶋真弓(48)だ。
鹿嶋の特色は、「エンカウンター」という生徒同士の関係作りを促す授業にある。もともとはアメリカで開発された考え方を、日本の教育心理学者が 持ち込んだ。鹿嶋は、それを現場で実践した先駆者の一人だ。たとえば、「愛し愛される権利」「きれいな空気を吸う権利」など10の権利の中から、どれがもっとも大事な権利かを生徒たちに話し合わせる授業。生徒同士のコミュニケーションを深めるきっかけを作るのが狙いだ。この他にも、鹿嶋はさまざまなプログラムを駆使し、クラスをまとめていく。絆の生まれたクラスは、いじめが起こりにくく、成績も向上するという。現在、鹿嶋が抱えているのは受験を控えた中学3年のクラス。初めて迎える人生の大きな試練を前にした緊張と不安、そして、プレッシャーから生じる生徒同士の関係のきしみ。鹿嶋はどのようにクラスの舵(かじ)をとっていくのか。本番直前、鹿嶋はある思い切った行動に出る。熱い教師と36人の生徒達の心のドラマに2か月間密着!

NHK総合
2006年4月3日(火)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2007年4月1日(日曜日)

告白

昨年の秋、裏庭の池の底で、
大きな蝦蟇蛙が、三匹あおむけになって死んでいました。
それからというもの、裏の池は死の池になってしまいました。

それから二週間ほどして池の底を見ると、
ちいさな、それは水面に目をちかづけなければ見えないほど
ちいさな生き物がいっぱいうごめいていました。
エビのようなもの、魚のようなもの、
さまざまな種類の生き物が蝦蟇蛙の死肉を食べているのです。

その日は気味悪くなってその場を離れました。

数日してまた池の底を見ると、
三匹の蝦蟇蛙の死骸はすっかり骨だけになって、
そのまわりに
先日見たときよりすこし大きめの生き物が泳いでいました。
ちょうど先カンブリアのころの捕食生物
アノマロカリスのようにも見えました。
その大きめの生き物は、
池の底にうごめくちいさな生物を、
二本の触角のようなもので捕まえて食べているのです。

ゆっくりと進化がはじまっているようでした。

冬になっても、生物の種類は増えつづけ、
裏庭の池は太古の海のようにも見えました。

やがて春がおとずれてもゆるやかな進化はつづき、
すこしずつその体も大きくなって、
いままで見たこともないような
生物が現れはじめました。

三月初旬の風のつよい日に、
木蓮の花がすっかり散って、
白い花びらが池の水面をおおいました。

よく見ると、その花びらの上に、
そこかしこ美しい人魚たちがすわっているのです。
肌の白さに、花びらと人魚と、
見わけがつかないほどでした。

私はそのなかのお気に入りの人魚を、
シモーンと名づけて愛しています。
手のひらにおさまるほどちいさな彼女は、
ときおり透きとおるような可憐な声で歌います。

このことはいままでずっと秘密にしてきました。
でも、2007年の4月1日というこの日に、
告白をしようと決めたのです。

(妻には内緒です)


2007年3月31日(土曜日)

今夜は「世界一受けたい授業」!

カテゴリー: - kawamura @ 13時14分17秒

世界一受けたい授業 
日本テレビ

2007年3月31日  19時00分〜21時48分

今晩、我らが茂木健一郎先生が出演します!!


2007年3月28日(水曜日)

『感動する脳』茂木健一郎

カテゴリー: - kawamura @ 08時12分47秒

『感動する脳』茂木健一郎
 PHP研究所

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『脳と仮想』 新潮文庫版 茂木健一郎
2007年3月28日発売

文庫版あとがき 解説 中沢新一
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これからも
茂木先生の著作情報をお知らせします!


2007年3月24日(土曜日)

『天才論』茂木健一郎

カテゴリー: - kawamura @ 08時27分31秒

『天才論』茂木健一郎
『天才論—ダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣』
朝日新聞社出版局
2007年3月発売
amazon

島田駅前「BOOKS ZEN」さんに注文してありますから、
もうすぐ読めます。
みなさんもご注文はお早めに。

茂木先生の執筆活動が、ついに再開されました。
この日を待ち焦がれていました。


2007年3月23日(金曜日)

観光と物語

カテゴリー: - kawamura @ 07時00分56秒

先日、松山市長の中村さんとお話しする機会がありました。
寿司屋の座卓を囲んで、数人で話したときのことです。

愛媛県松山市の観光のことに話しが及んで、
私が、「地域をまとめる物語をつくろうとしています」
と申しましたら、突然市長が私の手を取って、
「私もそれと同じことを議会で主張しつづけているんです」
と欣喜雀躍のようすでした。

思えば松山市には、
明治の文豪夏目漱石と正岡子規、
日露戦争の立役者秋山好古、真之兄弟、
また名所として松山城や道後温泉と、
物語の素材にはこと欠きません。
路面電車もとても風情がありますし、
遠く関西方面からも信仰をあつめ
大祭には数十万人の人出でにぎわう「椿さん」(椿神社)も
物語のひとつの核になりそうです。

それらがひとつひとつ離れて存在しているのではなく、
あざやかな物語の糸で結ばれていれば、
地域全体がひとつの有機体として
観光客の眼にうつるのではないかということです。

あたりまえのことですが、
人は物理的な風土のなかに暮らしているだけではなく、
歴史がつむぎ出す情感のなかでも暮らしています。
もう少しいえば、
その街のうえをながれるやわらかな時間とともに、
すべての人々のこころのなかに、
かけがえのない物語が
それぞれにつむがれているのだろうと思います。
その物語のひとつひとつの糸をさらに大きく編んで、
地域をおおう雄大な物語を創出しようというのです。

それはちょうど、その日の夕に、
茂木健一郎先生の講演にあった
マルセル・デュシャンの「泉」のように、
すでにあるもの(レディ・メイド)に物語を付加して
芸術作品を創り出してゆく過程にもにています。

ともあれ、
夜の松山空港に降り立ってから二泊した松山市の思い出は、
私の記憶の名所となりそうです。

(その松山市のお話しについては、
 友人の松村や白洲信哉さんのことなど、
 またなんどかに分けて書こうと思います。
 松村、観光案内ありがとう。
 白洲さま、ごちそうさまでした。
 またメールします)


2007年2月17日(土曜日)

レクイエム

カテゴリー: - kawamura @ 12時42分57秒

風花の舞う森を、
レクイエムを聴きながら走りました。

ふいにうしろから、
悲しみに肩さきをつかまれたときのように、
涙があふれました。
モーツァルトの旋律は、
ななめうしろからその手をさしのべてきます。

なみだもろいのは、がんになって、
いのちのことを考えるようになったからかもしれません。
年甲斐もなくすこしセンチメンタルにすぎるとよくいわれます。
でも、生来の気質だからしかたありません。
このところ、文化財のことなんかで、
すこしまいっているのかもしれません。

茂木先生が我が家へお見えになって、
二人で墓地から坂道をおりてくるとき、
枯れかけた桜の古木のしたを過ぎながら、
私は先生に申しました。

「小林秀雄の講演に出てくる
 桜でごね得をたくらんでいると勘違いされた男のように、
 そんなふうに私はみえますか?」

それに先生がどのようにお答えになったのかは
憶えておりません。

ただ、風が吹いていました。
6月の風が、新緑の谷間を吹きわたって、
先生のお言葉を碧天へ吹きあげていったようにも思います。


2007年2月10日(土曜日)

東大オーラ

カテゴリー: - kawamura @ 08時56分35秒

もう40年も前のことじゃないか、
もうどうでもいいことじゃないか、
と、東大に合格できなかったことを、
いまでもトラウマのように引きずっています。

正確にいわせていただくと私の大学受験の年は、
かの安田砦の攻防戦があった年で、
長い東大の歴史の中で
たった一度だけ入試の行われない年でした。
つまりその年の東大入学生はいないのです。

翌年の東大入試は現浪あわせて
例年の2倍以上の倍率となりました。
あの頃のアジ演説が記憶の遠くから聞こえてくるのも、
もうかすかになったように、
悲しい東大入試の残像もしだいに色あせてまいりました。

先日、その東大で授業を受けてまいりました。
駒場の門をくぐるころからすこしビビッていました。

茂木先生の講義教室をさがしあてたあと、
昼食の場所をさがしに出かけました。
正門ちかくにレストランがありましたので、
なにげなく入りますと、
1階は学生さん用、
2階はすこし値段が高くなっていましたから、
先生用なのかと思いながら、
うかつにも階段をうきうきとのぼってしまったのです。

ドアを開けると、おお!、
そこには白髪の老紳士たちが神々のように集い、
談笑しているではありませんか。
部屋全体に東大オーラが響きわたるようでした。
シャンデリアに目がくらみながら、
私はほうほうのていでその場をあとにしました。

放心の私のまえを、
ぞろぞろと学生たちが歩いています。
昼食どきですから学食へ向かっているのでしょうか。
学食といえば安いだけがとりえの、
実に質素な食堂を予想していたのですが、
だどりついてみれば、あらら、
ここは六本木?、
と見まごうような素敵なレストランです。

とりあえず列の後ろについていると、
数人の女子学生たちが
あかるくかん高い声で話しています。
耳をかたむけると、
なんだか意味不明の言語を話しています。
「○○がついているから過去形でいいんじゃない?」
といった語学に関する話題のようで、
私は突然ジャングルから文明人の中へ現れた
原人の気分でした。

おらここにいてもええだか、
とすこぶる不安になりました。

しかしそこは年の功、微塵も気後れを見せず、
(本当は膝が小刻みにふるえていましたが)
すました顔でネギトロ丼を注文しました。
丼もののことをこの神々の宮殿には、
BOWLと書いてあります。

私はそ知らぬ顔で
女子学生たちのよこの席に着きました。
なにやら難しい数式をあやつっているようで、
きっと魔女の末裔か、
そうでなければ宇宙人にちがいありません。
気づけば、
彼女たちも色あざやかな東大オーラを放っています。

彼女の手もとの本に「ガスクロマトグラフィー」
とありましたから、
「おい、神原ーイルコビッチの修正式をしってるかい?」
と話しかけようとしたのですが、
心身が固まって、身動きがとれません。
東大オーラにあてられたのです。
彼女たちが無邪気に放つオーラの矢に、
やられたのです。

私はネギトロ丼を飲みこむようにして
その場を足早に去りました。

茂木先生の講義のときもまわりはみんな東大生、
とても生きた心地はしませんでした。


2007年2月9日(金曜日)

おどろき!「プロフェッショナル」

MITの石井裕は大学の後輩でした。
もちろん面識はありません。
ただ同じ校風のなかで学び、
同じように札幌の初夏をたのしんだというにすぎません。

石井の目はトンでいました。
見るからにいままでの日本では生きにくかろうと思わせる風貌です。

科学や芸術は創造こそすべての世界ですから、
創造者である彼らは、自らを混沌のなかに置かなければなりません。
規制や桎梏といったたぐいのものから自らを開放し、
冥い創造の海に身を投げると、
その海の底にあたらしい着想の真珠が輝いているというわけです。
つまり、既成概念の重力から自由にならなければ、
新奇な発想は得られないのです。

基本的な精神の方向性が、善の方向を向いていればよいのです。
真善美を求める心さえ根底にながれていればそれで良く、
その先はすべての束縛をはなれた自由空間のなかに身をおくのです。
そしてそれを楽しめる勇気を持たなくてはなりません。
既成概念を離れるとは、社会通念を無視するふうにもみえますから、
思わぬ糾弾を社会から受けたとき、
それを真摯に受けとめて責任をとる勇気を持たなくてはなりません。

創造的才能の華やかさはひとびとの耳目をあつめ、
賞賛されますから、
必ずその才能が涸れたあとには悲惨がまっているのです。
とくに日本のような風土ではその落差が大きいでしょう。
しかしそれを恐れていてはなりません。
創造者であるまえに、真善美の体現者であることが必要で、
その姿勢が純潔でさえあれば、
必ずやふたたび理解されるときが来るのです。

真の創造性は、混沌の中からしか生まれません。
そこには価値の高低もなく思想の方向性もありません。
ただすべてが在るのです。
それは人間の既成概念の彼方にある世界です。

創造者たちは、苦悩と恍惚に満ちたその世界にいるのです。


2007年2月4日(日曜日)

脳のなかの聖杯

カテゴリー: - kawamura @ 21時21分51秒

「また、この広範囲の回路こそが、
人間のもっとも本質的な知覚体験である
自己意識を生み出す役割をしている。

しかし、
脳がどうやって電気パルスという言語を
鋭敏かつ多様な知覚感覚に正確に変換するのかは
深遠な謎であり、
脳研究の分野で誰もが求めてやまない
聖杯の1つになっていた。
この神経コードが解読できれば、
私たちは何者なのか
という本質を理解する道が開ける」

(「神経信号を解読する」
Miguel A.L.Nicolelis/Sidarta Riberio
日経サイエンス所載論文より抜粋)


2007年2月1日(木曜日)

プロフェッショナル

カテゴリー: - kawamura @ 22時23分36秒

いま、プロフェッショナルを見ています。
感想はまた明日。

今日は島田RCで、お話しをしてきました。
みなさんがどのように感じられたか、
知りたくも思います。
関係者の方々、
コメントいただければ幸いに存じます。

ひさびさ、かすりで飲みました。


2007年1月31日(水曜日)

ギャバガイ問題

カテゴリー: - kawamura @ 07時33分22秒

ひさびさにおもしろい言葉に出会いました。

「ギャバガイ問題」

心理学の世界の言葉と聞いただけで、
ちょっと眉にツバをつけてしまう私です。

ましてや、その名も「ギャバガイ問題」。

「茂木健一郎と愉しむ科学のクオリア」(日経サイエンス)
の対談のなかにでてくる言葉です。

心理学者小林春美博士との対談はとても面白くて、
いちどお読みになってみるとよろしいと思います。

でも、
こういう話しになぜだかいかがわしさを感じてしまうのは、
私だけなのでしょうか。

はるか学生時代のことを思い出しました。

教養科目の社会学で、
「GemeinschaftとGesellschaftがあって、
 本質意志と選択意志がある」
と学んだとき、思わず教授に質問してしまいました。

「とてもわかりやすいけれども、
 個々の人間は多様性に満ちていて、
 そんなにかんたんな概念で、
 複雑な社会が一刀両断できるのでしょうか」

と、それだけで私の質問は終わりませんでした。

「そして、発明されたそのような概念は、
 その存在を科学のようには確認できないのに、
 いかにもいかがわしく見えるのに、
 まったく本当のことだなあ、
 と感じるのはなぜなんでしょう?」

教授がそのときなんと答えたのかは、
もう忘れてしまいました。

世界を読み解くある切り口を発明して、
それを精妙細緻に築きあげていったものが物理学だとすると、
「ギャバガイ問題」と物理学と、
いったいどこが違うというのでしょう。

物質に意味が付与されること、
あるいは現象が意味をもってくること、
たとえば「PV=nRT」のように、
個々の気体粒子はまったく勝手気ままにふるまっているのに、
粒子の平均行程から数学的に導かれる
気体全体としてのふるまいは、
個々の粒子からはかけはなれた
性質や意味をもっているように見えることと、
個々の人間のふるまいは閉ざされた主観のなかで
勝手気ままに動いているように見えても、
「Gemeinschaft」や「Gesellschaft」といった概念によって、
じつにみごとに社会全体が説明されるように見えることとは、
同じなのでしょうか。

いったいこれは何なんでしょう?

ところで、
「ギャバガイ問題」を解くカギは、
「事物全体制約ルール」
「事物カテゴリー制約ルール」
「相互排他性ルール」
だというのです。
なんだそりゃ、
と夜店の見せ物小屋をのぞくような気持ちで
読みはじめたのですが、
じつにそれらのルールを使うと
言語獲得の過程をうまく説明できるのです。

これらの概念が、
脳のニューロン回路に確認されたとき、
はじめて私は納得するのでしょうか。
それとも、
ニューロン回路がそのような直覚を生む仕組みが、
解明されてはじめて納得するのでしょうか。

概念という観念世界の産物と、
脳という物質との、
明確な対応関係が見出されてはじめて、
私は安堵するのかもしれません。

やはり私は心理学や社会学のように、
天空にある複雑な概念を論ずるのでなく、
いま見えているこの空の青、
この「青はどこからくるのか?」
それだけを知りたいのです。


2006年12月30日(土曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(10)

人形作家アラヤシキ・ツネさまからいただいた
mixiトピックへの書きこみと、メッセージの全文、
また、私の返信もふくめて、そのやりとりのすべてを、
アラヤシキさまの承諾を得て連載することにいたしました。

***************************************************

差出人 : アラヤシキ・ツネ

日 付 : 2006年12月26日 22時02分
件 名 : ブログに泣いています。

河村隆夫さま

こんばんは。
河村さんのブログを拝見しながら泣いています。

『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』
私の住んでいる枚方市の図書館に購入して貰います。
そして、佛教大学と出身高校に贈ります。

河村さんの真摯な魂がこもった
『蒼天のクオリア』、『冑佛伝説』が
多くの人々に永遠に読み継がれることを心よりお祈りいたします。
                    アラヤシキ・ツネ 


2006年12月29日(金曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(9)

人形作家アラヤシキ・ツネさまからいただいた
mixiトピックへの書きこみと、メッセージの全文、
また、私の返信もふくめて、そのやりとりのすべてを、
アラヤシキさまの承諾を得て連載することにいたしました。

**********************************************

差出人 : アラヤシキ・ツネ

日 付 : 2006年12月21日 11時28分
件 名 : Re: おはようございます。

河村隆夫さま

メールに心より感謝いたします。

> 6000字にも及ぶ茂木先生の序文は、
> 思わず「士は己を知るもののために死す」
> という言葉を思いおこさせるほど、
> 私にとって感慨深いものでした。

「士は己を知るもののために死す」
美しい思想ですね。
白州正子や小林秀雄あたりから聞こえてきそうな
響きがあり感動しました。
私と同世代に河村さんのような方がおられるのが驚きです。

> ところで、人形をおつくりなのですね。
> お写真を拝見すると、妖しさのただよう素敵な雰囲気ですね。
> 永遠の命に、とても魅力を感じます。
> 僭越とは存じますが、コミュニティを立ちあげて、
> さまざまなアングルからお撮りになった人形の写真展を
> ひらかれたらいかがでしょうか?
> 多くの方々が、喜ばれることと思います。

素敵なアイディァを有難うございます。
時機を待って是非実現したいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
そして時節柄どうかご自愛ください。  アラヤシキ・ツネ 


2006年12月28日(木曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(8)

人形作家アラヤシキ・ツネさまからいただいた
mixiトピックへの書きこみと、メッセージの全文、
また、私の返信もふくめて、そのやりとりのすべてを、
アラヤシキさまの承諾を得て連載することにいたしました。

**********************************************

宛 先 : アラヤシキ・ツネ
日 付 : 2006年12月21日 09時29分
件 名 : おはようございます。

静岡の河村です。
ご丁重なメッセージと、トピックへのコメントと、
あわせてお礼申し上げます。

> 茂木健一郎さんの序文を読んでいると
> 私には、河村さんと茂木さんが
> まるでひとつになったように感じられました。
> それほど迫力のある文章でした。

6000字にも及ぶ茂木先生の序文は、
思わず「士は己を知るもののために死す」
という言葉を思いおこさせるほど、
私にとって感慨深いものでした。

> 『蒼天のクオリア』、『冑佛伝説』の大ファン、
>              アラヤシキ・ツネより。     

ありがとうございます。
あたたかい励ましのお言葉に、心から感謝申しあげます。

ところで、人形をおつくりなのですね。
お写真を拝見すると、妖しさのただよう素敵な雰囲気ですね。
永遠の命に、とても魅力を感じます。
僭越とは存じますが、コミュニティを立ちあげて、
さまざまなアングルからお撮りになった人形の写真展を
ひらかれたらいかがでしょうか?
多くの方々が、喜ばれることと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


2006年12月27日(水曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(7)

カテゴリー: - kawamura @ 06時59分22秒

人形作家アラヤシキ・ツネさまからいただいた
mixiトピックへの書きこみと、メッセージの全文、
また、私の返信もふくめて、そのやりとりのすべてを、
アラヤシキさまの承諾を得て連載することにいたしました。

**********************************************

差出人 : アラヤシキ・ツネ

日 付 : 2006年12月20日 23時47分
件 名 : こんばんは

河村隆夫 さま

こんばんは。
『蒼天のクオリア』、『冑佛伝説』ともに
感動的なご本でした。

『蒼天のクオリア』は、
インテリで名家の出の河村さんが
書かれたご本にもかかわらず
私のように、ただの貧乏人の家に生まれた無知な
人間にも伝わる普遍性がありました。

文中で寺久保氏が語られた
「・…たとえ文章が稚拙でも、心が純粋なら、
透明ないい作品が生まれる。心を養うこと、
人間として豊かに成長することが、
もっとも大事なことなんだ。美しい心から
美しい文学が生まれる」
には思わず涙がこぼれました。

素晴らしい本に巡り合えて
感謝したい気持ちでいっぱいです。

茂木健一郎さんの序文を読んでいると
私には、河村さんと茂木さんが
まるでひとつになったように感じられました。
それほど迫力のある文章でした。

『蒼天のクオリア』、『冑佛伝説』を読んで
茂木健一郎さんが河村さんを大事になさる理由が
よく分かりました。

『冑佛伝説』は、
読めば読むほど不思議で奥の深いご本ですので
何度も何度も読ませて頂くつもりです。

こんなことを言うと不謹慎だと叱られそうですが
私は、小さくて力のあるものに惹かれます。
そういう意味においても
冑佛は、ほんとにファンタスティックです。

『蒼天のクオリア』、『冑佛伝説』の大ファン、
             アラヤシキ・ツネより。


2006年12月26日(火曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(6)

カテゴリー: - kawamura @ 21時25分40秒

人形作家アラヤシキ・ツネさまからいただいた
mixiトピックへの書きこみと、メッセージの全文、
また、私の返信もふくめて、そのやりとりのすべてを、
アラヤシキさまの承諾を得て連載することにいたしました。

**********************************************

2006年12月20日
21:14
1: アラヤシキ・ツネ

『蒼天のクオリア』、読ませていただきました。
茂木先生の序文にまず感動しました。

「表現を志し、表現にたずさわる人間の目指すものは、
万人に通じる普遍性であろう・・…普遍性は、必ず、
一人一人の人間の個別の中にある」茂木健一郎

『蒼天のクオリア』は、若き日のインテリ、
河村隆夫さんことかぶとぼとけさんが
科学者や文学者を夢見ながらも、
夢をあきらめ志半ばで帰郷する自伝的青春小説です。
しかし、後年、河村隆夫著『冑佛伝説』において、
憧れてやまなかった
研究者と文学者という青春の夢が結実します。

『冑佛伝説』の序文もやはり、茂木健一郎さんが
お書きになられています。

『蒼天のクオリア』・『冑佛伝説』ともに
感動的な本なので、皆様にお薦めいたします。


2006年12月18日(月曜日)

茂木先生と

カテゴリー: - kawamura @ 11時05分22秒

moblogやわらか脳、茂木健一郎先生サイン会場にて


ビールと再会

カテゴリー: - kawamura @ 09時32分53秒


三か月ぶりのビールとの再会でした。
しかもところは丸の内、
茂木先生トークショウの打ちあげ会の席でした。

9月11日に、癌の疑いを感じてから3か月、
9月29日癌告知、10月18日手術、11月1日転移なしと診断、
そして先週12月12日に傷口完治の最終診察をもって、
すべての治療が終了いたしました。

12月17日、この日をひそかに待ち望んでいたのです。

徳間書店『やわらか脳』刊行記念トークショウ

こんどはお忙しい先生のお気をわずらわせぬように、
コートの襟をたて、マスクをしてこっそりと、
茂木健一郎先生のトークを拝聴していたのです。

トークの後のサイン会でお目にかかると、
「河村さん、かくれんぼでしたね」
茂木先生はどうやら気がついていらっしゃたようでした。

ブログ用にと写真をとらせていただいて、
お礼を申し上げるとそのまま東京駅の新幹線に乗りました。
食前の薬をのんで、駅弁をひろげようとしたところで、
携帯が鳴りました。

茂木先生からのおさそいの電話でした。
「うかがいます!」
二つ返事で飛び出ると、間一髪、
ちょうど列車のドアがしまりました。

丸善の一階について茂木先生御一行とお会いして、
トークショウの打ちあげ会に参加させていただいたのです。

ビールとの再会につきましては、
茂木先生の「クオリア日記」をご覧ください。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/12/post_f966.html

まさにセレンディ・ピティの一夜でした。

(写真撮影は茂木先生)


2006年12月10日(日曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(5)

カテゴリー: - kawamura @ 08時53分59秒


拙著『冑佛伝説』読者感想シリーズの、第5弾です。
大石先生は、私が塾を立ちあげたころに英語の先生としてお願いした方です。
現在は静岡市内で、語学教室を経営していらっしゃいます。
一昨年の年末に、塾の危機的な状況を救ってくださったことは、
すでにブログでご紹介いたしました。

この大石先生の感想は、
私のHPに『冑佛伝説』の序章を掲載していたころの投稿文です。

***********************

ルシアンこと大石 2001/01/23 18:37:48
[No.16]感動しました!

島田進学スクール設立間もない頃の英語講師です。
賀状に記載のURLにアクセスしたところ、
河村先生の熱気が伝わるHPが現れ、
感動と懐かしさが入り混じった心境で一気に読みました。
冑佛の一節は、まるでサスペンスドラマの様で、興奮すら覚えました。


2006年12月9日(土曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(4)

カテゴリー: - kawamura @ 08時43分03秒

拙著『冑佛伝説』読者感想シリーズの、第4弾です。
石松さまの感想は、mixiのレビューに書きこまれたものです。
mixiから転載いたします。

*************************

御林守河村家に伝わる1寸足らずの小さな仏様の伝説に、興味を持ったことにはじまります。
時は戦国時代、その仏様は、戦いに明け暮れする武将が密かに信仰する持仏に、
平和な世の訪れを願い、また家来達の無事や戦いの勝利を念じたものでしょう。

実際、これらの小さな仏様達を、戦いに出る際には頭髪の中や冑(かぶと)に入れて、
戦場に赴いたのです。
著者の生まれた旧家に伝わる仏様と、全く同じ使い方をしていた地域を、
冑仏さまの導きで、糸をたぐりながら尋ね歩く旅とさまざまな出会いは、
深い因縁を感じさせます。

武士と言えば、葉隠れの精神を残した佐賀の武士団のような集団かと、
勝手に解釈していましたが、
この本を読むとき、戦国武将など誉れ高い武将達も、
仏様に対する信仰から冑佛を身に付けて出陣し、
生死の狭間をいく恐怖もあったのかと推測しました。

冑仏を探すという、無から塵を拾うような途方もない、
宇宙の始まりのような混沌の中へ進む著者の情熱をひしひしと感じつつ、
読み終わりました。

西へ東へと冑仏を探す旅路は、まだ続くのでしょうが、
いままで歴史の上に現れてこなかった小さな仏様を探して世に問う仕事は、
完成の域にあります。


2006年12月8日(金曜日)

追憶の父「プロフェッショナル 仕事の流儀」

カテゴリー: - kawamura @ 13時05分28秒

昭和26年初夏の家族写真。
後列左から、母、父、姉。
前列左から、祖父、兄、祖母、祖母に抱かれているのが私。

茂木先生のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」を、妻とふたりで拝見いたしました。

木村秋則さんが、婿入り先でりんご園をはじめ、挫折して6年目に、自殺を決意して登った岩木山で自然農園のヒントをつかみます。
やがて22年後に、全国各地から請われて、農業指導に出かける、という「カリスマりんご農家」に至るまでの物語でした。

父を思いだしました。
昭和20年、父は30歳のとき、上海の十三軍司令部参謀部からの復員と同時に、私の家へ養子に入りました。
農地改革で、予期せぬ農業に就くことになりました。

祖父は教育者で、農業には全く無知でしたから、
また、終戦直後の混乱期でしたから、
近所のひとたちから農業の方法を教えられることはありませんでした。

父が本を片手に独学で農業をしていたのを子供心におぼえています。
農業の本を夜中まで読んでいました。
恐らく、木村さんのような苦労をくり返していたことだろうと思います。
鎌や鍬のふるい方から学んだのだろうと思います。
母もおなじでした。

もちろん父は木村さんのような成功者ではありませんが、
慣れない農業に後半生をかけて、私たち兄弟を育ててくれました。

父は55才で癌を発病し(最初は胃潰瘍と診断されていたのですが、
後から癌と分かりました)、やがて64才で亡くなりました。

木村さんに、生前の父の姿をみるようでした。
本当に、良い番組を、有難うございました。


2006年12月7日(木曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(3)

カテゴリー: - kawamura @ 08時39分23秒

拙著『冑佛伝説』読者感想シリーズの、第3弾です。
この感想は、私のHP掲示板に書きこまれたものです。
掲示板から転載します。

***********************
2006/04/02 21:18:47
[No.47]「冑佛伝説」拝見しました

初めての投稿です、富士の吉田です。
今日、書店で「冑佛伝説」を購入し三度も読んで感動しました。
TVはあまり見ないので、リアルタイムでなく残念ですが、
静岡に越して一年で郷土の伝承、中世/近世の武士にも興味があり、
良い本に出会ったと堪能しました。
河村先生に手紙を出したいので、迷惑でなければ御住所をお教え下さい。
また、機会があればソチラの集まりにも顔を出したいので、
会の例会のスケジュールもお知らせ下さい。
雅彦(富士)

2006/04/04 19:48:34
[No.51]住所

富士の吉田です、あれから二度読み返しました。
先生の住所は巻末でよろしいのでしょうか?
小説などの出版社経由と勘違いしてしまいました。
感想、その他を手紙で送ります、一読いただければ幸いです。
雅彦(富士)


2006年12月3日(日曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』読者感想(2)

カテゴリー: - kawamura @ 11時18分29秒


このメールが送られてきたのは、かなり前のことになります。
ご本人の承諾を得て、私のHPにUPさせていただいたものを、こちらに転載いたします。
『冑佛伝説』の最初の読者感想でした。

*************************

はじめまして、****と申します。
東京在住の30代の学校事務員をしている者で、趣味で歴史上の人物を追っています。
ホームページの「冑佛伝説」を読ませていただきまして、メールを差し上げようと思いました。
本当に、もう、ドキドキしながら読みました。見ず知らずの人間からいきなり妙に濃い(?)メールを受け取ってしまって驚かれるかもしれませんが、これもご縁と思ってどうぞご容赦ください(^^;)

私は毛利元就と厳島で戦って敗れた陶晴賢とその一族、陶氏がとにかく大大大好きで、この1年間に3回、延べ20日以上も山口県へ行って参りました。
山口市のランドマークは瑠璃光寺の五重塔といいまして、周防の守護大名・大内氏の寺として知られています。
でももともと五重塔が属していた大内氏のお寺は香積寺といいまして、瑠璃光寺は別の所にあり、そのときは陶氏のお寺でした。
そちらの瑠璃光寺の由来がとても面白く、感激屋の私はずっと忘れられなかったんです。

瑠璃光寺の開基は陶弘房という武将の奥さんで、足利義満のころの人です。
陶弘房が主君に従って和泉の国で討ち死にしたとき、首は取られてしまったけれど、兜の中にしのばせておいた小さな薬師如来の念持仏を家来が国元へ持ち帰りました。
奥さんは夫の菩提を弔うために瑠璃光寺を作り、本尊をその薬師如来の念持仏(冑佛)にしたとのことでした。
その後いろいろあり、大きな薬師如来を寄進してくれる人も現れたので、参拝者に拝んでもらうにあたっての大きさのバランスから今はそちらがメインの仏さんだそうですが、私にはその小さな兜の中の仏様のことがとても印象的で記憶 に残りました。

私は歴史上の人物で好きな人ができるとその人の追体験をしてみたいと思うのですが、彼をより理解するには、彼が信じた宗教や信仰について知らないとろくに理解できないだろうな、と思っています。
私の好きな中世はまだ神仏への信仰が日常に不可欠な要素でしたから、絶対にそうだと思っているんです。
なので、その冑佛の話を聞いた瞬間、弘房の無念や来世への祈り、奥さんや家来たちの慟哭、亡くなった人の後生の安からんことを願う残された人々の優しい気持ちなどが手に取るように想像でき(たつもりになっちゃうんです、本当に)、涙が出るくらいとても彼らが身近に思えるようになりました。
それからずっと、彼らはみんな兜の中に思い思いの仏像をしのばせて合戦に赴いたのだろうと想像してきました。
小さな仏像はその大きさのわりに、彼らに想いを寄せる際の大きなよすがとなりました。

お寺の方とお話したときは、冑佛についてはとてもさらりと「兜の中に小さな仏さんを入れておくのは珍しくなかったそうですよ」とおっしゃったので、私は「そういうものだったのか、知らなかった。
ひとつ利口になった、よかった、嬉しい」としか思いませんでした。
でも今日調べものをしていたら偶然、本当に偶然に「冑佛伝説」が検索にひっかかりまして、「まだ新しいジャンルなんだ!」とあらためて感動いたしました。

あれはまるでミステリーを読んでいくような感じでした。
ひとつひとつ河村さまが関門を突破するたびに、自分のことのように嬉しく思ってしまいました。
亡きお母様宛のマンモスの博物館の部分では、「そうなのよ!そういう導きって、あるのよ、確かに・・・!」と、涙ぐんでしまいました。

「私は恋に落ちた」のくだりは大好きです。
私も生きている人間相手ではなくそういう体験をしたことが(惚れっぽいので、よく)あります。
その感覚は「恋に落ちる」としか表せません。
まだ冒頭部分のあの言葉で、「ああ!この人は私と同じ魂を持っている・・・!」と(誠に失礼ながら勝手に)同族意識を持ってしまいました。

相手が生きている人間でないと一生の片思いを約束されているようなものですが、でも逆に誰にも恋路を邪魔されずに想い続けることができるのが嬉しく、またその気持ちを抱いている自分までがいじらしく思えたりして、むしろ恋に落ちたその瞬間から、この想いは成就しているようなものなのだと思わずにはいられなくなります。
(・・・なんだか興奮してしまってすみません。)
だからそのときのお気持ち、「ああ、あの感覚だ」と、自分のことのように追体験させていただくことができました。

それと、冑佛には直接関係ないことですが、私は河村様をとてもうらやましいと思ってしまいました。

「一代も途切れることなく、伝承を言いつたえてきた代々の人たちへの、あふれる感謝の気持ちが、数世紀を遡って、やがて御先祖さまにまで達するように思われた。」のくだりです。
ここはあまりにも私が望んでいることに近く、冑佛の件でもラストステップにあたりましたので、いちばん胸に迫りました。

私も自分のご先祖が何をしてきた人かにとても興味があります。
私は三島の出身で、母はもとは榛原町の人間です。
だから金谷は遠い所という感じはしません。

母の実家は飯田という名字で、もとは長野県の飯田に住んでいたという言い伝えがあり、応仁の乱だか武田の滅亡の頃だかわかりませんが、榛原の方へ一族で逃げてきたという話があるんです。
地名を名乗れるくらいの一族だったのなら小さくてもそれなりの国人領主か豪族???と私は期待してしまい、またそうであったなら歴史も調べやすいはず・・・という期待もあったのですが、嫁に出た母はそういうのに興味がなく、本家を継いでいる祖父もそういう話はしてくれません。
古い菩提寺は何度かの火災で過去帳その他を焼失しているようですし、庄屋をやっていた間にお家騒動のようなものもあり、古文書は別の本家(未だに2つの本家があるということは、お家騒動がおさまっていないということかも・・・)にあるという話ですし、うかつに古いものがあるかどうか訊くと、「古いもの=財産=お金」と思われ、財産狙いと周囲から見られるため、祖父にも近づけなくなってしまいました。
少なくとも400年以上同じ所に住み続けている家系なのに、こんな状態です。
ずーっと昔のご先祖さま、ごめんなさい・・・です。

先祖からの伝承というのは、ほんの1代でもそういうものに興味を持てない世代がいると、そこで途絶えてしまって後から掘り起こすことができません。
だから「一代も途切れることなく」というのは本当に素晴らしいことだと思います。
古い家の財産は、物や土地もそうですが、そういうご先祖さまからの伝承その他の継承も同じくらい大切だと思いますので、それを残してくれた代々のご先祖さまに本当に感謝しきれないくらいですよね。
そして河村さまも、それを次代に伝える人になれたというのがまた一段と素晴らしいです。
私が河村さまの子供だったら、とても誇らしく思うと思います。
大きな喜びを与えられたことに大感謝!です。
(私は、自分のすぐ上の2つの世代で、ご先祖につながるものが消えてゆくのか・・・と残念でなりません。ご先祖に申し訳ないです。良いご縁に恵まれた河村さまのことを自分のことのように嬉しいと思えるのも本心ですが、少し妬ましいと思える気持ちも正直あったりして・・・)

なんだか支離滅裂になってきてしまいましたのでこのあたりで失礼いたします。
これからHP上の他のものも読ませていただきますね。
本当に長々と好き放題書いてしまいまして、失礼いたしました。
ちょっと興奮気味で書いてしまいましたので、もしお気を悪くさせることがありましたらお許し下さいませ・・・


2006年12月1日(金曜日)

等号(数学の誤謬)

カテゴリー: - kawamura @ 08時23分01秒

このごろヴィトゲンシュタインを読みかえしていて、
ふたたび、数学が誤っているのかもしれない、という想いにとらわれ、
それはさらに強まってきました。

そのひとつが、「=」、つまり等号のように思います。

茂木健一郎先生の主宰するクオリアMLに、
数年前に投稿した一文を再掲して、
もういちど考えなおしてみようと思っています。

以下、  年  月  日に私がクオリアMLに投稿した記事です。
(日時の記録をいま探しているところです。茂木先生のHPの中にあったはずなのですが・・)

*************************

ところで、A=¬¬A、この式が、どうも昔からピンとこないのですが。
(否定<nagation>の論理記号がパレットの中にないので、¬で代用しました)

というのも、私の乏しい女性経験のなかで、もっとも難解だった言葉が、
「好きじゃないってわけじゃない!」
遠い昔のことですが、電話の向こうの声をききながら、複雑な心境でした。

言葉も数式も、それを話し、あるいは読み、理解するときに時間が経過しますよね。
経過する時間とともに、前の内容は変化しているんじゃないでしょうか。

つまり、Aを一回否定して¬Aとなり、さらに否定したとき、
(A=¬¬A)ではなくて、(AがA’に変化する)が正しいんじゃないでしょうか。

Aの否定も、Aの二重否定も、時空連続体のなかで、Aの影のなかにあるのではないでしょうか。
数学の論理は、どうも t=0の静止空間内での、静止した論理のように感じられてなりません。
いかがでしょうか?

(彼女の t=0 近傍でのゆれる心を知りえなかった悔しさをこめて考えました(笑)。)


2006年11月30日(木曜日)

『冑佛伝説』読者感想(1)

カテゴリー: - kawamura @ 07時33分38秒

以下、mixiの日記から転載いたします。

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>TOSHIさまへ

拙著『冑佛伝説』のご感想をコメントいただき深謝致します。
レビューも拝見致しました。
日記よりもレビューのほうが詳しく書かれているようですので、以下、そちらについて述べさせていただきます。

茂木健一郎先生が書いて下さった序文につきましては、後日UPいたします。

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TOSHIさまの『冑佛伝説』レビューへの感想。
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>蒼天のクオリアを先に読み、この書に至った。

『蒼天のクオリア』は『冑佛伝説』の序章としてまとめたものです。
もとはひとつの作品でしたが、雄山閣編集長の助言で、青春編を抜粋してそれに書きたし、冑佛(かぶとぼとけ)に出会うまでの青春自伝小説としたのです。
ですから、『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』の順に読まれたのは、ちょうど物語の筋にそっているといえます。

>まさに、著者河村氏が戦国武将の魂と語り合ってたどり着いた結果である。感動の一言がふさわしい。

冑佛を調べていくうちに、それが武将の私秘的な信仰の対象であると知って、戦場に向かう彼らのふるえる魂をかいま見たように思います。

>氏はご自分が幸運であったと断定するが、それはまさに、セレンディピティの結果であって、努力や執念ともいうべきもの抜きでは語れない。

茂木先生のおっしゃるセレンディピティを、この物語の始まりから終わりまで、私は何度も体験致しました。 さらに、ひとつのことに専心したとき、あたらしい次元へ到達できることも知りました。

>ひとが自分の天命を悟り、それに集中したときにこうも美しい生き方にたどり着くのかということを改めて感じさせていただいた。不勉強で日本史の知識抜きに読んだことが非常に悔やまれる。

「天命」という言葉を、まさにあのころ感じていました。見えぬ手に引き寄せられていくように、なにかの力がはたらいていたことは確かです。
私はいわゆる心霊現象などには否定的ですが、『冑佛伝説』に書かれたことは事実私の身に起きたことで、異様な体験であったというほかありません。
なにものかにとりつかれたかのような恐怖を感じて、じっさい御祓いを頼もうとしたほどでした。

それは我が家に伝わる冑佛を懐いて、一心不乱に異空間を駈け抜けたとでもいうような、不思議な日々でした。

>著者に心から感謝したい。

こちらこそ、拙著をお読みいただき、心から感謝申しあげます。


2006年11月18日(土曜日)

茂木先生『やわらか脳』(「クオリア日記」)

カテゴリー: - kawamura @ 11時59分30秒

茂木先生の「クオリア日記」より転載しました。
(私はさっそく購入しました)

やわらか脳』ー茂木健一郎 「クオリア日記」
クオリア日記が本になりました。
2004年、2005年のクオリア日記から、
テーマ別に編集、加筆をしました。

『やわらか脳』ー茂木健一郎「クオリア日記」ー徳間書店

アマゾン


2006年11月1日(水曜日)

癌からの帰還

カテゴリー: - kawamura @ 19時15分52秒

あれは平成16年の晩秋のことです。

茂木先生の主宰するクオリアMLの忘年会に参加を希望して、その日を楽しみに暮らしておりました。
突然のトラブルが生じたのは、11月のことだったと思います。
仕事上の危機的な状況を乗りこえるために、極度の緊張感の中で眠れぬ夜を過ごし、胃の痛む日々を送りました。
もちろん、忘年会はあきらめました。

何とかそれを乗り越えた翌平成17年の1月に、腹部に違和感を憶えて市民病院に行き、
胃カメラで検査をしたところ、食道と胃の接合部分に、小さな腫瘍がみつかりました。

さらに3月上旬に再検査して、組織をとって調べることになりました。
その日、腫瘍の先端から出血がみられ、医師がその異常さにおどろいて、二・三度胃カメラを飲まされた記憶があります。
組織をとったあと、担当医はモニター画面をみながら私に説明してくれました。
「私ならすぐに腫瘍を切りとります。しかし、組織の検査結果を見てからにしましょう。3月2○日に来てください」
私が
「悪性腫瘍の可能性があるということですか?」
と訊くと、医師はうなずきました。

帰宅してインターネットで調べてみると(興味がおありの方は検索してみてください)、
ほかの癌と較べて、食道癌の術後生存率は極端に低いのです。

血の気がひくのがわかりました。
ほとんど死を覚悟しました。
(私は癌になったのだ。しかも生存率の極めてひくい食道癌に)
さらに癌に関するサイトを見ていると、さかんにセカンドオピニオンの必要性を説いているのです。
私はさっそく、静岡がんセンターに連絡をとり、再検査をうけることにいたしました。

やがて市民病院から検査結果を告げられる、3月2○日がまいりました。
「良性腫瘍でした」
安堵はしたものの、静岡がんセンターでの検査はすでに申し込んでありましたので、
平成17年4月上旬に胃カメラの検査に行き、はじめて小野先生に出会ったのです。

その検査結果は5月にでました。
「やはり良性です」

これで、天下晴れて癌の疑いは消滅しました。
ただ、身体のけだるさと、ほんの時折くる微熱とをくりかえしてはいましたが、気にもとめませんでした。

それからおよそ一年半が経ちました。

今年の健康診断は平成18年9月11日と決まりました。
市民病院で胃カメラをのんだあと、モニターのまえに呼ばれて腫瘍の映像を見せられました。
「昨年より大きくなっていますね。どの病院で切除しますか?」
とっさに私は
「静岡がんセンターにしようと思います」
と答えました。
帰宅してからもう一度市民病院の医師に訊きました。
「癌の可能性はあるのでしょうか?」
「昨年二回調べて良性だったのですから、おそらく大丈夫でしょう」
とのお答えでした。

静岡がんセンターに連絡すると、検査は9月20日ということになり、
その日小野先生に組織をとっていただいて、結果は9月29日に知らされるということになりました。

私は良性であることを信じ切っておりました。
人間は弱いもので「昨年二回調べて良性だったのですから、おそらく大丈夫でしょう」という言葉を信じたかったのです。
しかし、信じこもうとしても、癌の不安は心の底で蛇のようにうごめいていました。

9月29日は、不安をふりきるようにすこし気軽な気持ちを装って、夫婦そろって検査結果をお聞きすると、
「癌でした。手術しましょう」
ということになりました。
手術は10月18日と決まりました。

手術の日までの3週間、目に映る景色はすべて新鮮で美しく、せまり来る死を覚悟して暮らしました。
家族で小旅行もしました。別れの旅行のつもりでした。

私は27歳のときに父を癌で亡くし、その後父方の親族のほとんどすべてを癌で失っているのです。
私もついにその日が来たのだと天を仰ぎました。
(おそらく昨年の腫瘍は癌だったのだ。そして食道癌の生存率は極度に低い。もう私は長くはないのだ)
そんなふうに、死の黒い影が私をつつむのを感じました。

そうして10月18日を迎えました。
その日私は、幸運なことに、神の手をもつ小野医師に手術していただいたのです。
手術後の痛みはほとんどなく、奇跡的な速度で快復したのです。

「切除した腫瘍を薄く切って検査します。どこまで癌細胞が浸潤しているかで、
 再手術を要するかどうかが決まります。再手術は大がかりなことになるでしょう」

その後の経過はブログに書きましたので、皆さまご承知のところです。

その結果を今日聞いてまいりました。
冑佛(かぶとぼとけ)と「FRISK」(茂木先生にいただいたもの)、
それから大学時代の先輩、関守氏の手紙とを持って、
再手術を覚悟しながら夫婦そろって検査結果を聞きました。

「ポリープが癌化するのは1%ほどのたいへんめずらしいケースです。
 あなたの場合はポリープの先端部分で癌が止まっていますので、転移の心配はありません。
 癌細胞は完全に切除しました。あとは12月12日に傷口を調べて診察は終了です」

以上が、癌克服の経緯です。
皆様にはたいへんご心配をおかけしまして、まことに申し訳ございませんでした。
あと1ヶ月もすれば、がんがんお酒を飲めるようになるはずです。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


2006年10月28日(土曜日)

朝に道をきかば夕べに死すとも可なり

カテゴリー: - kawamura @ 07時47分25秒

茂木健一郎先生の「クオリア日記」(2006/10/27)に、このように書かれています。

 先日手術をされた、河村隆夫さんが会場に
 いらして、びっくり。
「朝のクオリア日記を読んで、どうしても話を聞きたくなりまして」
 と河村さん。
 お元気そうな姿に、本当に安心して、
 飛び上がるほどうれしかった。

医師からは安静にするように言われていたのです。
そして妻も身体をやすめたほうが好いと私をひきとめましたが、
理化学研究所主催の科学講演会に行ってまいりました。

なぜって、ノーベル賞受賞者野依良治理事長のご挨拶のあと、
茂木健一郎博士の講演があったからです。

演題は「心を持ったコンピュータは実現可能か?」
これを聞かずして生きている意味はありません。
「朝に道をきかば夕べに死すとも可なり」と心に決めて、
丸ビルに向かいました。

講演の直前に会場の席に着き、パンフレットをひろげていると、
眼の前に茂木先生が立っていました。

「外へ」とさそわれて、会場のエントランスで挨拶をかわしました。
「お身体はいかがですか?」
「医師からは安静にするように言われているのですが、
 この講演はぜひお聞きしたかったものですから」

癌の部位や浸潤の検査結果を11月1日に知らされることなどをおはなしして、
会場に戻りました。

科学講演会が始まり、ノーベル賞受賞者野依良治理事長が挨拶と茂木先生のご紹介をされて、
いよいよ先生のご講演です。

いつものようにすこし早口の、立て板に水というような軽快な語り口でした。
おそらく最前列に居並ぶ来賓の方々、白髪のお歴々は、
つまり象牙の塔の中での椅子とりゲームに夢中になっていらっしゃる方々は、
テーマのあまりの斬新さに腰を抜かしたのではないでしょうか。

「open endedness」「contingency」「utility」「anomalies」「Ellsberg’s Paradox」
などなど、とてもエキサイティングなお話しでした。

現今の脳研究は、過去のアルファベット対応のような、
表象と脳細胞の一意対応を研究する次元から、
個人差のある不確定な領域へ足を踏みいれていることなど、
そして人間にとっては、
「行動すること自体が喜びである」ということ、
つまりは最初のペンギンになる勇気を見出す世界観を私たちは持つべきであり、
そのような姿勢によってのみ心脳問題への道はひらけるだろう、というお話しでした。

講演のあと茂木先生にお誘いいただき、丸ビル1階の喫茶店で、
毎日新聞社論説委員の青野由利様、電通の佐々木様と雑談を交わしました。
もとより私はもっぱら聞き役でしたが、その話のさなかに、
私がはじめて茂木先生にお会いするきっかけになった『脳とクオリア』、
小林秀雄賞授賞式にお招きいただいたときの『脳と仮想』、
この2冊にサインをしていただくことができました。

先生は東京駅での別れ際に、
「11月1日の結果が良いといいですね」
と笑顔で励ましてくださいました。

癌摘出後の腹部の痛みを微塵も感じることなく、
「朝に道をきかば夕べに死すとも可なり」の一日でした。


2006年10月15日(日曜日)

水曜日に、手術します。

カテゴリー: - kawamura @ 07時26分03秒

いよいよ、18日水曜日に手術です。

これまで、eコミの皆さまには大変お世話になりました。
再開の時期は未定ですが、しばらくブログをお休みにさせていただきたく存じます。

また、脳科学者の茂木健一郎先生から、
拙著『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』の序文をいただきましたことは、
この上ない幸せなことでした。
茂木先生には、心から感謝申しあげます。

もしも生還できましたら、
皆さまに、いままでとかわらぬ御厚誼を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

必ず、帰ります。


2006年10月7日(土曜日)

速報!『冑佛伝説』Amazon9,259位

カテゴリー: - kawamura @ 07時48分29秒

『冑佛伝説』ランキングを追加報告いたします。

 年 月 日  時  分
061023 18:34 Amazon.co.jp ランキング: 本で 15,566位
061024  5:50 Amazon.co.jp ランキング: 本で 45,330位
061025  8:56 Amazon.co.jp ランキング: 本で 86,698位
061030 19:45 Amazon.co.jp ランキング: 本で 9,259位
061209  5:22 Amazon.co.jp ランキング: 本で 19,437位

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(以下2006年10月7日の記事です)

昨夜、なにげなくAmazonの『冑佛伝説』のページをひらいてみました。

なんと、「Amazon.co.jp ランキング: 本で236,125位」と、しっかりランキングされていたのです。

いままでもたまにのぞくことはありましたが、ずっと、「ランキング:なし」だったのです。
つまり、Amazonランキングの1,000,000番以下でした。

なかには100万番以下でもランキングされている作品もありますが、
それはほとんど「ランキング:なし」と同じようなものです。

これまで『蒼天のクオリア』ばかりにかまけて『冑佛伝説』のことは目もくれなかったのに、
なんということでしょう。
(ちなみに、『蒼天のクオリア』ランキングは、
 10月7日10:27現在
 「Amazon.co.jp ランキング: 本で6,899位」に戻しました)

かんがえてみれば、『冑佛伝説』をかきあげるのには、
研究をはじめた平成五年の秋から、およそ13年の歳月を要しました。

冑佛(かぶとぼとけ)が私のまえに姿をあらわすシーンを、
拙著『蒼天のクオリア』から引用してみましょう。

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 そのとき、冑佛があらわれたのである。

 疲れはてた沢村のまえに、突然天上の彼方から透明な光の手がさしのべられ、
 ゆっくりとひらかれた光のてのひらのなかに、冑佛が微笑んでいたのだ。
 それは、家を守る、と時代錯誤の一念に身を投じた彼を憐れんで、
 御先祖様がさずけてくれたご褒美のようだった。

 冑佛。それは戦場で、御先祖様が兜の中に入れて戦った仏さま。
 静岡県金谷町の沢村家に伝わるこの伝承が、すべての出来事の発端だった。
 冑佛と言い伝えられてきたちいさな仏像が、やがて目醒めて、
 戦国武将の秘められた内面を語りはじめるとは、まだ誰も知らなかった。
 
 ふだんの冑佛は、仏壇の御本尊の大きな厨子の中に脇仏として祀られ、
 高さ七センチほどの厨子の中に納められていた。
 像高僅か二センチ、ちいさな宝冠をいただき、智拳印を結んだ大日如来である。

 幸運なことに、冑佛はまったく未研究の分野だった。
 その当時、冑佛は誰にも注目されず、お互いの存在を知ることもなく、
 全国各地の神社仏閣の奥深くに眠っていたのである。
 まれに伝承がのこされていたにせよ、それは地方の一都市か、
 あるいはそれよりすこし広い地域で知られていたにすぎなかったし、
 たとえ知っていたとしても、それはひとにぎりの文化財関係者や博物館の学芸員にかぎられていた。
 県の教育委員会や県立博物館になるとほとんど知るものはなく、
 国立博物館や大学関係者では皆無だった。
 つまり、冑佛についての系統的な研究がなされていなかったのである。

 調査をはじめた沢村の身のまわりに、
 冑佛と沢村家の歴史にまつわる不可思議な現象がたてつづけにおきた。
 やがて、全国各地に点在し、ひとしれず眠っていた十数体の冑佛が、
 歴史の闇の底から浮かびあがってきた。

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今日からは、『冑佛伝説』のランキングもしっかりとチェックするつもりです。


2006年9月30日(土曜日)

ウワサの「FRISK」

カテゴリー: - kawamura @ 22時29分56秒

茂木先生からいただいた、噂の「FRISK」です。


2006年9月25日(月曜日)

「FRISK」と茂木先生

カテゴリー: - kawamura @ 09時31分12秒

mixiで茂木健一郎先生の講演予定をみて、すぐに東京へ行きました。
自宅を出て講演会場の席に着くまで約2時間半でした。
こっそり、ひそかに行って、講演終了後に突然サインをもとめようと思って、
カバンのなかには『脳とクオリア』をしのばせていました。

ところが、さっそく受付で電通の佐々木さんにみつかってしまいました。

席に着くと、早稲田の先生が真正粘菌の振動のお話をしていました。
(妻に粘菌の話をすると、「どうして茂木先生の前に、年金の話をするんでしょう」と思ったようです。(笑)
 妻も千葉大を出て教員を数年勤めた女性です。妻の名誉のために申し添えておきます。(笑))

そのあとの質疑応答で、

「2個あるいは3個の粘菌振動についての知見は得られたのでしょうけれども、
 粘菌全体としてどうなのかがいまは問われているのです。
 むしろきれいな曲線にのらなかった方のデータにどのような意味があるのかに、
 私個人としては興味をひかれる」

といった意見がだされました。
そのあと休憩がすこしありましたので、私はうしろの方の席にすわって、
講演直前の茂木先生のご迷惑にならないように、気配を消して本を読んでいました。

そのとき、私のまえに手がのびて「FRISK」がおかれました。
ふと顔をあげると、茂木先生です。
あのもじゃもじゃ頭の茂木先生です。(笑)
あわてて立ちあがろうとしたとき、テーブルの脚に左足が引っかかって、
横ざまにひっくり返るところでしたが、すんでのところで持ちこたえて、先生にご挨拶すると、
「おみやげです」と「FRISK」を指さされました。

思わず「本をもってまいりました」と申しあげると、
「あとで」といって立ち去られました。

あ〜、びっくりした。(笑)
おそらく佐々木さんが、私が来ていることを先生に告げられたのでしょう。

みると机のうえに、未開封のままの「FRISK」がおかれています。
どうしてこれを私に下さったのでしょう。
おちゃめな方です。
それともCMのように、ちかごろ少々ボケがはいりはじめた私に、
「頭をハッキリしなさい」と云うことなのでしょうか。(笑)

先生のご講演は「認知科学におけるやさしい問題と難しい問題」と題されるもので、
それこそさきほどの粘菌振動のような限られた個々の事象を研究する従来の科学的手法によって一面的に解明されるやさしい問題と、
「意識」や「クオリア」についてのような、パラダイムの変換を求められる難しい問題との違いについてお話しになりました。

たとえば脳のなかでは同時並行していくつもの脳内電流がニューラルネットのなかを流れるわけですが、
そのひとつの流れを解析することは従来の手法でできたとしても、
脳の各所で並行して流れるイオン電流のすべてをメタな視点から認知するとはどのようなことかを、
これまでの科学的手法で解明するのはきわめて難しいと云うことです。

今回のお話しでとても新鮮だったのは、「難しい問題」へのアプローチのし方について、このように述べられたことです。
とても興味深いお話しです。

「23世紀の科学の教科書には、21世紀初頭の脳科学の状況は、現在の私たちが科学の発生初期における錬金術師たちの姿をみるように描かれるだろう。
 「意識」の問題はそれほど難しいものだが、私たちがそれに立ちむかう手法のひとつとして、次の方法が最善の道であろうと私は思っている。
 つまり、それはダーウィンの進化論のように、やさしい問題をできるだけ広汎に研究して、その成果を概観したところに、
 「自然選択説」のような新しい視点を見出せるのではないだろうか。
 みなさんにお伝えしたいのは、
 『統計的描像を超えた世界観を構築することが、そのまま意識の解明につながる』
 ということである」

エキサイティングな講演でした。
質疑は東大や東工大の先生が主でしたが、そのなかで、
「統計的に捉えることのできないカオス現象がみつかっている」
というものや
「難しい問題は物理主義では解けないと思っていらっしゃるのでしょうか」
と問われて、茂木先生はこのように答えられました。

「難しい問題は従来の物理主義では解明できないだろうと思います。
 それはパラダイム変換後の物理主義によってはじめて明らかになるだろうと云うことです」

あ〜、久しぶりに楽しい時間でした。ほんの数時間まえには、熊の出現で大騒ぎの田舎にいたとは思えない、
時空を超えたような感覚でした。(笑)

5時から版画家の高橋シュウ氏と待ちあわせていましたので、サインをいただくこともできずに、
茂木先生へのご挨拶もそこそこに会場をあとにしました。
もちろん「FRISK」をしっかりと握りしめていたことは言うまでもありません。

(茂木先生、「FRISK」有難うございました。もしもこの記事をお読みでしたら、間違いなどご指摘下さい。
 カメラが壊れて「FRISK」の写真がとれません。また後日UPします)


2006年9月24日(日曜日)

テレ朝・午後2時・茂木先生!!

カテゴリー: - kawamura @ 10時17分53秒

我らが茂木健一郎先生が、
今日の午後2時から3時25分まで、テレ朝に出演します!

(本日)驚異の脳内物質SP
2006年9月24日(日) 14:00〜15:25
「驚異の脳内物質SP」
テレビ朝日系列


2006年9月21日(木曜日)

いい話

カテゴリー: - kawamura @ 22時49分03秒

今日も『こころの処方箋』(河合隼雄著)から引用します。

「何人かの人が漁船で海釣りに出かけ、夢中になっているうちに、みるみる夕闇が迫り暗くなってしまった。
 あわてて帰りかけたが潮の流れが変わったのか混乱してしまって、方角がわからなくなり、
 そのうち暗闇になってしまい、都合の悪いことに月も出ない。
 必死しなって灯(たいまつだったか?)をかかげて方角を知ろうとするが見当がつかない。

 そのうち、一同のなかの智慧のある人が、灯を消せと言う、
 不思議に思いつつ気迫におされて消してしまうと、あたりは真の闇である。

 しかし、目がだんだんとなれてくると、まったくの闇と思っていたのに、
 遠くの方に浜の町の明りのために、そちらの方が、ぼうーと明るく見えてきた。
 そこで帰るべき方角がわかり無事に帰ってきた、というのである」

クオリアへ到る道も、このような逆転の発想によって見えてくるのかもしれません。


2006年9月18日(月曜日)

ミクシィ

カテゴリー: - kawamura @ 08時03分27秒

ミクシィが上場されて騒がれています。

茂木健一郎先生のご紹介で、私がミクシィに参加したのはおととしの6月17日のことで、
そのころはまだはしりでしたから会員はほんの僅かだったように記憶しています。
数万人より少なかったのかもしれません。
文章を書くのがなによりも楽しみな私にとって、毎日日記を書くことのできる「ミクシィ日記欄」を提供されたのは、渡りに船でした。

当時『蒼天のクオリア』を世に出そうとしていたころのことで、
その序文をこころよく書いて下さった茂木先生へのお礼をするために東京駅でお会いしたことが、
先生の「クオリア日記」に記されています。

「クオリア日記」から引用してみましょう。

***********************
2004.4.4.

 珍しく、起こったことを淡々と書こうと思う。

 土曜ではあるが、お仕事である。
 朝10時、丸の内ビルディングのカンファレンス
ルームへ。
 (財)社会経済生産性本部主催で、
 一橋大学の野中郁次郎さんがオーガナイザーの
「日本型独創経営を考える会」
で話をさせていただくために出かけたのである。

 野中さんと言えば、御著書の「知識創造企業」
が日本ではもちろんアメリカでも高く評価されて
いて、
 お噂はかねがね聞いていたので、お会いするのが
とても楽しみだった。

 1時間しゃべり、1時間質疑応答ということで、
いつもより少なめの40枚くらいのパワポを
容易していたのだけども、
 なぜか、20枚くらいで1時間が経過し、
前頭葉の統合機能を喋っていたところで
1時間30分となり、残りはあとの
お楽しみ〜となってしまった。残念。

 参加者は日本を代表する企業の管理職の
方々で、質問もご自身の体験に基づかれた
するどーいものが多く、
 たいへん面白かった。
 
 昼食をとりながら、と下のイタリアンに移った
のだけれども、
 野中先生というのはなかなか洒脱な方で、
「クオリアなんだからワインがないという法は
ないだろう」
と、シャンパンと白、赤ワインが堂々登場、
野中さんや、同じ一橋の大薗さんなど、並み居る
出席者はクオリアな議論を続けたのであった。
 野中先生は、春風のような柔らかい方で、
となりの大薗さんも春風を受けてとても
楽しそうであった。

 そこから歩いてすぐの東京ステーションホテルで、
河村隆夫さんとお会いする。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nazoden/

 河村さんは、静岡県金谷町の旧家の当主で、
「兜仏」の研究で知られる。
 私はクオリアの会でお知り合いになったのだけども、
 最近河村さんが自伝的御著書をお出しになるこ
とになり、
 その序文のようなものを書かせていただいたので、
その件について一つコーヒーでも飲みながら
お話しましょう、ということになったのである。

 河村さんの娘さんが東京の大学に入学
されるというので、その記念すべき日でもあった。

 河村さんはかの地の名士なので、
なんとか総代とか、世話役とか、いろいろ
やらされて大変のようであった。
 そういうことを書いてみたら面白いんじゃ
ないですか、と言ったら、
 いや、そうしたら、地元の人たちとの
関係が壊れますから、
 表現者というのは、そういう人間関係を
壊してまで表現するものなのでしょうが、
私はそこまではやる気がない、
 と言われたのだった。
 
 「赤目四十八滝心中未遂」 の車谷長吉さんは、
すべてを書いてしまったわけですけど・・・。

 新幹線に乗るべく、自動改札を入っていく
河村さんの「もこっ」とした背中を見送りながら、
私は「坊ちゃん」の赤シャツ問題のことを
考えていた。

*************************

茂木先生にご紹介していただいてミクシィに参加したのは、そのあとのことでした。

ミクシィで知りあえたのは静大の小二田先生、森町の石川さまなど、実際にお会いしている方々も数人いらっしゃいます。
Archaicさまやnomadさまは、これも茂木先生が主宰する「クオリアML」のオフ会でお会いしていましたから、ミクシィへ参加したときすぐにマイミクしていただきました。

いまはeコミに日記を書いていますので、ミクシィの日記欄からeコミへリンクするようにしています。
インターネットをはじめてすでに10年以上、「クオリアML」はその当時からですので約10年、ミクシィは2年半、eコミは1年少々たちましたが、そのなかでたくさんの大切な方々とお知りあいになれました。

ミクシィにお誘い下さった茂木先生に感謝いたします。


2006年9月14日(木曜日)

ロータリー奨学生

カテゴリー: - kawamura @ 09時20分50秒

島田ロータリークラブの奨学生としてパリへ留学していた大学生のお話が、とても印象的でした。
私も三十年ほどまえの大学生活を思いおこしながら、なつかしくその女性の話に聞き入ってしまいました。

ソルボンヌだったと思いますが、その女性は仏文学を学んできたようで、
三十分ほどの報告講演が終わったあとに、ほんのすこしだけその女性と立ち話をすると、
私にもなじみのある小説家の名前を聞くことができました。

私たちの学生生活も、朝八時半から講義がはじまり、昼食を三十分はさんで、
夜は十時ごろまで実験とレポートの作成におわれ、予復習は深夜にまで及んでいたものでしたが、
その女性のお話を聞いて、今も昔もかわらぬものだという安心感がありました。

ひとつのことを集中して学べるのは学生時代しかありません。
普遍はひとつの特殊のなかにある、この言葉は茂木先生の序文のなかに書かれています。
ひとつのことを深く学べば、そこに内在する真理はフラクタルのように、万事に通じるのです。


2006年9月9日(土曜日)

クオリアML

カテゴリー: - kawamura @ 06時36分58秒

それは茂木健一郎先生が主宰するものでしたが、数年前に「qualiaML」というメーリングリストがあって、
私もさかんに投稿していた一時期があります。
いまクリストフ・コッホの『意識の探求』を読むと、第1章に書かれていることはすべてqualiaMLですでに討論済みのことで、
MLの白熱した議論がいかに先進的なものであったか、いまにして思いしらされているところです。

ノーベル賞受賞者フランシス・クリックが『意識の探求』の序文をしたためていて、
その本文の内容もほとんど共著といってもよいものであると、クリック自らも序文で、またコッホも本論のなかで述べています。
すなわち、クリック、コッホといった世界的研究者に先立つこと十年以上前に、
茂木健一郎先生は『脳とクオリア』を世に問い、クオリア研究の旗を高くかかげて、
qualiaMLに気鋭の研究者をあつめて知恵をしぼっていたことは、
その先進性において世界にも誇るべきことであったのだと、不覚にもはじめてしりました。

それほどクリックとコッホの『意識の探求』の第1章はqualiaMLの参加者からしてみると、陳腐な感じすらします。
とはいえ、デネットの主張をやんわりと否定しているところには共感いたしましたし、
なんといっても上下2巻、全20章の、まだ第1章ですから、これからがたのしみです。

『意識の探求』の読後感につきましては後日ご報告いたします。


2006年9月3日(日曜日)

クオリア

カテゴリー: - kawamura @ 09時41分04秒

それは表現することのできないものですから、あえて語ろうとすると、正確に言えばそれは嘘になります。
それでもひとはそれを言い表すしかないから、すこしずつ嘘をつみかさねながら日々を生きているのです。
しかもいちど言葉にしてしまうと、それを聞いた相手の心に、あるいは自分のこころにも、あるはっきりした色水玉のようなクオリアを生みます。
クオリアはあきらかに主観的な体験なのに、それを言葉にすると、あたらしい別のクオリアとなって他者のこころに伝播し、やがて押しかえすその波は自分のこころをも波だたせます。
クオリアは物質ではないように思えますから(これはまだはっきりとはわかっていません)科学の手法でそれをとらえることはできないように思います。
でも太古から脈々とつづくこの生命のふしぎが、ワトソン、クリックによって、ある日見事に解き明かされたことを思うと、意識を生むクオリアの謎も、ひとりの天才によってあざやかに解明される日がくるのかもしれません。

ということで、『意識の探求』(クリストフ・コッホ)を読みはじめました。
序文は、フランシス・クリックが書いています。


2006年8月12日(土曜日)

茂木健一郎先生序文『冑佛伝説』書評

カテゴリー: - kawamura @ 12時16分53秒

「甲冑武具研究」153号に、拙著『冑佛伝説』の書評が掲載されています。
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また目次にも、「新刊紹介 『冑佛伝説』」と記されていて、
35ページの下段に、西岡文夫常務理事の書評が掲載されているのです。

「甲冑武具研究」は(社)日本甲冑武具研究保存会の季刊誌で、
会員はもとより、全国の博物館や美術館、また大学などの研究機関へも配布されています。

(社)日本甲冑武具研究保存会は文化庁が直接所管する社団のひとつで、
日本国内の甲冑武具の研究保存とその鑑定をする国内唯一の団体です。

写真を拡大するとご覧になれますように、
海部俊樹元首相を名誉会長として、会長には文化庁長官賞受賞者の藤本鞍斎氏を戴いています。

また、本研究の当初から、常務理事の三浦公法氏にはひとかたならぬご指導を賜りましたことは、
拙著に詳述されているところです。

私の名は、評議員の段の真ん中よりやや左に記されています。
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さて、編集者西岡文夫常務理事の許可を得ましたので、書評の全文を転載いたします。

「新刊紹介 『冑佛伝説』
 
 本会評議員の河村隆夫氏が表題の著書を出版された。
 河村家は静岡県金谷の旧家で、藤原秀郷の流れをくむ波多野氏の末裔であるという。
 現当主の河村隆夫氏は、同家に冑佛として伝わる小さな仏像に魅かれ、冑佛の研究に取り組んでこられた。
 その成果を「冑佛考」として本誌第105、113、114、135号に発表されている。
 本書はそれらと一部重なるが、堅苦しい研究書としてではなくエッセイ風に書かれたもので、読みやすい好著である。
 
 冑佛についてはその存在を否定する研究者もあり、研究対象としては難しいものであるが、本書はあえてそれを追及している河村氏の情熱がよく伝わってくる。
 研究に取り組んでからの不思議な縁、さまざまな人と出会い、助言や批判を受けた様子などが赤裸々に記されており、各地を訪ねて冑佛を探求する過程はことに興味深く、引き込まれる。
 また私小説風に書かれた、氏の冑佛研究の序章ともいえる前著『蒼天のクオリア』も併せて一読をお勧めする。」

書評中の「冑佛についてはその存在を否定する研究者もあり」という件りが、私の冑佛研究の真骨頂でした。
と言いますのは、実は公表されていない真実があるのです。
その、高名な研究者と私との死闘は、甲冑会上層部のほんの一握りの方々しか知りえない出来事でした。

私の冑佛研究は、
我が家につたわる「御先祖様が兜のなかに入れて戦った仏さま」というひとつの伝説に端を発して、
甲冑師三浦公法氏にみちびかれ、やがて伝説の扉をあけると、
私のまえに、戦国武将の精神世界を象徴する小仏たちの住む未知の世界がひろがっていた、というところからはじまります。
その体験談を、藤本鞍斎会長に推挙されて、私は「冑佛考」と題して研究誌に発表しました。

やがてNHKの朝のニュース「おはよう日本」に、冑佛が初登場し、大きな反響をよびました。

その秋のことです。

これから先に起きたことは『冑佛伝説』には書かれておりません。
私は『冑佛伝説』を発表するとき、赤裸々に描いたその出来事の顛末を、自ら削除いたしました。
拙著をお読みになった方々は、読後になにかもの足りない感じがしたのかもしれません。
物語の終わり方になにか竜頭蛇尾の感がぬぐえないのは、つまりそのような理由からなのです。
でも、「甲冑武具研究」の読者の方々は、うすうす気づいていらっしゃる方も多かろうと思います。

その高名な研究者と私の一騎打ちを、皆さまはご覧になりたいと思われますか?
そしてその結末をお知りになりたいでしょうか?
いかがですか?


2006年8月2日(水曜日)

茂木健一郎先生序文『蒼天のクオリア』

カテゴリー: - kawamura @ 08時26分35秒

拙著『蒼天のクオリア』への書評として、
「入手極めて困難な名著です!」と、Amazonのユーズド商品のサイトに書かれています。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/offer-listing/-/478389597X/used/ref=sdp_used_b/249-2157088-9769113

これは著名な脳科学者茂木健一郎先生が、一昨年の3月に、
私の青春自伝小説のために2000字にも及ぶ序文を書いて下さったことへの評価であろうと思います。

茂木健一郎先生のお名前は、
NHK総合「プロフェッショナル 仕事の流儀」(毎週木曜22:00〜22:44)、
日テレ「世界一受けたい授業」での「アハ!体験」、
BS日テレ「ニューロンの回廊」などなど、
どなたも一度はTV画面でご覧になったことがあるのではないでしょうか。
また、御著書『脳と仮想』で「第四回小林秀雄賞」を受賞された著名な作家であることは、言うまでもありません。
このように多方面でご活躍の茂木先生は、純粋な脳科学者ですが、
先生の先駆的なクオリア研究とその才能が時代の潮流に受けいれられたのでしょう。
さらに天馬空を行くが如きご活躍を期待しています。

また、この本を装丁してくれたのが、銅版画家の友人高橋シュウ氏でした。
彼は新潮文庫のカミュの表紙なども手がけていて、
ポーランドのクラコウ国立美術館や日本の国立国際美術館などにも作品が所蔵されています。
高橋は、大学時代からの、三十年来の友人です。

左 銅版画家高橋シュウ氏 中 茂木健一郎先生 右 私
(2006年5月1日、於東京芸術大学、茂木先生の授業受講後の写真

                          

ふたりとも友人として、この本の出版にこころよく協力して下さいました。

Amazonでは拙著『蒼天のクオリア』が5000円で売られ、しかも「ロープライス」と表示されている理由は、
以上のようなふたりの畏友のおかげでしょう。

私は、少年期から科学に傾倒し、北大時代には理学部で学びながら文学にものめり込んで、
青春を燃焼し尽くしました。
その追想が、札幌の雪の記憶とともに、齢五十になって舞い戻ってきたのです。

この本の帯に書かれた茂木先生の文章が、拙著の内容のすべてを物語っています。

「一種異様な感銘をうけた・・・
 北の大地に学び、静岡の美しい自然の中で晴耕雨読の生活をし、
 やがて冑佛(かぶとぼとけ)に出会った河村さんのきわめてユニークな人生の中に宿る普遍性を、
 私は信じたい。          茂木健一郎」

第百回直木賞受賞作家藤堂志津子のことや、芥川賞になんどもノミネートされながら、
ついに自殺した佐藤泰志のことなど、さまざまな青春群像を描きました。
夏のお暇な折りにでも、お読みいただければ幸いに存じます。
島田市内の方は、駅前の「BOOKS ZEN」にてお求め下さい。

最後に、脳科学者茂木健一郎先生の序文の一部を抜粋させていただきます。

************************

(茂木健一郎先生による『蒼天のクオリア』序文の一部)

 表現を志し、表現にたずさわる人間の目指すものは、万人に通じる普遍性で
あろう。普遍性は、グローバリズムに踊る現代人が時に勘違いするように、ど
こかそのあたりにふわふわと漂っているのではない。普遍性は、必ず、一人一
人の人間の個別の人生の中にある。ロンドンを一人さまよい、ガラスに映った
貧相な黄色い顔に驚いた漱石のきわめて個人的な生活体験の中にこそ、後に近
代日本文学の金字塔になった普遍性の萌芽があった。
 個別と普遍の交錯する領域には、もっとも創造的な表現の可能性が秘められ
ているのである。
 北の大地に学び、静岡の美しい自然の中で晴耕雨読の生活をし、やがて兜仏
に出会った河村さんのきわめてユニークな人生の中に宿る普遍性を、私は信じ
たい。本書の中には、河村さんが出会ったこの不可思議な世界の実相が必ずや
映し出されているはずである。

*************************

拙著『蒼天のクオリア』をお求めの方は下記URL、
または「BOOKS ZEN」(0547−33−0002)へ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/offer-listing/-/478389597X/used/ref=sdp_used_b/249-2157088-9769113


2006年7月27日(木曜日)

今日は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 08時12分20秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第21回

変える勇気 変えない勇気

〜料理人・徳岡邦夫〜

日本を代表する料亭「吉兆」。
46歳の若さで京都・嵐山本店の厨房(ちゅうぼう)を指揮する料理長・徳岡邦夫。
1200年を誇る京料理の伝統をベースにしながらも、現代風にアレンジされた料理を作る。
徳岡の技は、国内外の料理人たちから注目を集めている。

かつて吉兆のような高級料亭は、会社経営者、文化人、政治家などの常連客がほとんだだった。
徳岡は時代遅れだと、イメージの払拭(ふっしょく)に力を入れた。
一見さんを受け入れ、吉兆ならではの最高の料理ともてなしを手抜きすることなく出した。
改革と伝統を重ねあわせながら、徳岡は店を変えていった。

現在、懐石コースは5万円ほどにもかかわらず、予約が取れないほどの人気である。
徳岡には究極の目標がある。
「自分の料理で客を泣かせたい」。徳岡邦夫の料理道の神髄に迫る。

NHK総合
2006年7月27日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年7月25日(火曜日)

御林守河村家住宅の写真

カテゴリー: - kawamura @ 06時28分44秒

茂木健一郎先生来訪

岡田浩暉さん来訪

文化財「御林守河村家住宅」の写真はSBS「ふるさとの風景」にくわしく紹介されています。


2006年7月18日(火曜日)

福岡国際会議場

カテゴリー: - kawamura @ 11時00分59秒

(このブログの内容は、茂木健一郎先生の「クオリア日記」にも書かれています。写真は後刻UPします)

二日間ブログをお休みしたのは、一昨日の早朝に静岡を発って、福岡に行っていたからです。

私にとって九州の地を踏むのははじめてのことでした。
掛川の駅で、11:37福岡着の旨を茂木先生にメールして、
それから福岡に着くまでのあいだ、のぞみの車窓をながれるいくつもの都市の光景は、
ほとんど同じで、ただその背景の山や海のたたずまいがかわるだけでした。

福岡駅に降り立ってもそれはかわらず、会議場へむかうタクシーの運転手さんに、
福岡は戦争で焼けましたか、とききますと、焼け野原だった、ということでした。
結局、戦後の大都市は様相を同じにして、むしろ空襲の標的にならなかった小都市だけがむかしの面影をのこすことになったようです。

さて、福岡国際会議場につきました。
指示されていた通り、到着したことを茂木先生にメールして、
入場手続きをすませ、三階の会場にむかいました。
三階に着くと茂木先生からの電話で、
どこにいますか、ときかれ、三階です、と答えるとまもなくエスカレータを駆け上がってこられました。
茂木先生が、ついてきてください、とおっしゃるのでそのまま先生のあとをついてゆくと、
「staff room」と書かれた部屋に通されました。

そこは講演をする先生方の控え室で、
私の右隣には自治医科大学の加藤教授、
左隣は茂木先生、
そのとなりが哲学者の河本先生、
正面は学会長等々・・・

そうそうたる方々にとりまかれているところで、
茂木先生が「歴史研究家の河村さんです」とご紹介してくださいました。
緊張で、出された食事が喉を通りませんでしたから、
むりやり飲みこむようにしていただきました。
名産のお菓子はでるわ、お土産に萩焼を下さるわで、一介の聴講者にすぎない私なのに、
まるで講演者のようなおもてなしをうけました。
もちろん、ちゃっかりと萩焼のお茶碗もいただきました(笑)。

休憩時間には、茂木先生のサインを求める長蛇の列ができていましたが、
講演の時間になって、八割がたのひとたちはサインをあきらめて会場へもどりました。

いよいよ茂木先生の「脳と創造性」と題する講演です。
格調高い御講演で、先生の天衣無縫な語り口に引きこまれるように、会場は息をのむように聞き入っていました。
意識の発生にかかわる広汎なお話しで、とても興味深く、あたらしい知見も得られました。

先生の講演のあとは、茂木先生、哲学者の河本英夫氏、自治医科大学の加藤敏氏の
三人での鼎談がはじまり、知の先端領域における研究成果などもまじえたスリリングな内容でした。

国際会議場から茂木先生のタクシーに同乗させていただいて、つぎの会場に移動しました。

こぢんまりとした一室に、私は飛び入りの客として参加しました。
ここでも茂木先生に「歴史研究家の河村さんです」と紹介していただき、恐縮しました。

九州大学の先生方との会合は、
特別なプロジェクトの立ちあげにかかわることですから内容はお話しできません。
やがて仕事の話がすんで、酒もまわり、さまざまな会話を楽しみました。
中州でラーメンを食べたい、と私が申しましたので、
そのあと夜更けまでみなさんと中州の夜風にふかれて屋台のラーメンを食べ、
やがて散会いたしました。

茂木先生は翌日(17日)も愛知県での御講演をひかえていましたのに、
このスケジュールではお身体のことが気になります。
これだけタイトなお仕事を矢継ぎ早にこなされ、
しかもいくつもの原稿を書きつづけている先生の、
天馬空を行く才能には、ただただ驚嘆するばかりです。

それから、講演控え室で、つたない私の質問に誠実にお答えしてくださった加藤教授、
また深夜までお付き合いくださった九州大学の先生方にこころから感謝申しあげます。
坂口教授、田村教授、藤枝教授、デザイナーの平松さまご夫妻、
プロジェクト研究員の清水さま、
中州でのほんとうに楽しい夜をありがとうございました。


2006年7月11日(火曜日)

茂木先生序文『蒼天のクオリア』

カテゴリー: - kawamura @ 07時14分06秒

私の青春自伝小説『蒼天のクオリア』に、
著名な脳科学者茂木健一郎先生が序文を書いてくださいました。

それはスペースをふくめば2000字にも及ぶ長文で、
宮本武蔵、夏目漱石などの偉人にまで言及しているもので、
序文というよりむしろ、作家茂木健一郎先生の知られざる文学論とも言うべき、
初期の記念碑的名文です。

入手極めて困難な名著」と、
拙著『蒼天のクオリア』がアマゾンで評価されていることは先日もご紹介いたしましたが、
それは拙著への褒詞というより、前述したように、
2000字にも及ぶ茂木先生の序文によせられた賛辞であろうと思います。

『蒼天のクオリア』はもう市場にはほとんど流通しておりませんので、
その巻頭に輝く茂木先生の序文を、ほんの一部抜粋させていただきます。

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茂木健一郎先生による『蒼天のクオリア』序文の一部抜粋

 表現を志し、表現にたずさわる人間の目指すものは、万人に通じる普遍性で
あろう。普遍性は、グローバリズムに踊る現代人が時に勘違いするように、ど
こかそのあたりにふわふわと漂っているのではない。普遍性は、必ず、一人一
人の人間の個別の人生の中にある。ロンドンを一人さまよい、ガラスに映った
貧相な黄色い顔に驚いた漱石のきわめて個人的な生活体験の中にこそ、後に近
代日本文学の金字塔になった普遍性の萌芽があった。
 個別と普遍の交錯する領域には、もっとも創造的な表現の可能性が秘められ
ているのである。
 北の大地に学び、静岡の美しい自然の中で晴耕雨読の生活をし、やがて兜仏
に出会った河村さんのきわめてユニークな人生の中に宿る普遍性を、私は信じ
たい。本書の中には、河村さんが出会ったこの不可思議な世界の実相が必ずや
映し出されているはずである。

*************************

拙著『蒼天のクオリア』をお求めの方はこちらへ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/offer-listing/-/478389597X/used/ref=sdp_used_b/249-2157088-9769113


2006年7月9日(日曜日)

「入手極めて困難な名著」

カテゴリー: - kawamura @ 06時54分47秒


「入手極めて困難な名著」とは、
私が一昨年書いた『蒼天のクオリア』への、アマゾンHP上での評価です。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/offer-listing/-/478389597X/used/ref=sdp_used_b/249-2157088-9769113

どうしてそうなったのかは分からないけれど、アマゾンにそう書いてあることはたしかです。
それをコピーしましょう。
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ユーズド商品

蒼天のクオリア
河村 隆夫 (著)

価格   コンディション
¥5,000  良い

コメント:
入手極めて困難な名著です!
少しのカバーイタミ・ページヤケなどありますが、中も全体もかなりキレイです!

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ふしぎに思ったので、静岡新聞社出版局の梶さんに訊いてみました。

「これは何なんでしょう?」
「ほう、5000円とは高く評価されましたね」
「どうしてこんなことになるのですか」
「ネットで注文すると、在庫切れとか、入手できないとか、よく言われるんですよ。
 それで需要に応じて、古本に、ネット上で値がつくんですね」
「5000円とはどうしてでしょう?」
「ふつうユーズド価格は1500円とか2000円とかはよく見ますけどね、
 5000円とはえらく高い評価をうけましたね。
 アマゾンっていえばネット本の最大手ですから、需要が多いんでしょう。
 そこに書いてあるように、
 『入手極めて困難な名著』だと、市場が高く評価したということですよ、
 うれしいじゃありませんか」
「でも、私の手もとにはまだすこし本が残っているんですけど」
「それは市場ではわかりませんからね」
「そうか」
「とくにネット市場は全国相手ですから、
 800円の新品はもう手に入らないということですよ」

なんだかふしぎなことになりました。
悪い気はしないけれど、というよりとてもうれしく、くすぐられる気分だけれど、
それよりも、手もとにわずかに残った『蒼天のクオリア』を、どうしたものでしょうか?

どなたかいいアイデアがあれば、教えていただけませんか?


2006年7月8日(土曜日)

サムライ!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 06時00分40秒

最後は体力、
と世界的自動車デザイナー奥山清行は言いました。

才能なんてものは、あってあたりまえ、
努力なんてものは、してあたりまえなのです。

極限の才能をもつ者たちが、究極の努力の果てに、
ゴールラインで頭ひとつ出すためには、
最後の一瞬に強靱な体力がものをいうというのです。

学生のころ、恩師に言われました。

やさしい女性のような文章を書く作家に実際に会ってみると、
おどろくように頑丈な体格をした、鬼のような男だったよ、と。

ものを書くにせよ、デザインするにせよ、
魂をはげしく燃やしつくすほどの消耗に、日々耐えつづけねばなりません。
頑強な肉体こそがそれを支えるというのです。

世界的なトップデザイナーの眼は、剣の達人の眼をしていました。
つばぜり合いのなかで、
一瞬のすきをついて相手の喉もとに剣尖を突き出す、
サムライの眼。

デザイナー学校を主席で卒業した、美しいものに憧れる若く純粋な眼が、
すさまじい現実と衝突して、迷い、苦悩の色をおびたとき、
もう大丈夫、と奥山は言いました。
おそらくそれは、
彼がトップデザイナーとしてのスタートラインに立ったことを意味しているのでしょう。

深い苦悩の迷宮に迷い、純粋な美が一度否定されて、
ついにその否定の爐灰をくぐり抜けたときに、はじめて、
真実の美が、すっくりとその者の前に立つのだと言いたげです。

私も、あの燃えるようなサムライの眼をもう一度とりもどしたい、とつよく思いました。


2006年7月5日(水曜日)

『冑佛圖録』

カテゴリー: - kawamura @ 08時00分15秒

『冑佛圖録』を早くまとめたらどうか、というありがたいお電話をいただきました。

でも、それにはカメラの腕を上げなければなりませんし、
先方と交渉してスケジュールの調整をし、
当方も塾の仕事に影響しないように、日を選びながらすすめなければなりません。

冑佛の写真はすこしずつあつまってはいるのですが、
なにせ2?〜5?ほどの極小仏像ですから、
写真だけでなく、それにかかわる微細な情報も記録しておきたいと思います。
そのへんの研究手法を、静大の本多先生にご教示いただこうと思っています。

冑佛が記録に残るのは、これが最初で最後でしょうから、
私のカメラにでき得るかぎりその細部を写しておきたいのです。

後世に冑佛の研究者があらわれたとき、
最初の冑佛研究者として恥ずかしくないものを残しておきたいと思っています。


2006年7月4日(火曜日)

人間!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 09時01分16秒

活躍する人たちはみな、人間として豊かな球体のように感じます。
つまり、かたよりがなく、ゆがみがなく、自然体で、みな語り口はやさしい。
あたりまえのことだけれども、どれほどシャープな仕事をするひとでも、
おだやかで、ふかい思いやりを感じます。

彼らは、そのゆたかな球体としての自分をどのようにまとめてゆくのか、
ということが、それぞれの仕事術なのだろうと感じました。

シャボン玉が世界をうつすように、そして力のバランスをうしなえば
それは壊れて消えるように、あざやかに宙を舞う彼らの球体を、
いかにして維持し成長させうるのかというのが、
それぞれの独特な仕事術となってあらわれるのでしょう。

さりげなく、やわらかな笑顔にみちた彼らの表情こそが、
すなわち彼らの魅力ある人間性こそが、その核心であろうと思いました。

才能あるゆたかな人格を、多くの人々とつなぐ仕事術、
「プロフェッショナル」はいつも刺激的です。


2006年7月3日(月曜日)

『冑佛伝説(かぶとぼとけでんせつ)』

カテゴリー: - kawamura @ 08時38分19秒


たのんだわけでもないのに、そしてありがたいことに、
きのう(7/2)の静岡新聞9面に『冑佛伝説』の記事がのっていました。
(ご興味がおありの方は、ぜひ駅前の「BOOKS ZEN」でご覧ください)

さっそく出版局の梶さんにお礼の電話をすることにします。

また、いまをときめく脳科学者の茂木健一郎先生が『冑佛伝説』の序文を書いてくださったことは、
私にとってこのうえもない幸運でした。
戦国武将は一族の信仰とはべつに、
個人的な信仰にささえられていたとする私の説を推してくださったのです。

前作の自伝小説『蒼天のクオリア』の序文も、茂木先生が書いてくださいました。
身にあまるほどのお言葉をいただいて、こころから感謝しております。

去年の六月六日に我が家を訪ねてくださったときのように、
今年もまた茂木先生が拙宅へお見えになるのを心からたのしみにしています。

そのときはみなさんとご一緒にお出迎えしたいと思いますが、いかがですか?


2006年6月1日(木曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 09時02分57秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第17回

勝つことより大事なことがある
〜教師・大瀧雅良〜

目前に迫ったサッカー・ワールドカップ。

日本代表23人のうち、小野、川口、田中誠の3人を輩出した
静岡県清水商業高校サッカー部。

その監督を30年以上続ける大瀧雅良(54歳)は、
名だたる選手を生み出した名伯楽として、
その世界では知らぬものはない存在だ。
その指導方法は厳しい。
気の抜いたプレーをすれば、容赦なくしかりつける。
校則違反を行えば、たとえ中心選手でも、チームから外す。
商業科の教師でもある大瀧が目指すのは「子供を大人にすること」。
中学時代にエリートだった選手たちに自分の殻を脱ぎ捨てさせ、
常に自分で考えて判断することを、教え込む。

「自分に厳しく 他人にも厳しく」「勝つことよりも大事なことがある」
その根底には大瀧の確固とした流儀がある。
それは「教師の仕事は、教えることではない、考えさせること」。

かつて熱血教師として赴任した当初、
大瀧は「教える」ことに夢中になるあまり、
紅白戦すらできない状態へと部員を激減させた苦い体験があっ た。

新入生を育てながら闘うインターハイに向けての練習に密着。
子供たちと教師たちの真剣勝負の姿に、
一流のプロの指導術を見る。

NHK総合
2006年6月1日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


救い主「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 05時16分49秒

満開の藤棚、
満面の笑みをうかべる塚本こなみ

あれは藤の花がふさをつけたのではなく、
眠っていた彼女の才能、
かくれていた彼女の情熱が、
ふいに藤の花にすがたを変えて
咲きほこって見せたのです。

そして、彼女こそ老木の救い主。

藤のように救われたい、
と、彼女をまつ老木たちが、
全国には数知れずいるのでしょう。

私の家の「玉の木」もそのひとつです。

「玉の木」を代表とする我が家の老木たちが、
樹木医塚本こなみさんを
声なき声をあげて手まねいています。

死にたくない、と彼らが言うのです。

茂木先生、
もしこの文をお読みでしたら、
ぜひ、塚本こなみさんにお話ししていただけないものでしょうか。
屋敷木に成りかわりましてお願い申し上げます。


2006年5月26日(金曜日)

複素平面

カテゴリー: - kawamura @ 11時04分59秒

クオリア日記に留数定理や複素平面の話があって、
なつかしさを感じました。

そこで思いだしたのは、
恩師岡不二太郎教授の、
最後の旅のお供をして川根の翠紅苑に泊まった夜、
「君は虚数をどう思うかね?」
と訊かれたときのことです。

私はそのとき、
「数学のなかでの整合性がある
 ということにすぎないように思います」
と、おもわず浮薄な答えをしたように記憶しています。
いまはそれを悔しく思います。

先生はその一ヶ月後に亡くなるのですが、
いまにしておもえば、
旅行のあいだほとんどなにも召し上がらず、
ジュースなどをすこしお飲みになる程度でしたのに、
その夜ばかりは、
奥さまがご用意されていた流動食をすっかり飲みほされました。

それにおどろかれた奥さまが、
札幌のご長男に、
先生と私のまえでお電話していたのを思いだします。

ご葬儀のときにそれを知らされたのですが、
先生のその旅は、
先生ご自身も、ご家族の方々も覚悟の旅で、
私だけにはそれを知らせず、
最後の旅のお供に私をえらんで下さったということでした。

そのとき本当は、
虚数についてこんなふうに考えていました。

実数がすべて目にみえるように、
虚数も目にみえるものだろうということです。

というのは、
世界を認識する脳は、
外界の信号を数学的に処理しているようですから、
あるいは言い方を変えれば、
私たちが世界を認識するスタイルを数学と名づけたのでしょうから、
自然数や無理数に対応するものが目にみえるように、
おそらくは、虚数に対応するものも感覚できる形で、
この世に存在しているのだろうと思います。

岡不二太郎先生御夫妻との、
川根翠紅苑での夜を、なつかしく思います。


2006年5月20日(土曜日)

超時空「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 23時15分26秒

異次元から、
ゆっくりと姿をあらわしはじめる、平等院鳳凰堂。
闇のなかに、はるかな時空から翼をひろげて舞いおりる怪鳥のように。

美をもとめる者にとって、必見のシーンです。

視覚の魔術師、
ライティングデザイナー内原智史。

創造にたずさわる者のみが知る、
苦悩の果てにふいにおとずれる神の一瞬。

この眼で見てみたい、と切に思います。

ちかごろ目にしたどの絵よりどの音楽よりも、
すさまじい衝撃をうけました。

金閣寺を音楽にたとえた三島がこれを見たら、
どう表現したのでしょう。

闇にうかぶのは、
波紋の反映する歴史的建造物ではなく、
それはまさに
クオリアの塊のようでした。

それはあやしい惑乱のむこうにほの見える、
生命の姿。


2006年5月18日(木曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 14時11分43秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第15回

光よ、深きものを照らせ
〜ライティングデザイナー・内原智史〜

表参道ヒルズ、羽田空港第二ターミナルなど、話題のスポットを次々と手がける、
ライティングデザイナー、内原智史(47歳)。

都会の建築物のライトアップのみならず、
金閣寺、銀閣寺、平等院など歴史的建造物のライティングや、
地方都市での「光による町おこし」まで、人の心に届くあかりを生み出す内原の手法は、
海外からも高い評価を受けている。

内原のデザインの信念は
「建物をただキレイに照らすのではなく、その場の本質を光で引き出す」こと。
ライトアップを依頼されても、これ以上の光は必要ないと判断すれば、
ときに「照らさないデザイン」もする。
照らす対象の本質を見極めるために、現場に何度も行き、とことん考え抜く。

東京と島根の「光のデザイン」の現場に密着。
「ものの本質」を見抜こうと挑むヒットクリエイターの仕事術に迫る。

NHK総合
2006年5月18日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年5月15日(月曜日)

モーツァルトの日

カテゴリー: - kawamura @ 12時01分53秒

日曜の朝8時に家を出発して
静岡駅で「ふじかわ3号」に乗りかえ
身延線で山梨へむかいました。

富士川の景色が、しだいに川底におおきな巖を見せはじめて、
標高が上がってきたことをうかがわせます。

ひさしぶりの好い日でした。

おだやかな陽ざしをうけて、
窓際の席で、
本を読んだりうとうとしながら、
やがて甲府駅につきました。
駅ビルで食事をすませて、
山梨県立博物館にむかいました。


どうしても拝見したいものが2点あったのです。
それに、前日には藤本会長をはじめとする
(社)日本甲冑武具研究保存会のみなさまが見学なさったものですから、
その後塵を拝したということでもあります。

ひとつは、常任理事の三浦公法先生御制作の
「武田信玄奉納 六十二間筋兜」(寒川神社蔵)を、
どうしてもこの眼で拝見したかったのです。

というのも、この兜は、私にとってたいへん大きな意味があるからです。
その意味は『冑佛伝説』をお読みになった方にはお分かりのことと思います。
『冑佛伝説』の9ページに、その兜があらわれます。
博物館の薄闇にライトをあびて浮かびあがっている「六十二間筋兜」が、
まさにそれでした。

ふたつめは、常務理事の西岡文夫先生御制作の
「小桜韋威鎧 兜・大袖付」と題された
いわゆる武田信玄の「楯無鎧(たてなしよろい)」を拝見することです。

じつに2年の制作期間を要した大作で、
その製作工程のようすが展示場の中で放映されていました。
大量の小札(こざね)を作るところから完成までの全工程を、
ご夫婦でお力をあわせて制作される姿に、
胸をうたれました。

千年の時をこえて、
そこに「楯無鎧」がひかりをあびていました。

まさに至福の時ではありました。

博物館からバスで30分ほどかけて甲府駅につき、
「スーパーあずさ22号」に乗って、新宿へ向かいました。

新宿紀伊国屋の5階で講演のチケットを買おうとしましたら、
「予約券は売り切れですから当日券をお求め下さい。
 当日券は20枚ですが、もう並んでいますよ」
といわれ、まだ開演まで2時間もあるのにと思いながら、
4階ホール前の受付のまえに並びながら本を読んでいました。

「あっ、河村さん」と声がして、顔をあげると、
茂木先生がいらっしゃいました。
「先日はどうもお世話になりました」
「今日はこのあとお帰りになりますか?」
おなかの心配がありましたので、
「どうしようかかんがえているところです」
とお答えすると、先生はお付きの方とちょっとお話しして
「それではまたあとで」
と、ホールのほうへあるいて行かれました。

山梨県博のパンフレットに目を通していると、
突然女性が目のまえにあらわれて
「茂木先生から河村さんにということです、どうぞ」
と、チケットを渡して下さいました。

たくさんの方が当日券を求めて並んでいる中で、
ちょっと優越感、ちょっと申し訳なさを感じました。
すぐに、夕食を食べ、下痢止めの薬を飲んで、会場へむかうとちゅうで、
ひらめきました!

「御招待」とスタンプが押されたチケットを写真におさめておこう、
と思いついたのです。
さっそく書店の隅でフラッシュを焚いて写しました。

会場にむかうと数十人が当日券をもとめて並んでいました。

やがて開演時刻が近づくと、
「満員御礼」の札がでて、
係員に「当日券は20枚しかございません。まことに申し訳ございません」
といわれて多くの人たちがあきらめて帰っていきました。

会場はすでに満員でした。
私の席は、Jの6番、ちょうどまん中の招待席でした。

茂木先生のトークは、ものすごくおもしろくて、
うねるような抑揚があり、軽快な語り、おそろしげな恐山の声、
ふかい人生の悲しみ、会場を笑いの渦に巻き込むような人生のよろこびが、
それこそワーグナーのように押しよせてくるのです。

講演が終わって帰る人たちが、
「おもしろかった!」と、口々に語りながら生き生きとしている姿をみると、
これこそが茂木先生の望んでいることなのかもしれない、と思いました。

脳科学者として
「相互作用同時性」をはじめとするいくつもの理論を提唱され、
「クオリア」をキイ・ワードとして、
心脳問題の難問に立ちむかう茂木健一郎先生が、
その才能を時代にもてはやされているのを拝見するのは、
私のような一介の凡夫から見ると
とてもよろこばしいことです。

つくづく、モーツァルトのようだなあ、と思います。
電車の隅にスクワット座りをして
ピアノの代わりに、パソコンのキーを猛烈にたたく姿は、
まさに現代のモーツァルトを思わせます。

先生自らも才能を楽しみ、
我々一般人もその才能をじゅうぶんに満喫できるというのは、
双方にとってしあわせなことで、
このしあわせな時間がなるべく長くつづくように、
まずはお身体にじゅうぶんご留意していただき、
ますます才能を満開にさせていただきたいと思います。

帰り際に、電通の佐々木さま、
翻訳家の山下篤子さま(大学の同窓生でもあります)にお会いして、
茂木先生からお誘いのあった打ちあげ会に参加しようと思ったのですが、
おなかのことも考えて、最終の新幹線で帰ることにいたしました。

茂木先生、
貴重なチケットをどのようにご用意していただいたのでしょうか。
ほんとうに有り難うございました。
この五月の良き日を、モーツァルトの日、と命名し、
ながく記憶にとどめたいと思います。
(「茂木健一郎の モーツァルト・モード」(EMI)を聴きながら書いています)


2006年5月11日(木曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 14時12分31秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第14回

修羅場でこそ笑ってみせる
〜テストドライバー・加藤博義〜

名車として名高いスカイラインGTRやフェアレディZなど、
数多くの車の開発に携わり、世界にもその名をとどろかせる、
日産のテストドライバー、加藤博義(48歳)。
全国のテストドライバーの中でただ一人「現代の名工」に認定された。
機器で計れない振動の計測も、この男の五感が頼り。
3本の指の先でハンドルをつかみ、微妙な走りの違いを察知する。
加藤の言葉は、社内では「神の声」と呼ばれる。
加藤が納得しなれば、試作車は世に出ない。
新車開発という厚いベールに包まれた現場に、
テレビ取材として初めて潜入。
「日本一の繊細な感覚」の秘密、
そして後輩たちにその技をどう伝えていくのか、
加藤の仕事に密着する。

NHK総合
2006年5月11日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年5月7日(日曜日)

世界にはある秘められた「真実」があり

カテゴリー: - kawamura @ 08時52分22秒

May07.2006「クオリア日記」へ

ー 世界にはある秘められた「真実」があり ー
へのコメント

5月の3日4日の二日間で、
私も『ダ・ヴィンチ・コード』を読みました。
クオリアが現代の聖杯であるというお考えに、同感します。

神のパズルがひそんでいる、
というキリスト教的世界観は私にはなじみませんが、
科学的世界観の背後に、
意識を生みだす脳神経ネットワークパズルがひそんでいて、
それを解くと、
科学的世界観をささえている既成概念は
音をたてて崩れていくように感じます。
そして、その後にあたらしい価値観が立ちあがるように思います。

しかし私はそれよりも、
神秘の扉をひらく鍵となるクオリアは、
あらたな宗教の核となるように思うのです。

おそらくは、永遠に解き得ぬクオリアの神秘は、
そのまま意識の神秘であり、
宇宙の神秘と同義のように思います。

既存の宗教が色あせてきたいま、
もしも解き得ぬなら、
クオリアの旗をたかく掲げた、あらたな宗教観の創成を期待します。


2006年5月2日(火曜日)

芸大受講後の写真(5/1)

カテゴリー: - kawamura @ 14時36分40秒

左から、高橋シュウ氏(銅版画家)、茂木健一郎氏(脳科学者)、私。右の写真中央は、荒川修作氏(建築家)。

4月30日の昼食は、
魚角で教え子のN.K君に厳しいご助言をいただき、
傷心のまま横浜へ向かいました。

大手電力会社勤務のN.K君は、
中学一年から現在まで、最初は生徒として、
その後は、結婚式の祝辞などもさせていただきましたが、
社長表彰を受けるなど活躍しています。
ちかごろは、ネットショップをひらいて大成功しているようです。
そのようすを、近々ブログでご紹介しようと思います。

夕方には
横浜で学生時代の友人望月桂君にあって、
おたがいに、まあまあの健康状態を確認しあい、
仕事や家族の話などをしているころには
へこんでいた元気を取りもどしました。

望月君は横浜市立大学の教授をしていて、
大学の現状などを聞かせてくれました。

夜もふけて酔いもまわったころ、
リタイヤしたら学生時代のようにふたりで遊びまわろう、
静岡の夜の街を絨毯爆撃しよう、
という話でもりあがりました。

5月1日は、高橋シュウ君と上野で待ち合わせて、
お昼を食べたあと、芸大にむかいました。
高橋も学生時代の友達で、
銅版画家として活躍していますが、
くわしいことは拙著をお読みくだされば幸いです。

その高橋と待ちあわせるのは
いつも上野駅の公園口なのです。
上野駅、というとなんだか東北から上京した人たちの
郷愁のひびきがありますが、
実際には国立博物館や美術館、科学館などがあって、
とても文化の香りがたかく薫る緑ゆたかな地区なのです。

その広々とした公園のなかを通りぬけて、
芸大に着きました。

しばらく大浦食堂でまっていると、茂木健一郎先生があらわれて、
高橋といっしょに研究室に案内していただきました。
なまこを飼っている学生を紹介されたり、
(芸大でなぜなまこなんだ〜〜)
布施英利氏を紹介されたりしているうちに、
かの著名な荒川修作氏に紹介していただきました。
(最初はどれほどの方なのか存じあげませんでした)

茂木先生が、
「河村さんは戦国武将が兜のなかにいれていた小さな仏像、
 かぶとぼとけの研究をされています」
と荒川氏に紹介してくださいました。

「きみは、タマキコウシロウをしっているかね」
「いえ、ぞんじません」
「玉城さんが宗教について研究しているよ」
というような有難いお言葉をいくつかきていたような、
舞いあがってしまっていて、
そんなことをお話しになっていたようなきがします、
としか申しあげられません。

やがて、荒川修作氏の討論会が始まりました。
とてもおもしろいお話しで、
最初は奇妙な感じがしますが、
よく聞いていると仏教でいう「円成実」についてのように思いました。

授業が終わったあと、打ちあげの飲み会がありました。
茂木先生と高橋シュウと私の、三人ならんで写真を撮りました。

その場で、荒川先生に私の著作二冊をさし上げました。
名刺を求められましたが、私は名刺を持ち歩かないので、
たいへん失礼をいたしました。

とちゅうで、高橋と退席させていただきました。
おじさん二人が、若い人たちのなかにいて、
ご迷惑ではいけないと思ってのことでした。
ほんとうは、
ずうっと徹夜してもかまわないつもりでいましたが、
それはまたの機会に先生からお許しがでたら、
ぜひともおうかがいしたいと思います。

茂木先生、次回には、
メールでお誘いがありました「プロフェッショナル」のときに
お伺いしたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。

有り難うございました。


2006年5月1日(月曜日)

060501

カテゴリー: - kawamura @ 18時36分53秒

moblog高橋シュウ氏


060501

カテゴリー: - kawamura @ 18時24分11秒

moblog藤高さま


060501

カテゴリー: - kawamura @ 18時21分15秒

moblog東京芸術大学にて。
茂木先生のスナップ。
三人の写真は明日投稿します。


2006年4月30日(日曜日)

決断!「プロフェッショナル」(2)

電話のむこうから、なつかしい声がきこえてきました。
S.Oさんの声でした。

S.Oさんは、
私が学習塾を立ちあげたばかりのころ、
英語を担当してくださった方でした。
温厚で、たいへん優秀な年上の紳士で、
1年ほど英語講師として手伝ってくださったあと、
静岡市内で英会話教室を開校され、
その後も何度かお会いしたことがありました。

結婚したばかりのころ、
私は家内にこんなふうにいったそうです。

「私の身にもしも何かあったときには、S.Oさんに相談しなさい」

それほど信頼していた方でした。
そのS.Oさんから、
窮状を訴えたメールの、お返事をいただいたのです。

「大変でしょうから、ご助力しますよ」

天の声でした。
さっそく翌日の英語を担当してくださることになりました。
ベテランの先生でしたから、安心してお任せしました。

その授業が終わったあと、私が、
「先生、ご相談があります。
 このまま、つぎの先生が決まるまでお願いできませんでしょうか」
とお願いすると、眼鏡のむこうのやさしげな目が、
一瞬唖然としたようすでしたが、すぐにもとの微笑みにかわって、
「今日1日と思って来ましたが、わかりました。
 河村さんもお困りでしょうから」

その一言で救われたのです。
英会話教室の経営でおいそがしいのに、
窮鳥を見捨てるわけにはいかない、
という義心で助けてくださったのです。
そのとき、
人との出会いこそが人生のすべてである、
と痛感しました。

私も、S.Oさんほど見事な決断はできませんが、
誠心誠意人のために生きていきたいと胸に沁みた一瞬でした。

S.Oさん、ご恩は終生忘れません。


2006年4月29日(土曜日)

決断!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 10時29分37秒

秋山咲恵さんのような一流人ではないけれど、
私のようにささやかなレベルでも、
立ちはだかる障壁を乗りこえて決断する責任を
たえず感じながら生きています。

ちいさな学習塾を立ちあげてから27年になりますので、
さまざまなことがありましたが、
記憶のあたらしいところでは、
一昨年の出来事も印象深いもののひとつでした。

塾は講師の先生方の質によって、すべてが決まります。
現在のようにすぐれた先生方にめぐまれていればよいのですが、
まれにそうでないこともあります。
苦渋の決断をせまられることもあるのです。
それらはすべて採用した私の責任であることは承知しています。

一昨年の秋のできごとは、なかなかのものでした。
ある先生の去就について覚悟の決断を下したけれど、
そのとき、翌日の先生が決まっていなかったのです。
生徒たちは、3ヶ月後に高校入試をひかえていました。

ことを知って、
決断を下したその瞬間から、
あらゆる可能性をめまぐるしく考えるのです。
その夜は、眠れないのではなく、眠るひまなどないのです。
過去の履歴書に目を通し、可能性のありそうな先生をさがし、
あるいは講師を紹介してくれそうな方を
記憶のなかから思いうかべるのです。
そのような極限状況になると知っても、決断を下さねばならないこともあるのです。

まず明日の先生を決めること、
そして明後日の先生を決めること、
そしてなにより高度な教育技術をもった先生を、
一日もはやく安定的に採用すること、
それが入試を目前にひかえた生徒や保護者にたいする私の責任です。

明日、明後日の授業は、
なんとか別の教科の先生にお願いしてしのぐことにしました。

その先が決まらないのです。
もちろんその内情は生徒には知らせません。
ただでさえ期末試験を間近にひかえ、
3ヶ月後の入試に不安をかんじている生徒たちに、
私の不手際で迷惑をかけることはできないのです。

一日もはやくすぐれた先生を見つけなければなりません。

途方にくれていたそのとき、
事務所の電話が鳴りました。

(つづきはまたあした)


2006年4月27日(木曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 08時57分27秒

プロフェッショナル 仕事の流儀 第13回

夫と会社はこう育てる
〜経営者・秋山咲恵〜

携帯電話やパソコンに組み込まれている電子基板の検査機器の独自開発・販売で、
世界シェア2位。
サキコーポレーション社長・秋山咲恵(43歳)。
妻が経営、技術者の夫が副社長で開発担当という、新しい夫婦のあり方で注目を集める。
会社を起こしたきっかけは、埋もれた夫の技術を活かしたいとの思いからだった。
それがわずか13年で年商40億円企業に育て上げた。
その陰には、秋山が考え出した独自な手法がある。
工場とオフィスの一体化、営業マン、技術者を交えての新製品開発。
かつて勤めていた経営コンサルタント会社で、
数々の企業が大企業病に苦しむ姿を目の当たりにしたことから生まれた経営手法だ。
秋山には夢がある、
夫婦で始めた会社を「全ての社員が働く喜びを実感できる会社にしたい」。 

NHK総合
2006年4月27日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年4月21日(金曜日)

熱いぞ!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 11時51分53秒

だれにも挫折の時期があります。

語らず、こぶしを握りしめて、
酒におぼれ、ひとり涙する夜を、
だれしも経験するのでしょう。

その時期にこそ、
のちの飛躍の翼が育っているのです。

そこから舞いあがったとき、
くるしみを知った人のやさしさと、
自分をつきはなせる強さをあわせもった、
慈愛にみちたリーダーが誕生するのです。

優しくいい人、だれにも愛されるひと、
それは、他者の心がまざまざと見える人のことです。

「プロフェッショナル」とは、
優れた技術をもつ者のことをいうのではなく、
愛情のある者のことをいうのだ、
と佐藤章氏は言います。

ひとりひとりのこころが見えなければ、
リーダーとして
人を率いることはできないということなのでしょう。

ささえてくれるひとりひとりのために決断を下す強さは
そのあとで育ってくるのだ、
と佐藤氏は言っているように思います。

番組のあとで、
おもわず大西君を応援している自分に、
佐藤氏の言葉の深い意味を見たように思います。


2006年4月14日(金曜日)

沁みるぞ「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 11時30分35秒

銀杏を見ています。
私とほぼおなじ年齢の建築家中村好文氏が、
建築予定地のすみに立つ一本の銀杏を見ています。

「ちいさいけど、この土地のぬしのようだな」

すでに彼の脳裡にうかぶ一件の家は、
銀杏の物語とともにあるのです。
彼にはながい時間のながれがみえるようです。
それとともに流れるひとのこころもみえているようです。

「物理的に住むというのでなく、精神もそこに棲むのです」

空想力、それが即ち創造力なのでしょう。
天窓のひかりを布でやわらげ、
あるいは、本好きの家族にちいさなライブラリーを用意する、
そのやわらかいこころ、
ゆめみるようなやさしいこころが、彼の本質のように思います。

彼はプロフェッショナルについてこう言います。
「ある特定の職業をえらんだひとのことをいうのではなく、
 ある特定の職業から選ばれた人のことを言うのだ」

私はどうだろう、これほどの自信に満ちて生きているのか、
同じように50数年生きてきて、
このように見事に言いきれる自信など毛頭ない自分を、
ただただ恥じ入るばかりです。

胸に沁みるような、すてきな生きざまでした。

「プロフェッショナル」ありがとう。


2006年4月13日(木曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 09時30分00秒

今夜も茂木健一郎先生の爽快トークを聞けます。

拙著『冑佛伝説』の序文を書いて下さった茂木先生に
こころから感謝申しあげます。

プロフェッショナル 仕事の流儀 第11回

心地よい家はこうして生まれる
〜建築家・中村好文〜
日本を代表する住宅建築家・中村好文(57歳)。
各界の著名人から市井の人まで、ひたすら個人住宅を造り続ける中村。
「はきなれたジーンズのような心地よさ」と評されるその住宅は、
施主の「人間」を読み解き、理解することから生まれるという。
コミュニケーションの達人と呼ばれる中村の家造りの現場に密着する。

NHK総合
2006年4月13日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年4月7日(金曜日)

『冑佛伝説』(かぶとぼとけでんせつ)


! 『冑佛伝説』のお求め、ご感想はこちらへ !
!  ご感想は、コメント欄へどうぞ     !

茂木先生が「クオリア日記」のなかで、
拙著『冑佛伝説』の告知をしてくださいました。

『冑佛伝説』も前作『蒼天のクオリア』も、
ともに茂木先生が序文を書いて下さいました。

その御厚情に、心から感謝申しあげます。

また、装丁は友人の版画家高橋シュウ氏です。

みなさまも、ぜひお手にとってご覧くださいますよう
お願い申し上げます。


今夜は「プロフェッショナル」!

カテゴリー: - kawamura @ 06時07分13秒

茂木健一郎先生のNHK「プロフェッショナル」が
今日から再開されます。

必見です!!

毎週木曜夜10時、
脳科学者茂木先生の純粋質問を
ふたたび拝見することができるのです。

また、茂木先生は「クオリア日記」において
私の『冑佛伝説』を告知してくださいました。
心から感謝申しあげます。

以下、「クオリア日記」から。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 第10回

自分は信じない 人を信じる〜プロデューサー・鈴木敏夫〜

「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」など、
記録的大ヒットを連発する宮崎駿 アニメの仕掛け人、
映画プロデューサーの鈴木敏夫(57歳)。
その快進撃の陰には、
様々な企業の関係者やフリーのスタッフを束ねた「チーム鈴木」の存在がある。
「自分を信じない、人を信じる」と言い切る鈴木は、
人をその気にさせる名手。
その仕事の極意は「人は仕事を仕事と思わなくなったときに、力を発揮する」。
新作映画制作の現場に密着。
どうすれば、人は動くのか。
鈴木独自の人心掌握術に迫る。

NHK総合
2006年4月6日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/

(今回から放送の曜日、時間が変わりました!)

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


2006年4月4日(火曜日)

『冑佛伝説』本日発売!

カテゴリー: - kawamura @ 06時50分49秒

島田発・歴史ノンフィクション
冑佛伝説』(かぶとぼとけでんせつ)が
本日各書店にて発売されます。
また『蒼天のクオリア』も同時発売されます。

静岡県外の方は
下記、静岡新聞社出版局宛に
お電話かメールにてお申し込みくだされば幸いです。

発売元    静岡新聞社
ISBN    ISBN 4−7838−9663−1 C0093
税込価格  1260円

お申し込み先 〒422−8033 静岡市登呂3−1−1
         静岡新聞社出版局
         TEL 054(284)1666
         FAX 054(284)8924
         Mail publishg@shizuokaonline.com

序文は、脳科学者・NHK「プロフェッショナル」キャスターなど、
多彩な活躍をされている茂木健一郎先生が書いて下さいました。

茂木先生が書かれた、帯の文章を転載します。

***********************

 小さな歴史と大きな歴史の交錯の中から
 
 先祖代々伝えられてきた冑佛(かぶとぼとけ)と出会い、
 歴史の闇に埋もれていたこの「小さきもの」を
 白日の下に呼び戻すまでの経過は、
 それ自体が一つの見事な物語のようです。

 歴史の転換点を迎えた今日の状況の中、
 切ない思いと深い祈りが託された「冑佛」の物語が、
 世に出ることを願ってやみません。

 茂木健一郎(脳科学者・NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」キャスター)

***************************************


2006年4月2日(日曜日)

冑佛(かぶとぼとけ)

カテゴリー: - kawamura @ 04時22分21秒

御林守河村家には
ひとつの伝説がつたえられています。

それは河村家に代々つたえられてきた
「かぶとぼとけ」とよばれる
2センチほどのちいさな仏像のことなのですが、
ご先祖さまが兜のなかにいれて戦った、
と言い伝えられているのです。

(これでおわかりのように「かぶとぼとけ」という呼称は、
静岡県島田市の御林守河村家のオリジナルなのです)

それまで伝承をうわのそらで聞いていた私が、
ある日その秘められた謎に気づいて、
はるかな旅に出ることになるのです。

島田市大代の谷間にたたずむ
市指定文化財「河村家住宅」からはじまるこの物語は、
島田発の歴史ノンフィクションとして
ぜひお読みいただければと思います。

このようなお話しは
ほかにも島田市のどこかに
伝えられているのかもしれません。

かぶとぼとけの物語のように、
みなさんがそれまで半信半疑できいていたようなお祖母さんの伝承から、
おもいがけない歴史世界がひらけてくるるのかもしれません。

この世はまだ謎にみちています。
みなさんもいまから
それまで気にもとめなかった小径に、
足を踏みいれてみませんか。


2006年4月1日(土曜日)

クオリア素子(特許10)

私が長年山間の地で研究してまいりました
クオリア素子が、
このたびようやく実験に成功いたしまして、
メタな視点からの
自己プログラミングが可能となりました。

gluonのcolor chargeに着目して
横浜市大の友人と
数年前に数式モデルは完成しておりましたが、
苦心の末にクオリアを生成する素子として
基盤上に落とすことができました。

クオリア発生の確認は、
培養ニューロンによって構成された
外部脳と接続することで、
実証されました。

クオリア素子を実装したコンピューターは
まだすこしさきのことになると思います。

わずかではございますが
意識をもつ素子の開発に成功いたしましたことを、
ご報告申しあげます。

記憶素子としてのクオリア素子につきましては、
まだ発表する時期をまたねばなりません。

来年の4月1日にはご報告できますよう
友人とともに努力いたします。
ご期待下さい。

2006年4月1日記す :mrgreen: (ふっ)


2006年3月27日(月曜日)

茂木先生「日経サイエンス」新連載

カテゴリー: - kawamura @ 08時22分19秒

以下、「クオリア日記」からコピーしました。

***********************

日経サイエンス 対談 現在は錯視のルネサンス
茂木健一郎と愉しむ科学のクオリア
現在は錯視のルネサンス/ゲスト:北岡明佳(立命館大学助教授)
日経サイエンス 2006年5月号
(2006年3月25日発売)

http://www.nikkei-science.com/
***********************

昨年の6月6日に
拙宅にお見えになってからの
茂木先生の御活躍は
天馬空を行く、
といった観があります。

この一年弱をふり返っただけでも

「脳と仮想」での小林秀雄賞の受賞、
NHK「プロフェッショナル」キャスター、
『プロセス・アイ』の出版、
そしてもちろん
かぞえきれないほどの本の出版、
かぞえきれないほどの雑誌掲載文、
かぞえきれないほどの講演会、
NHK教育の「科学大好き土曜塾」、
民放での「アハ!体験」、
さらに「日経サイエンス」での新連載、
こうして数えあげただけでも
気の遠くなるようなお仕事ぶりなのに

なんと
私の本の序文を書いてくださったのです。

『蒼天のクオリア』のときのように
おいそがしい時間のすきまを縫うようにして
書いて下さったのです。

値千金です。

その御厚情にたいして
私にはなにもお返しすることができません。

ただただその御温情に感謝するしだいです。

茂木先生、
どうぞお身体にお気をつけて
ますますご活躍下さるよう
心底よりお祈り申しあげます。


2006年3月16日(木曜日)

心脳問題

カテゴリー: - kawamura @ 01時55分14秒

私のブログにときどきあらわれる
こころと脳の関係のことを、
心脳問題といいます。

私は若年の日に
青はどこから来るのか?
というクオリアの問題から
心脳問題にいたったのですが、
この心脳問題が
現代の先端科学における
ひとつの潮流になっていることに
まちがいはありません。

脳の科学はまだはじまったばかりで、
それだからこそ
私のようなずぶの素人でも
なにかしら発言できる機会があるのです。

茂木健一郎先生
脳とクオリア』をごらんになれば
おわかりのように、
純粋な脳科学者で、
初期のころは「条件視野闘争」を
研究なさっていましたが、
(私のようなものが申しあげるのは
まことにおこがましいのですが、)
おそらく「相互作用同時性」を提唱されたことが
最大の業績であろうとおもいます。

ところで
「日経サイエンス3月号」に
「「私」は脳のどこにいるのか」(Carl Zimmer)
という文章が掲載されていて、
内側前頭前野の紡錘細胞に
「私」にかかわるなにかがありそうだ
としています。

でも、本当のところは
まだなにも分かっていません。
「私」がどこにいるのかさえ
いまの脳科学ではわからないのです。

それがわかれば、
アルツハイマー病や認知症の治療に
おおきな力を発揮するはずです。

これからの優秀な頭脳に、
謎の解明を期待するところです。


2006年3月14日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 11時38分47秒

我らが茂木健一郎先生が、
今夜も時代の旗手たちに、
鋭い純粋質問を放ちます!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 第9回

“なにくそ!” 負けたらあかん
〜英語講師・竹岡広信〜
人気漫画「ドラゴン桜」の英語講師のモデルであり、
書いた参考書は異例の売れ行きを記録する、
カリスマ塾講師・竹岡広信(44歳)。

京都府亀岡市に私塾を開きながら、
名古屋・京都・福岡の予備校や高校を飛び回り、
英語を教える。
その英語教育法は、丸暗記を否定し、
想像させる・考えさせるという独特のもの。
どうしたら、人を伸ばすことができるのか
ー「与えすぎてはいけない。人はきっかけさえ与えれば、自分で伸びていく」
という信念を持ち、
真剣勝負で生徒と対峙(たいじ)する。
試練の受験シーズン、その熱い教育現場に密着取材。

NHK総合
2006年3月14日(火)21:15〜21:58

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年3月11日(土曜日)

職人魂!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 06時37分32秒

「プロフェッショナル」挟土秀平さんに
とても共感をおぼえました。

なぜなら
塾で子どもたちに教えるのも
まさに職人の世界だからです。

とても面白い例を
ひとつお話ししましょう。

2X+3X=5X
を、
私はこんなふうに教えています。

「2個のりんごを 2りんご
 3個のりんごを 3りんご
 とすると
 2りんご+3りんご は?」

生徒は笑いながら

「5りんご!!」

と答えます。

2りんご+4りんご=6りんご

では、けっして笑わないのです。

おそらく、
「ごりんご(5りんご)」
という言葉のひびきが
笑いをさそうのでしょう。

生徒の笑顔があれば
あたらしい単元に
すんなりとはいってゆけるのです。

私は挟土さんのような
「カリスマ」ではありませんが、
このようなささやかな技術のつみかさねで、
日々の授業をなんとかこなしています。

27年積みかさねた教える技術を、
そろそろ
若い世代へつたえる時期がちかづいてきました。


2006年3月7日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 06時48分20秒

我らが茂木健一郎先生が、
今夜も時代の旗手たちに、
鋭い純粋質問を放ちます!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 
NHK総合
2006年3月7日(火)21:15〜21:58

第8回 不安の中に成功がある
〜左官・挟土秀平〜

飛騨高山を拠点に置く左官・挟土秀平(はさど・しゅうへい、43歳)。

日本全国で実績を上げてきた挟土だが、
現場に立つ姿は、臆病者そのもの。

何度も材料を作り直し、試す。
自分に言い聞かせるように
「大丈夫か」「怖い」
とぼやくウラには、
「自信過剰になると、仕事がおろそかになる」
という信念がある。

高卒初の技能五輪優勝という快挙で、
華々しくデビュー。
だがそのプライドゆえに高慢になり、
つまはじきにあい、
不遇の時代が長く続いた。
プライドを捨て、
自分は何もできないとわかった時、
本物の職人に近づいた。  

「不安」を力に変え、
新しい壁を生み出す若きカリスマ、
挟土の仕事術に迫る。

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年3月5日(日曜日)

美は乱調にあり

カテゴリー: - kawamura @ 06時26分03秒

多様性と不確実性、
についてのお話しをつづけましょう。

よく知られているように
レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」が
左右非対称の表情をしているところに、
あの微笑みの秘密が隠されているといわれます。

完全に線対称な美しい顔
というものを想像してみると、
なんとも味気なく、
すぐに飽きてしまうような気がします。

文章もおなじで、
完全に均整のとれたシンメトリカルな文章
というものを考えると、
それはもう芸術ではないように思えます。

芸術ではない、
というのは、
ひとびとがあまり歓びを感じない、
ということです。

茂木先生のお言葉をかりれば、
ドーパミンがあまり放出されない、
ということでしょうか。

ひとが快感をおぼえる美というものは、
完璧な姿をしているのではなく、
どこかにすこしほころびがある姿をしている
のではないでしょうか。

美は乱調にあり、というのは
そういう意味です。

音楽でも小説でも、
絵画においても、
ひとの耳が、心が、そして眼が、
その芸術作品を追うとき、
予想を裏切るような、
ときにその階調を乱すほどの
想像をこえた展開があるときに、
はじめて、
はかりしれない感銘をうけるのではないでしょうか。

つまり、
それらの芸術作品をたのしむとは、
未来の不確実性をたのしむことと
同義のように思えます。

ありていにいえば、
なにがおきるのかわからないストーリー、
思いがけない美しい旋律、
想像をこえた結末、
私たちはそこに歓びを感じるような気がします。

もちろんそれは美の一面にすぎません。

多様な顔をもつ美神は、
上記のような凡夫の断定を見事に覆します。

そしてそこにこそ、
美の本質が隠されているようにも思います。


2006年3月2日(木曜日)

「蒼天のクオリア」は実話か?

「蒼天のクオリア」は実話です。

先日、中学高校時代の同級生に会って
拙著「蒼天のクオリア」に話がおよんだとき、
「あれはフィクションか?」
としつこく聞かれました。

実話です。

まさかそんな奇特なかたは(笑)
いらっしゃらないとは思いますが、
もしもご興味がおありの方がいらっしゃいましたら、
その当時の資料はすべて保管されていまして、
私のホームページに
その一部の写真がUPしてありますので、
どうぞご覧下さい。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nazoden/sub20.htm

登場人物の「結城秀」は
本名を○○秀という実在の人物を
モデルにしていますが、
彼が「クオリア」について語るシーンだけは、
ただひとつのフィクションです。

彼が語る「クオリア」は、
私が茂木先生のMLに投稿したもので、
「クオリアの定義」として
茂木先生のホームページに登録されています。
2000年9月9日に書いたものです。

http://www.qualia-manifesto.com/rfc/rfc14.html

○○秀のホームページは、
「蒼天のクオリア」を上梓したそのとき、
版画家の高橋シュウが見つけました。

このへんのいきさつは、
まさに小説よりも奇なり、で
いつか「続・蒼天のクオリア」として
書いてみたいと思っていますので
そのアドレスは秘密です。

ともあれ、
拙著「蒼天のクオリア」は、
あとがき、に書かれているように
私の青春自伝小説であり、
実話です。


2006年3月1日(水曜日)

泣けるぞ!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 08時04分57秒

オープニングシーンは
映画のようでした。

曇天を飛ぶ鳥。
鳥インフルエンザの恐怖。

そこに
WHOメディカルオフィサー
進藤奈邦子が登場します。

若き日
脳外科医として挫折した
進藤奈邦子医師が、
WHOにあらたに生きる道を求めたのは
ほんの数年前のことです。

家庭の主婦でもある進藤医師が、
その名を高からしめたのは、
WHOに赴任してまもなく
SARSの感染をくいとめたことでした。

命の危険を冒して
疑わしい感染症発生地へとぶとき、
「私のなかのなにかが、
 やれ、と言うんです」
と進藤医師は言いました。

少女のとき
愛らしい弟を
脳腫瘍でなくしました。

命がきえるとき
彼女の耳もとで
弟がささやきました。

「ぼくは死んじゃうから
 お姉ちゃん
 医者になって
 ぼくと同じような子に
 あしたがあるよ
 って言ってやって」

彼女の燃えるような情熱の芯を
見たように思います。

弟がささやくのです。

おそらく彼女が感染死の影におびえたとき、
弟が、
「やれ」
と言うのです。

だれも心の核に
悲劇を秘めているのです。

進藤医師があかるく笑い
子どもたちと活気に満ちて暮らし
鳥インフルエンザの感染爆発を食い止めるために
敢然と立ち向かうとき、
彼女の心の底に
弟が、
霊界のひかりをあびて立っているのです。


2006年2月28日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 05時56分14秒

我らが茂木健一郎先生が、
今夜も時代の旗手たちに、
鋭い純粋質問を放ちます!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 
NHK総合
2006年2月28日(火)21:15〜21:58

第7回 鳥インフルエンザを封じ込めろ
〜WHO 医師・進藤奈邦子〜

世界の感染爆発を食い止める、WHOのメディカルオフィサー、
医師・進藤奈邦子(42歳)。

世界中で起こる鳥インフルエンザの最前線に立つ。
進藤は、鳥インフルエンザの発生の知らせを聞くと、
世界中、どんな場所でも駆けつける。

自らの命を危険にさらしながら、
感染ルートの確認や、
隔離病棟の設置にあたりガイドラインを作成する。

二児の母親でもある進藤は、
子供たちが危険な仕事に立ち向かう力の源だと言う。

この冬、鳥インフルエンザの感染爆発を食い止めるために、
現場で戦う、進藤の仕事に密着する。

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年2月23日(木曜日)

印象批評

カテゴリー: - kawamura @ 06時01分06秒

(「小林秀雄の霊が降りてきた」茂木健一郎氏『文藝春秋』2006.3を読んで)

私は若いときから
意図して
自分がよんだ本のタイトルも作者も
すっかり忘れるように努めています。

著名な作品名であるとか、
文豪としての作者名であるとかは
私にとって何の意味もないからです。

一度しかない人生だから
そんな些末のことにとらわれたくないのです。

自分にとってなにが大事なことなのかを考えると、
それはその本の内容、
とりわけその作品のもつイメージ、
つまりは印象です。

こころに残るのは優れた作品の印象だけだからです。

ルソーの「孤独な散歩者の夢想」のなかで、
主人公が木陰でうっとりと夢みるシーンは、
ルソーという作者の名前や本の表題からはるかに離れて、
天上の調べを聞くようです。

私はそのような、
美や真実の善き境地を求めているのであって、
単なる知識を求めているのではありません。

天才の作品を分解して
死体を検分するように解析し報告されても
何の感慨もわきません。

それはそれで文学と呼ばれて、
研究者の生活の糧にはなるのでしょうけれども、
本当に人々は
そんなものを求めているのでしょうか。

自分が死に臨む
そのときのことを考えてみてください。

己が生きてきた証として、
愛読した書物の
何を最後に思いうかべるのでしょう。

作者の名前ですか、
本の題名ですか、
その作品の分析論文ですか、
たしかにそういう人もいるのかもしれません。

しかし多くの人は
名作に陶酔したその印象を
こころに浮かべるでしょう。

言葉に言い表し難い作品の印象、
まさにそれをクオリアと呼ぶのです。

そのような意味で、
私は、
茂木氏の「クオリア原理主義」を奉じる者です。

したがって、
作品を批評するときは、
その印象、
つまりはその作品のもつクオリアをこそ
第一義に論じるべきでしょう。

文学をいたずらに分析して論じるような
疑似科学的手法は、
もうおやめになったほうが
よろしかろうと思います。

天才がこの世に残した宝石を、
いかに成分分析しても
そのスペクトルを解析しても、
そこからは
作品のはなつ至高の美しさは
見えてきません。


2006年2月21日(火曜日)

再放送!「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 10時31分24秒

我らが茂木健一郎先生の「プロフェッショナル」が
再放送されます。
第1回、破綻リゾートの再建のドラマを、
ふたたび見ることができます。

以下、「クオリア日記」より。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 アンコール 星野佳路 
多くのご要望にお答えして、再放送いたします
プロフェッショナル 仕事の流儀 
第1回「信じる力が人を動かす〜経営者・星野佳路〜」
NHK総合
2006年2月21日(火)21:15〜21:58

147億円の負債を抱えて破たんした山梨のリゾート施設を3年で黒字化。
不況が続くリゾート業界で、これまでにない手法を用い、
次々と破綻リゾートの再建に乗りだし注目を集めている経営者、
星野リゾート社長・星野佳路(45歳)。
リストラをせず、残った社員を最大の財産と考え、
やる気を出させるためにあらゆる手を尽くす。
どうすれば人は動くのか。
破たんした旅館の再生現場に密着し、新しい時代のリーダーの姿を描く。

http://www.nhk.or.jp/professional/


2006年2月18日(土曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 11時04分46秒

我らが茂木健一郎先生が
NHK「土曜スタジオパーク」に出演します!!

以下「クオリア日記」より

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

NHK総合テレビ 土曜スタジオパーク
2006年2月18日(土) 午後2時〜午後3時
ゲスト 茂木健一郎
特集 プロフェッショナル 仕事の流儀

http://www.nhk.or.jp/dosta/

スタジオ観覧方法
スタジオ観覧をご希望の方は、
当日の午後1:00までにスタジオパークのロビーにお集まりください。
入場者数はおよそ30名様ですが、希望者多数の場合は抽選とさせて頂きます。
なお、スタジオパーク入場には、入場料がかかります。

事前の募集はございません。
また、番組の都合上、予告なしに変更することもあります。

http://www.nhk.or.jp/dosta/kanran/index.html


2006年2月15日(水曜日)

すごいぞ!「プロフェッショナル」!!

カテゴリー: - kawamura @ 07時38分48秒

腹筋して基礎体力をつけたら
あそぶんだ〜〜

科学をあそぶんだ〜


勘違いしてはいけません。

それはあたりまえのことですが、
ひたすら実験を愛する
研究をおそろしく深く愛する
そのこころがなければ
あそぶ資格はないのです。

夢のなかでも問題を解く、
その執着
その背筋の凍るような愛
それらがなければ
あそびのなかから
古澤氏のように
あたらしい発見などできません。

既成概念を破壊して
あたらしい視点をきりひらくには
こうしなければならないというドグマ
つまり教科書的な手法をすべて忘れて
なにものにもとらわれない境地で
眼の前の現象に立ち向かわねばならない、
それを古澤氏はあそびと言っているのです。

しかし今夜の内容は
知る人ぞ知る
ものすごい内容だったのです。
どのくらいの凄さか
すこしお話ししましょうか。

量子力学が生まれたとき
かのアルバート・アインシュタインは
その確率論的表現に反対して
有名な言葉をつぶやきます。

「神がサイコロを振るはずはない」

そして
アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス
その頭文字をとって
EPRパラドックス
とよばれる反論をするのです。

つまりかんたんに言うと
こいうことです。

アインシュタインは
客観的な事実は存在するし
光速をこえるものはない
と信じて
あの相対性理論を構築したのですが
量子力学では
事実はその観測者の影響をうける
という主張で、
その典型例が
ハイゼンベルグの不確定性原理です。

事実はひとつだし
光速をこえるものはないとする
アインシュタインは、
量子力学への
さまざまな反論をするのですが
その白眉が
EPRパラドックス
でした。

かんたんにいえば
対になって発生した光量子は
どんなに離れていても
一方を観測してその状態を確認すると
そのときはじめて
はるかにはなれたもうひとつの光量子の
状態が決定するのです。

つまり
ひとつの量子の状態を確認して
はじめて
はるか彼方の量子の状態がきまる
ということです。

これはあり得ない
とアインシュタインは考えました。

相対性理論によれば
光速をこえるものはないのだから
光速をこえて情報が伝わるはずはない
という意味です。

ニールス・ボーアを中心とする
コペンハーゲン学派とよばれる人々は
その通りで量子力学と矛盾しない
としました。

のちにこれを実験してみると
パラドックスのはずが
現実にそれが起きてしまったのです。

皮肉なことに
アインシュタインが
量子力学への反論のつもりで立案した
EPRパラドックスが
量子力学の正当性を裏づける
予言となってしまいました。

この現象をもちいて
現在では
「量子テレポーテイション」を
さまざまな用途につかう
こころみがなされています。

この問題には
世界が客観的に存在するか否か
という哲学的な命題もふくまれていて
まさにクオリアンにとっては
鳥肌のたつような番組でした。

茂木先生、吉住さん
今夜も高質な夢を
ありがとうございました。

(茂木先生の「クオリア日記」にあった
 意識と量子計算の話は
 意識の同時性と量子テレポーテイションとの関連
 のことなのでしょうか)


2006年2月10日(金曜日)

『冑佛伝説』3月発売!

冑佛伝説』を、
来月上梓いたします。

静岡新聞社からの自費出版です。
また、前作同様
脳科学者茂木健一郎先生の御序文をいただきました。

装丁は友人の版画家高橋シュウ氏
お願いしようと思っています。
前作『蒼天のクオリア』と色違いの
ほとんど同じ装丁になる予定です。

また、
冑佛伝説』と同時に
蒼天のクオリア』も発売致します。

書店には二冊ならべられることに
なるようです。

『蒼天のクオリア』800円
『冑佛伝説』1000円です。

もともとこの2冊はひとつの原稿でした。
それを東京の出版社の助言で
ふたつに分けたのです。

『蒼天のクオリア』は
冑佛発見にいたるまでの自伝的序章で、
その部分だけを切り離したほうが
おもしろそうだということで
一昨年先行発表したというわけです。

おそらく私の死後、
河村隆夫とは何者だったか、
と問われたとき、
冑佛研究者として
日本史の片隅に
虫眼鏡でみても見つからないほどのちいささで、
私の名が残っているのかもしれません。

平成5年の秋、
深山幽谷に住む私が、
ある日不思議な道に迷いこんで、
気がつけば、そこは、
戦国武将の精神世界を象徴する
冑佛(かぶとぼとけ)たちの住む世界だった、
という発見譚です。

やがて私の新説は世に認められ、
NHK大河ドラマ「利家とまつ」に
勝軍地蔵がでたときには、
妻と手を取りあって喜びました。

冑佛が世に認められるまでの物語を、
ご笑覧いただければ幸いです。


2006年2月8日(水曜日)

昨夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 09時32分34秒

弁護士 宇都宮健児

番組を見たあと、
この番組に出ることで
さらに有名になった宇都宮氏が、
命をねらわれるのではないかと
心配になりました。

闇の世界の人たちも、
あかるい世界から
闇金に手を出して
しだいに暗闇に
引きずりこまれていく人たちも、
双方とも
一線をこえた人たちですから、
普通のルールが通用しない世界に
宇都宮氏は身を投じたのです。

もともと闇の世界にいる人たちが
どのような生いたちで
そうなったのかは
わかりませんが、
常識を跳びこえて犯罪を犯すことに
存在意義を見いだしている彼らが、
正義漢宇都宮健児氏に
手を出さないといいのですが。

エリートから転落して
挫折の味を知った宇都宮氏が、
闇金地獄にあえぐ人びとを
救おうとするのは、
事務所から捨てられた自分の悲しみが
それほどまでに深かったから
なのでしょう。

挫折したとき、
ふるさとの父母を思ったといいました。
山野を切りひらいて
彼を東大に送った
鍬を手に
なにも語らぬ父母のことを
思った
とつぶやいたとき、
ほんの一瞬でしたが、
こみあげるものをおさえようとするのか、
彼は言葉をうしないました。

やさしい顔をしています。
やさしいまなざしで、
みずからも弱者であったと
そしてそこから立ちあがったのだと
弱き者たちに
共感をもって語りかけるような、
まさに「一隅を照らす」人でした。

自分の生きる場所を
明確に覚悟した人でした。

弁護士 宇都宮健児

はじめて聞いた名前でした。
銀座に事務所をかまえているボス弁、
というイメージからはほど遠い
愛すべき
そして尊敬すべき人たちが
まだまだ日本にはいることを
ひさびさに知らされました。

尊敬すべき人々が
まだ日本にはいることを、
さっそく
塾の子どもたちにつたえようと思います。

茂木先生、ありがとうございました。


2006年2月4日(土曜日)

今夜は「せかじゅう」!!

カテゴリー: - kawamura @ 06時32分05秒

Aha!体験が、
今夜も見られます。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

世界一受けたい授業 2006年2月4日
日本テレビ系列
19:00〜21:00
(2時間スペシャル)
3時間目 茂木健一郎先生

http://www.tvguide.or.jp/tables/0204/GBS/tokyo/17.html

http://www.ntv.co.jp/sekaju/


粒子と波動

カテゴリー: - kawamura @ 05時51分15秒

茂木先生の「クオリア日記」から抜粋します。

 ミクロレベルでの粒子と波動の二重性の
 マクロスコピックな展開として
 物質と意識の二重性が現れるのであろう。

この部分がずっと気になっていました。

ところで、
朝永振一郎の「量子力学的世界像」を
父が買ってきたのは
私が中学一年のときでした。
朝永がノーベル賞を受賞した直後のことです。

その本の主人公波野光子とは
フォトン(光子)のことで、
彼女が同時にふたつのスリットをすりぬける
というお話しでした。

みつけるとひとりなのに、
波のように
同時に二個所で彼女の通過を確認できるのです。

いまにしてみれば常識的なことですが、
45年まえの
中学一年の私には理解不能で、
頭が膿んでしまいそうでした。

量子力学が誕生して
もう100年ちかくにもなりますが、
この二重性の問題は
誕生以来すでに一世紀ものあいだ
問われつづけてきて、
それがひとつの観点から統一された
というわけではなく、
ふしぎなことだが世界はそうなっている
というふうに、いまでも認識されているのです。

つまり現実世界における物質は、
粒子と波動の二重性をもっているのです。

まさかそれが脳と意識とをつなぐことになるとは、
夢にも思いませんでした。
そう言われてみれば、
たしかに物質粒子としての脳と、
波動のように
エネルギーの状態としてあらわれる意識とは、
その類似性が直感されます。

量子力学が提唱した観測者問題や、
量子テレポーテイション
のような奇妙な話についても、
やがては意識の問題とつながるのでしょうか。

量子のもつこの奇妙なふるまいが、
意識への扉をひらく鍵になるかもしれないと思うと、
私が23歳のときに書いた小説
『水晶幻想』を想起します。

『水晶幻想』は
拙著『蒼天のクオリア』にも登場しますが、
青年科学者が
超越波動関数に最終項をくわえることで、
ついに幽界への扉を開けてしまう
という物語でした。

(この未発表原稿は、
 火事のときにはそれだけは持ち出そうと思っている
 銅製の箱に、
 他の未発表原稿と一緒に死蔵されています)

ヴィトさまの『哲学的論考』が、
その最終的な結論によって
みずからの構築した論理を破壊する、
という劇的な結末をヒントにしたものでした。

ところで、
上記の「量子テレポーテイション」については、
2月14日(火)NHK総合「プロフェッショナル」で、
科学者古澤明の「量子コンピューター」の紹介のなかで
解説されるようです。

鶴首してその日を待つ私です。


2006年2月2日(木曜日)

蟹食べる

カテゴリー: - kawamura @ 08時49分41秒

NHK総合「プロフェッショナル」を絶賛したい!

その大きな要素として、
茂木先生の純粋質問があります。

佐藤可士和氏の事務所に会話がないのは、
「みんなデザインの仕事が好きだから集中してる」
と聞いて、
茂木先生曰く、
「蟹食べるようなものですか」

ゲストの顔がほころぶ。

これだっ〜!
これだっ〜!

番組が急に、あかるく、生きてきます。

「目にみえないコンセプトをかたちにする。
 それはどうしているんですか?」

先生のその質問に、可士和氏こたえて曰く

「対象物のなかに答えがある。
 それがわかって不安がなくなりました」

若き日、
有名になりたい、賞が欲しい、
邪念が藻のようにからみついてどうしようもなく、
可士和氏は不良でした。

「カッコつけてて 格好悪い」
それが可士和氏への評価でした。

ひとりの師に出会います。
「デザインは、ただ本質をつかむこと。
 ダサくてもいいから、売れるCMをつくること」

その新境地から、
ワゴン車のCMデザインができあがります。

際だった、
磨きあげたコンセプトを見つけたそのとき、
アートディレクター佐藤可士和氏が誕生したのです。

見て、すっきりと気持ちのいい番組でした。


2006年1月31日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 04時56分48秒

我らが茂木健一郎先生がくりだす純粋質問の剣尖に
錬磨のゲストはどのように応えるか!?

今夜もわくわくです。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 第4回

ヒットデザインはこうして生まれる
〜アートディレクター・佐藤可士和〜

NHK総合
2006年2月1日(火)21:15〜21:58

http://www.nhk.or.jp/professional/

SMAPのCDジャケット、ホンダのCM、キリン発泡酒の広告、楽天のロゴなどなど。
彼のデザインを見ない日はないとまで言われる、日本を代表する人気アートディレクター、佐藤可士和(40歳)。
ヒット商品を生み出す秘密は、「アートディレクターは医者、デザインは処方箋」。
商品のパッケージデザインや、新製品の広告戦略の立案などの舞台裏を密着取材。
デザイン界きってのヒットメーカーの発想の秘密に迫る。


2006年1月27日(金曜日)

続・『プロセス・アイ』読了!!

カテゴリー: - kawamura @ 06時20分33秒

あまりのおもしろさに、
興奮がまだやみません。
この傑作は、かならず映画化されるでしょう。

物語としての卓抜な展開と、
心脳問題についての
斬新な解釈とが協奏して、
荘厳な
ワーグナー的世界が現出しています。

私は茂木先生のクオリアMLで
長期にわたって討論した
クオリアンのひとりですから、
特に心脳問題に惹かれました。

スポーツマンに
しばしば見られる変性意識は、
他のあらゆる分野においてもあるはずで、
実際、
ドストエフスキーが
てんかんの発作時に体感した
宇宙の中心を飛びぬけてゆくような全能感は、
さまざまな分野の天才の報告するところです。

タケシが、
****の脳をもち、
****の脳の変性意識が理解する
心脳問題の真理を、
******の脳がメタな視点で、
さらに高次から理解するという仕掛けは、
驚嘆すべき斬新な発想で、
主観を客観視するという意味においても
納得のいくものです。

そして
*************脳の理解した主観は、
他見できないのです。

曼陀羅の真理を客観視しえた**脳も、
それを言語に置きかえるのは不可能
ということのように思えます。

養老孟司氏の
「人工意識って、こういうかたちでしか、
 かけないのかもしれない」
ということばの意味は、
このようなことだったのでしょうか。

私にも、『プロセス・アイ』は
AI(人工知能)の究極の表現のように感じます。

物語としてもじつに楽しめました。
個人的には
第7章の「クオリア研究所」からが
圧巻だったと思います。

それにつきましては、
みなさまに実際にお読みになっていただいて、
ふるえるような感動を
体感していただけたらとおもいます。

そして、
宇宙船から帰還するグンジとツヨが、
地球にふたたび降り立ったとき、
何を語るのか、
天才茂木健一郎先生の
次作が待たれるところです。


2006年1月26日(木曜日)

『プロセス・アイ』読了!!

カテゴリー: - kawamura @ 11時32分34秒

ただいま読了いたしました。
あまりのおもしろさに、
読みはじめてから今まで、
本から手をはなせませんでした。

カワバタ・タケシ、ツヨ、
すくなくともこの二人は、
茂木先生の分身でしょう。

科学と文学、
その双方のあふれるほどの才能を、
茂木先生は神から与えられました。

科学においても文学においても、
その驚嘆すべき業績は、
はるかな後世まで讃えられるでしょう。

(これから会合に出席しなければなりません。
 今夜帰宅してから書きたします)


2006年1月25日(水曜日)

今日は「プロセス・アイ」

茂木健一郎先生初の小説
プロセス・アイ」は、今日発売です!!

みなさん、書店へお出かけください!!

これは茂木先生の幼友達からお聞きしたことですが、
茂木先生は小学生のときすでにSF小説を書いていて、
小学生新聞(全国版)でしたでしょうか、
大賞をお取りになって長期連載されたということです。
栴檀は双葉より芳し。

養老孟司さんの推薦文などを拝見すると、
はやく読みたい気持ちがさらにつのります。

昨夜の「プロフェッショナル」もよかったです。

菓子作りの天才が、
かたくなにひとつの店に籠もって、
きらめく菓子の宝石を作りつづけている。

そしてその菓子は舌の上に、
一瞬の魔法のように味覚の花園をひろげて、
またたくまに消えてしまう。

そうなのです。
彼の作品は消えてしまうのです。
レシピは楽譜のようなもので、
曲は奏者の腕でいかようにでも変わるのですが、
彼の奏でた名曲は、
たちまち虚空に消えてしまいます。

音楽は録音されますが、
味覚のクオリアを
この世にとどめることはできません。

彼の人生は美しくはかない詩のようです。

52歳。
ついに彼は腱鞘炎になって、
やがて菓子職人としての歴史に
幕をおろす日がちかづいています。

その日、彼の魔法の菓子は伝説となるのです。


2006年1月24日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 08時39分52秒

「プロフェッショナル 仕事の流儀」 第3回
あたり前が一番むずかしい 〜パティシエ・杉野英実〜
NHK総合
2006年1月24日(火)21:15〜21:58

http://www.nhk.or.jp/professional/

ぜひご覧ください!!


2006年1月23日(月曜日)

明後日は書店へ!

カテゴリー: - kawamura @ 04時55分45秒

あさって、1月25日(水)、
茂木健一郎先生の小説
『プロセス・アイ』が発売されます。

みなさん、ぜひ書店へ足をお運び下さい!!

もちろん明日の夜9:15からは、
プロフェッショナル」(NHK総合)です。

以下茂木先生の「クオリア日記」より、
『プロセス・アイ』の予告を転載いたします。

 近未来小説。
 心と脳の関係に切り込む「プロセス・アイ」
 理論を考案した天才科学者。
 新経済理論『スペラティヴ』
 をひっさげて巨万の富を築き、世界を動かす
 視点を獲得しようとした哲学者。
 亡き恋人の思い出を託された美少女。

 チュニジア、東京、ニューヨーク、上海、
 ワシントン、ウィーン、バリ島、ハワイ、テキサス、
 チベット、そして宇宙を舞台に、「未来のクオリア」
 に満ちたファンタスティック・サスペンスが
 展開する。


2006年1月19日(木曜日)

殺してしまった

カテゴリー: - kawamura @ 00時05分44秒

プロフェッショナル」の佐野医師が、
オーストラリアでの修行中のこと、
はじめての患者を手術して、

「勉強不足で患者を殺してしまった」

そう言いました。
その言葉を口にするまで、
彼は塗炭の苦しみを味わったにちがいありません。
おそらく責任感のうすい医師なら、
友人に慰められながら、
あれは不可抗力だった、
と自分に言いきかせて解決してしまったことなのでしょう。

佐野医師は、それを「殺してしまった」と認め、
取りかえしのつかない責任の重大さを自覚して、
そこから本物の医師として出発したのです。

私も20年ほどまえ、
谷間の古い家から高血圧で市民病院にかよっていた母を、
卒中で亡くしたとき、
もしも私にかせぎがあって、
母を自分の身近に住まわせてやれたなら、
卒中の発作に気づいて助けてやることができたかもしれないと
悔やんだ時期がありました。

そのころ私も
「母を殺したようなものだ」
と悲しみのあまり口にしたことがあります。
貧しくて、
自分のアパートへ母を呼び寄せる力がなかったことを、
私の責任と感じたのです。

その後、滅びゆく河村家を再興しようと、
私が、時代錯誤の決意をさらに固めたのは、
亡くした母へのつぐないのためでもあったのです。

佐野医師もそうなのでしょう。

ひと一倍責任感が強い彼は、
ひとつの命が失われることの重さを、
そのすべてを、
自分で引き受けようとしたのです。

世界の不条理を自分ひとりで受けとめようとするのは、
無理があるのかもしれません。
しかしその無謀なほどの覚悟が、
彼に神の手をあたえたのです。

神の手は、今日もおさない命を救いつづけています。


2006年1月18日(水曜日)

茂木先生の序文

昨夜の「プロフェッショナル」は凄いものでした。

小児心臓外科医・佐野俊二氏の
手品師のような手さばき、
迷いを断ちきった手術、
名医とよぶにふさわしい深い人間性を感じました。

茂木先生の質問も核心をつくものでした。
見て良かった。

見終わったあと、私も妻も娘も、
思わず拍手していました。

ところで、
「プロフェッショナル」のキャスターをつとめていらっしゃる
脳科学者の茂木健一郎先生が、
一昨年上梓した拙著「蒼天のクオリア」の序文を、
こころよく書いてくださったことは、
私の人生にまたとない僥倖でした。

近々発表予定の「冑佛伝説」にいたるまでの、
こころの軌跡を淡々と書きつづった青春自伝小説
蒼天のクオリア」の巻頭に載せる序文の依頼を、
茂木先生はこころよく引き受けてくださったのです。

以下一部引用させていただきます。

*************************

河村隆夫著 「蒼天のクオリア」 序文  

茂木健一郎

 人間は、絶対に自分自身からは逃れることはできない。情報ネットワーク
だ、グローバリズムだと目先のくるくる変わる現代では、ついつい忘れてしま
いがちのことだが、人間の体験することの本質には、何の変化もない。私たち
は、結局、一日一日のうちに出会うものだけを感じ、振り返り、自らのものと
していくだけである。

*************************

全文は拙著「蒼天のクオリア」(静岡新聞社)で。


2006年1月17日(火曜日)

今夜は「プロフェッショナル」

カテゴリー: - kawamura @ 08時28分18秒

 毎週火曜21時15分、NHK総合
プロフェッショナル 仕事の流儀

命のかぎり生きる人たちから、力をもらいたい、
現代の先端を駈けぬける旗手たちの、輝く顔を見たい、
そう思いませんか。

たった一度の人生、
自分を燃やしつくしてみたい、
そう思いませんか。

やがては誰も、
偉大なるもののもとへ還ってゆく定めです。
そのとき、
我が人生に悔いなし、
とおだやかな気持ちで眼を閉じたいものです。

彼らとおなじように
脚光をあびる人生でなくとも、
いま生きているこの人生をひたむきに生きる、
それがすべてのように思います。

「随所に徹すれば立所皆真なり」

若き日に胸に刻んだ言葉です。
この言葉にたどりつくまでの青春の道を、
蒼天のクオリア」と題して自伝小説にいたしました。
その拙著に、
「プロフェッショナル」のキャスター、
茂木健一郎先生が序文を書いてくださいました。
この上ない光栄なことでした。

今夜も茂木先生にお会いできます。


2006年1月11日(水曜日)

「プロフェッショナル」拝見

カテゴリー: - kawamura @ 06時25分33秒

塾の仕事が終わり、夜の11時ごろに帰宅して、
妻とともにビデオを拝見いたしました。

あの「プロジェクトX」の後継番組としての
プレッシャーを見事にはねのけて、
テレビ画面にぐいぐい引きこんでゆく
感動的な世界が創造されていました。

星野佳路の演出する再生のドラマは、
バブル破綻以降ながく苦境に立たされていた
おおくの日本企業人たちの再生の物語でもあります。

妻の携帯にメールがはいりました。
「いまNHKにでていた脳科学者の茂木さんって、
あのご主人の本の序文を書かれた方?」

静岡市内の、数百年つづく老舗の奥さまでもある彼女は、
感嘆し、共感して、さらにメールをくれました。

「どうすれば気持ちよく人に働いていただけるか、
それが私のテーマです」

働くひとびとも、経営者も、
働くよろこびさえ見いだせば、
かぎりない成功への道がひらけていることを知りました。

茂木先生、住吉さん、
ありがとうございました。

住吉さんには、
茂木先生の「小林秀雄賞贈呈式」にお招きいただいたとき、
二次会でしばらく親しく話させていただきました。

おふたりとも顔見知りなので、
感慨もひとしおでした。

茂木健一郎先生、
ひとりの名キャスターの誕生を、
心からお慶び申し上げます。


2006年1月10日(火曜日)

NHK「プロフェッショナル」(今夜)

カテゴリー: - kawamura @ 07時52分11秒

茂木健一郎先生がキャスターをつとめられる
NHK「プロフェッショナル」は
今夜放送!!
ぜひご覧ください!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

プロフェッショナル 仕事の流儀 第一回
星野佳路 「信じる力」が人を動かす
〜リゾート再生請負人・星野佳路〜

NHK総合
2006年1月10日(火)21:15〜21:58


2006年1月7日(土曜日)

茂木先生からの年賀状

カテゴリー: - kawamura @ 09時57分57秒

茂木健一郎先生から年賀状をいただきました。

みなさま、わかっていらっしゃるのでしょうか!?

あの「アハ!体験」の、

そして来週火曜日

1月10日夜9時から放映される

NHK総合「プロフェッショナル 仕事の流儀」の

キャスターをつとめられる、

「脳と仮想」で小林秀雄賞を受賞された、

脳科学者茂木健一郎先生から、

年賀状をいただいたのですよっっ!!

えっへん。

茂木先生、まことに有り難うございました。


2006年1月1日(日曜日)

見えることと見ること

カテゴリー: - kawamura @ 00時17分26秒

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も良き年でありますようお祈り申し上げます。

さて、
昨年12月30日は中学3年生の模擬試験でしたので、
ひさしぶりに授業からはなれて、
ゆっくりと考える時間がもてました。
三時間ほど試験監督をしながら考えたことが、
以下の通りです。

見えることと見ることがちがうことは、
どなたでも自分で実験してみれば分かることです。
いまパソコンの画面を見ているときにも、
画面の外の風景が、
眼にはいっていると思います。

パソコンから視線をそらさず、
パソコンの外の風景を意識しても、
まだまわりがなんとなく見えている状態です。
それでは、パソコンの外の風景のなかの、
手近なもののひとつに視線を移して、
それを凝視してみると、
自分の意識の状態が変わることに気づくでしょう。

おそらく、PETなどで脳の血流量をみれば、
ただぼんやり見えているときと、
はっきりと対象物を凝視しているときとでは、
まったく違う分布図をえがいているのでしょう。

みなさんもお試しになったらよろしいかと思います。
ぼんやりとした視界のなかの
一点に意識を集中したときの心の中心に、
私が立ちあらわれてまいります。

私、すなわち主観は、
そのとき、まざまざと立ちあらわれてきます。
さらに即物的に言えば、
脳の働く場所が変わるように思います。

やがて、
見えるのではなく、見ているとき、
見ている対象物へゆっくりと私がのり移ってゆくような、
脱自というか純粋経験というか主客未分の状態というか、
彼我の境界がうしなわれたような、
立ちあがった主観が、
ついには客体と一体化してゆくような感じがしてきます。

見えているのではなく、見ているときに、
ひるがえって、
見ている対象物から自分自身へ意識を移すと、
いわゆるメタ認知が立ちあらわれます。

ありていに言えば、
対象物を見ながら、
意識を自分に移すのです。
そのとき、
見ている自分を見ることができるように感じますが、
意識は対象物からすこし薄れたように感じるでしょう。
脱自や純粋経験といわれる状態が、
薄れたように感じるでしょう。

いわゆる、客観といわれる状態にちかづいていきます。
見ている自分を見ているという状態を、
さらに無限に繰りかえすとき、
全き客観、つまり神の視点にちかづきます。
見ている自分を見ているいる自分を見ている、
ということを繰りかえすのです。
そのとき到達する地点を、
純粋客観といってもいいでしょう。

しかし不思議なことに、
対象物から無限に離れて、
宇宙全体を見わたすような視座を得たとき、
それが、
主観を極め、
主客未分の状態を突き抜けたときの状態と
ほとんど同じであることに、
気づくでしょう。

私はそれに気づいたとき、
若き日に日記にしるした
萩原朔太郎の一文を思いおこしました。

「最後に、
詩的精神の最も遠い極地に於て、
科学の没主観な太陽が輝いている。
明白に、誰も知っている如く、
科学は主観的精神を排斥し、
一切「感情の意味」を殺してしまふ。
故に科学にかかっては、
道徳も宗教も型なしであり、
知性の冷酷の眼で批判される。
実に科学は、
人生から「詩」を抹殺することにのみ、
その意地あしき本務を持ってゐるように思はれる。
しかもこの科学的精神が、
宇宙の不思議に対する詩的驚異と、
未知の超現在を探らうとする詩感に出発していることは、
何といふ奇妙な矛盾だらう。」
(「詩の原理」萩原朔太郎)

私の二十歳の日記に、この一文が記されています。
それは科学と小説のはざまで苦しんでいたころの記録です。

このように科学の純粋客観と、詩の純粋主観とが、
無限の遠方で出会うと考えたとき、
それこそが智慧の極北、
解脱の地点かもしれません。

以上のようなことを考えたあと、
底知れぬむなしさにおそわれます。

見えている状態から見ている状態へ移るとき、
まざまざと主観が立ちあらわれる、
と言い、また、
純粋客観と純粋主観とが智慧の極北で出会う、
と言っても、
これらは絵空事にすぎません。
何も言っていないに等しいのです。

なんの根拠もなく、
ただ、言葉を言葉によってなぞり、
単に並列的な説明を繰りかえしているにすぎません。

私は科学の子です。
物質の存在を、
それが反証にたえ得ぬあやういものであるからこそ、
信じているのです。
キリスト者が神を信じるように、
科学の子である私は、
物質の存在を信仰しているのです。
宇宙の森羅万象すべてが、
物質のふるまいによってのみ説明され得ると、
信じているのです。

さきほど縷々述べたことは、
物質としての、
脳、
にすべて還元されねばなりません。

物心二元論の誘惑を断ちきって、
凝視するときに立ちあらわれる主観の存在を、
科学的見地から証明しなければなりません。

科学的見地とは、
誰がいつどこで実験してもおなじ結果が得られること、
つまり再現性のある実験によって、
事実を証明することを言うのです。

茂木健一郎先生は、
脳におけるこの主観の座を、
「不変項ニューロン群」仮説
として提唱されました。

私のつたない理解にすぎませんが、
おそらくは脳の神経回路のなかに、
ノイズの少ない、
他の神経細胞より安定的なニューロン群があり、
それが主観をささえている、
ということだろうと思います。

きのうの自分と今日の自分、
いまの自分と明日の自分が、
安定的に一貫性を持って
持続しているように感じられるためには、
その自分という主観をささえる
安定的なニューロン群が存在するはずである
という仮説です。

これが証明されれば、
世紀のと言うより、むしろ、
人類史上の大発見でしょう。

人類の発生以来、
絶え間なく人類を不安に陥れてきた
主観と客観の問題に、
はじめて強固な橋頭堡が築かれるのです。

私はどこからきて、どこへゆくのか、
私はいま、どこにいるのか、
といった人類の根元的な疑問に答えるための、
科学的根拠が得られるのです。

しかしそれが証明されてもなお、
クオリアへの道は、
まだ遙かであることを、
茂木先生は充分ご承知のことと思います。

このクオリアへの遙かな道を、
茂木先生は、
ご自身の天才という駿馬に乗って、
先駆けているのです。

年頭にあたって、
先生の前途に栄光のあらんことを祈念いたします。


2005年12月23日(金曜日)

プロセス・アイ

カテゴリー: - kawamura @ 13時38分57秒

1月末に、茂木健一郎先生の小説『プロセス・アイ』が発売されます。

クオリアに興味をお持ちの方、心と脳の関係に興味をお持ちの方は、ここをクリックしてください。


2005年11月30日(水曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 08時11分56秒

我らが茂木健一郎先生が、またまたTVに出演されます!
その日、私は愛知学院大学で授業がありますから、必ずビデオ収録して帰ってから拝見します。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
世界一受けたい授業  

気象予報士・武田康男 空の不思議
小宮信夫が指摘! 犯罪の起こる場所r
茂木健一郎 アハ体験ノススメr

NTV系
2005年12月3日(土)19:57〜20:54
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


2005年11月25日(金曜日)

クオリアの降臨する日

カテゴリー: - kawamura @ 09時26分40秒

きょうはクオリアの降臨する日です。
みなさん、茂木健一郎先生の御著作「クオリア降臨」(文芸春秋社)を書店でお買い求め下さい。

いまからNHKが、「河村家住宅」での撮影に来ますので、後刻記事を書きます。


2005年11月21日(月曜日)

究極のセレンディピティ(「脳」整理法(7))

カテゴリー: - kawamura @ 01時23分26秒

朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり、と思って生きてきました。

茂木健一郎先生との出会いによって、その三十年来の疑問のおおくが解決されようとは、思いもよらぬことでした。
昨年から今年にかけて矢継ぎ早に発表された茂木先生の御著作の、すべてを読みました。
とくに「脳内現象」や「脳の中の小さな神々」には、「不変項ニューロン群仮説」や「ホムンクルス仮説」など、茂木先生の緻密に構成された世界観を拝見することができて、衝撃をうけました。

宇宙の存在と脳の存在との相互関係を俯瞰するパースペクティブを掌中にした科学者は、茂木先生をおいて他にないでしょう。

茂木先生が科学とはなれた分野で活躍をされていることに、違和感をもたれるとしたらそれは間違いです。

クオリアの解明には、数世紀に一度のようなパラダイムシフトが必要なのです。
過去の科学の殻に閉じこもっていたのでは、とうていクオリアの謎に到ることはできません。
おそらく茂木先生は、ご自分の価値観を毀して、クオリアに到るあたらしい架け橋の創造を試みておられるものと思います。
科学的手法によって間隙を徐々に埋めてゆくのは大切なことですが、その手法ではクオリアの牙城に到達することはできないように思われます。

思考を反転させ、さらにクオリアの世界へ跳躍するには、あらゆる知の試みが必要なのです。
その離れ業を、同時代に、しかも身近で拝見できるのです。

それこそが私の、究極のセレンディピティでした。

そして今週金曜日、11月25日に、クオリアが降臨するのです。


2005年11月19日(土曜日)

究極のセレンディピティ(「脳」整理法(6))

カテゴリー: - kawamura @ 08時14分15秒

あすは山芋会、みなさまとお話しできるのがたのしみです。

さて、私の究極のセレンディピティは、茂木健一郎先生との出会いであったということを、昨日お話しいたしました。
2000年12月のオフ会以来、なんどかおつき合いをさせていただくうちに、先生はとてもきさくな方だということがわかってまいりました。

やがて昨年の早春に、私がつたない自伝小説を書いたとき、メールでおそるおそる序文のお願いをしたところ、即座にこころよく引きうけてくださいました。
送られてきた序文の内容は、50歳をすぎた私を感涙のよろこびに満たしてくれました。

先生への御礼の返事に「士は己を知るもののために死す」とまで書きました。
大袈裟におもわれるかもしれません。
でも、私はそれまでの三十年間、ひと言も自分が小説を書くことなど他言したことはありませんでした。
それは私の青春の墓標として、すでに塚の底に埋められ、忘れはてたことさえ忘れてしまったはずの死産の子のようなものでした。

天命を知る50歳になって、ふたたび、自分の人生を神の御前に捧げたくなりました。
潔く、天に恥じることなく生きたこころの軌跡を、神に捧げるつもりで書いたのです。
河村家を守る、と時代錯誤の一念に身を投じた私の人生を、茂木先生はわかってくださいました。
かたくなに閉ざした心の扉をあけて、外からあたたかい光を投げかけてくださったのです。

谷間の村に埋もれるつもりの一介の凡夫である私に、過分のお言葉をいただきました。
そのお言葉だけで、私には充分でした。

しかし、さらに究極のセレンディピティはつづくのです。

それは一日おいて、来週の月曜日にお話しします。


2005年11月18日(金曜日)

究極のセレンディピティ(「脳」整理法(5))

カテゴリー: - kawamura @ 08時48分26秒

究極のセレンディピティ、それは茂木健一郎先生との出会いです。

1998年年の5月に、書店でなにげなく手にした一冊の本、「脳とクオリア」に衝撃をうけて、すぐに茂木先生に電話しました。
クオリアという言葉はそのとき初めてしりましたが、それとおなじ概念を、30年以上まえの学生時代から私も考えつづけていたのです。
それが、究極のセレンディピティのはじまりであることを、私はまだ気づいていませんでした。

それからしばらく間をおいて、2000年の6月29日、茂木先生の主催するクオリアMLをインターネットでみつけて、さっそく投稿をはじめました。
その詳細は7月17日の記事をごらんください。
またクオリアMLの記録は、茂木先生のHPにすべておさめられています。

やがてクオリアMLのオフ会が六本木でひらかれたのは、2000年の12月17日でした。

カフェのテーブルにはまだ誰もいませんでしたが、しばらくして、最初に私のななめまえの席についたのが茂木先生でした。
HPでお顔を拝見していたので、すぐにわかったのです。
挨拶をかわしたとき、なにかを集中して考えているふうで、しずかな、ささやくような声で話されました。
それが、茂木先生の最初の印象です。
2000年12月17日の夕刻のことでした。

つづきはまた明日。


2005年11月15日(火曜日)

「脳」整理法(2)

カテゴリー: - kawamura @ 05時57分55秒

セレンディピティについては、「「脳」整理法」の第五章に書かれています。

まえにハイゼンベルグの不確定性原理についてお話ししたように、我らの住むこの蒼い宇宙には偶然しか存在しません。
ちょうど中学三年の数学で習う「無理数」のように、宇宙はどこまで調べても無限に決まることのない姿をしているようにみえます。

しかし私という個人について考えたとき、ここにある一杯の紅茶を飲むのは、私が飲もうとするから飲むので、偶然に飲むのではありません。
私が飲もうと志向するから、必然的に紅茶を飲むのです。

偶然にみちた世界に、私の意志が必然的にかかわろうとするのです。
ここのところを茂木先生はこのように述べられています。

「「行動」、「気づき」、「受容」が、「偶然を必然にする」セレンディピティを高めるために必要なのです」

本来偶然であるはずの無数の出会いのなかから、私たちが、神経を研ぎすませて、幸運との出会いを逃さずキャッチする、そのプロセスが重要であると述べられているように思います。

世界が偶然に支配されていることを冷徹に認識する「世界知」と、個の意志によってそれと必然的にかかわろうとする「生活知」の、ほどよいバランス感覚が、ひとに幸運をもたらしてくれるようです。

明日は、私の身におきたセレンディピティについてお話しします。


2005年11月14日(月曜日)

「脳」整理法

カテゴリー: - kawamura @ 09時28分23秒

一昨日から今朝の四時ころまで、このサイトに接続できなくて、それで13日の日記が書けませんでした。
名古屋の食文化のことなどを書こうと思っていたのですが、すこし気勢がそがれてしまって、きょうは河井先生が管理人のブログで紹介されているセレンディピティのことなどを書こうと思っています。

茂木健一郎先生の本は「脳とクオリア」を1998年に読んで以来、十数冊を読みましたが、この9月に発売された「「脳」整理法」は、そのなかでも屈指の内容であろうと思います。
わかりやすい言葉で、本質を述べられています。
この本は、これから知の世界を志向しようとする若者たちに、ぜひ読んでいただきたいと思います。
いや、すべてのひとに、じっくりと読んでいただくことを切に願います。

仮想としての「世界知」と、私秘的な「生活知」、このふたつの視点を同時にもつことが人間のくるしみの根源であり、ふたつの視座それぞれのちがいを認識して使い分けることこそ、ひとびとを幸福へみちびく道である、と述べられているように思います。

つまり、厳然と存在しつづけるように見える宇宙と、流星のように一瞬の光芒をはなってきえる我らの命と、それらが同時に存在しているようにみえる、その矛盾が、我らのくるしみを生むと教えられているように思います。

私のような理学部で学んだものには、いままでの幾多の哲学書よりも、それらをふまえたうえで、科学者として明快に世界観を築きあげてゆく茂木先生の手法は、長い間待ち望んだものでした。

「脳とクオリア」で、茂木先生の脳科学者としての一端を知ることができます。
このような真の科学研究者が、この宇宙の奥に、あるいは日々の生活の底にひそむ真理を、解きあかしてくれるのです。

(茂木健一郎先生が、先日わが家をたずねてくださったときの記録をごらんになりたい方は、ここをクリックしてください)


2005年11月2日(水曜日)

超・緊急報告!!!

カテゴリー: - kawamura @ 08時39分52秒

我らが茂木健一郎先生が、
NHK総合番組「プロフェッショナル」のキャスターとして1月から登場します!!!

2006年1月から、NHK総合「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、
かの「プロジェクトX」の後継番組として放映されるのです。
そのキャスターとして登場するのです!!!

欣喜雀躍!!

詳細はこちらr
http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/shiryou/soukyoku/2005/10/002.pdf

また茂木先生の新刊本は、
文藝春秋社より、2005年11月25日に『クオリア降臨』が、
12月には、徳間書店から近未来小説『プロセス・アイ』が発売されます。


2005年10月27日(木曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 11時23分26秒

我らが茂木健一郎先生が、またまたNHK教育TVに出演されます。

さらに文藝春秋から11月に「クオリア降臨」が発売され、
12月15日には、徳間書店から小説『プロセス・アイ』が刊行されます。
脳、経済、政治などを絡めた近未来もの、ということで、
いまから待ち遠しくてなりません!

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科学大好き土よう塾 脳科学スペシャルr
2005年10月29日(土)9:15〜9:59
 
 科学大好き土よう塾 
 脳科学スペシャルr
 天才になるにはどうしたらいいの?
 茂木健一郎先生


2005年10月10日(月曜日)

さあ、私にもどろう!

カテゴリー: - kawamura @ 11時06分37秒

本来の私にもどろう、とおもって自宅のソファーにねそべってTVをつけました。
TV画面に、一昨夜、二次会の席でとなりに座っていた可愛い女性が、マイクをもって、イタリアの海洋都市アマルフィにいました。
ああ、彼女はNHKのアナウンサー住吉美紀さんだったんだ、そういえばあのとき茂木先生が「フランスはどうでした?」と彼女に聞いていらっしゃったのは、この「世界遺産イタリア縦断1200キロ」のことだったのかもしれません。

でも、それは私には雲の上のことで、窓のそとにひろがる雑草をどうするか、そのほうがいまの私にとっては問題です。
雉が鳴いています。
このところ雉の声をあまりきかなかったから、雑草のなかから挨拶してきたような、なつかしい気がしました。

あいかわらず脇屋の屋根はおちたままで、なすすべもなく私は雨空を見あげています。


2005年10月9日(日曜日)

続小林秀雄賞贈呈式

カテゴリー: - kawamura @ 09時58分17秒

小林秀雄賞贈呈式のあと、恵比寿でひらかれた二次会にも招かれました。
白州信哉氏のとなりの席でした。

白州信哉氏は、小林秀雄が母方のお祖父様、白州正子が父方のお祖母様です。
小林秀雄も白州正子も、二十代の私が、美、にとりつかれていたころのなつかしい名前です。
私は、「お能」という本ではじめて白州正子を知りました。
白州正子のご主人、白州次郎は、ノーブレス・オブリージュという言葉がまだ生きていた時代の男として有名です。

白洲氏や右どなりのNHKの方たちとお話していると、茂木先生に呼ばれてべつのテーブルに移りました。

なんと、小林秀雄賞選考委員のテーブルでした。
おもわず自分の体が十分の一にちぢんでゆく感じでした。
目のまえに、芥川賞、三島由紀夫賞、川端康成賞、谷崎潤一郎賞を受賞された堀江敏幸氏がしずかに座っていらっしゃいました。
左どなりの関川夏央氏が、熱弁をふるっていらっしゃるようでした。
議論の内容につきましてはお伝えできませんが、私も、酔いにまかせてというか、おそれを知らずにというか、二三回発言させていただきました。

夢から醒めてみれば、汗顔の至りです。
自らの不勉強を恥じ入るばかりです。

それにしても、茂木先生は私のどこを評価してくださったのか、このような晴れがましい席にお招きいただき、多くの著名人の方々ともお話ができましたことを、心から感謝申し上げます。
また、先生のクオリア日記にも、河村隆夫(兜仏研究家)、として載せてくださいました。
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/10/post_1305.html#comments

ただひとつ心残りだったのは、選考委員の養老孟司先生にお会いできなかったことでしょうか。
いつか茂木先生にあつかましくお願いして、今度こそ猛勉強して、養老先生とお話させていただこうと思っています。

二次会は深夜までつづきましたが、茂木先生は、翌朝6:30にはNHK総合おはよう日本に元気に出演していました。

茂木先生、本当に有難うございました。
そして、小林秀雄賞受賞、心からお慶び申し上げます。


2005年10月8日(土曜日)

小林秀雄賞贈呈式

カテゴリー: - kawamura @ 22時46分58秒

昨夜、我らが茂木健一郎先生が、河合隼雄氏(文化庁長官・小林秀雄賞選考委員)から「小林秀雄賞」の記念品を贈呈され、河合氏の選評、茂木先生の受賞者挨拶がつづきました。
そのあと、新潮ドキュメント賞の贈呈式がおこなわれ、選考委員の櫻井よしこさんが選評を述べられました。

式が終わって受賞パーティーがはじまると、茂木先生がとつぜん近づいてこられて、「河村さんこちらへ」と誘われるままにゆくと、初老の紳士に紹介されました。
「この方は、セブンイレブン創業者のおひとりです」と紹介されました。
ただただ恐縮するばかりでした。
御名刺を拝見すると、財団法人岩国育英財団理事長 岩国修一、と書かれていました。

そのあと、新潮社の編集長、編集の方々、小林秀雄のお嬢さまとお孫さんを紹介していただきました。
そのほかにも多くの方々をご紹介していただきました。
茂木先生の奥様には、かるく会釈する機会がありましたが、大変おきれいな方でした。
私には分不相応の受賞式にお招きいただき、茂木先生のご厚情には心から感謝申し上げます。

このあと、二次会にもお誘いいただいたのですが、驚くことばかりの連続でした。
そのお話はまた後日。

(河合隼雄氏や櫻井よしこさん、会場の様子などの写真は、現像したあとでUPします)


2005年10月7日(金曜日)

1007

カテゴリー: - kawamura @ 17時58分21秒

moblog小林秀雄賞贈呈式
会場


1007

カテゴリー: - kawamura @ 15時20分15秒

moblog小林秀雄賞贈呈式
受付


1007

カテゴリー: - kawamura @ 15時18分37秒

moblog小林秀雄賞贈呈式
受付


緊急報告!!!

カテゴリー: - kawamura @ 10時11分33秒

我らが茂木健一郎先生が、NHK全国ニュースに登場します!!!

ぜひ、お見逃しなく!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2005年10月8日(土)
NHK総合 おはよう日本
午前6時30分〜「特集」内で、
「現代人にとっての脳の整理」 茂木健一郎先生

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いまから授賞式に出発します。
私が偉くなったわけではないけれど、わくわくどきどきです。


2005年9月26日(月曜日)

アハ!体験

カテゴリー: - kawamura @ 08時15分06秒

茂木健一郎先生が、先週土曜日、日本テレビの「世界一受けたい授業」に出演されました。
脳科学者としての先生のご研究について、素人の私なりにご紹介させていただこうと思います。

茂木先生は、東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了し理学博士を取得され、その後、理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、現在ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院客員助教授(脳科学、認知科学)、東京芸術大学非常勤講師(美術解剖学)、その他、東京大学、大阪大学、早稲田大学、聖心女子大学などの非常勤講師もつとめていらっしゃいます。

主な著書に、『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『生きて死ぬ私』(徳間書店)、『心を生みだす脳のシステム』(NHK出版)、『意識とはなにか–<私>を生成する脳』(ちくま新書)、『脳内現象』(NHK出版)、『脳と仮想』(新潮社)、『脳と創造性』(PHP研究所)、『スルメを見てイカがわかるか!』(角川書店、養老孟司氏との共著)、『脳の中の小さな神々』(柏書房、歌田明宏氏との共著)、『「脳」整理法』(ちくま新書)、The Future of Learning(共著)、Understanding Representation(共著)があります。

また、『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞されたことは、先日このブログでもご紹介いたしました。

さて、先生のご専門は脳科学、認知科学で、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究されるとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいらっしゃいます。

この「クオリア」という概念が、どのようなものなのかを、私の力のおよぶかぎり、ご説明させていただこうと思います。
連載の形式で、明日からすこしずつ書いてみようと思います。
ご興味がおありの方は、ぜひご覧ください。


2005年9月22日(木曜日)

「小林秀雄賞」贈呈式招待状!!!

カテゴリー: - kawamura @ 09時00分41秒

新潮社から、「第四回小林秀雄賞」贈呈式・祝賀パーティー招待状が届きました。

先生、ご招待ありがとうございます。
一昨日のメールで、先生も毎日このブログをごらんになるということですから、あらためて、「小林秀雄賞」の受賞を心からお喜び申し上げます。

茂木健一郎先生に、またお会いできます。
いまから有頂天になって、着てゆく服のこと、先生以外には知人がいないから壁の花になるのだろうかと心配しています。(壁の花ではない、壁のシミだ、と諸兄にいわれそうですが)
茂木先生が懇意になさっている超有名人におあいしても、おくびょうな私のことですから、カメラにおさめるのが精一杯だろうと思います。

後日、贈呈式の様子をご報告いたします。


2005年9月21日(水曜日)

茂木健一郎先生

カテゴリー: - kawamura @ 08時38分29秒

茂木先生のご活躍には、眼を見張るものがあります。

『「脳」整理法』(ちくま新書)も9月5日発売で一週間後には3刷、現在は4刷、5万五千部、とさらに増刷されるでしょう。飛ぶような売れゆきです。
ひとびとの、「脳」への関心の高さをあらわしています。

先生のご専門は脳科学で、「脳とクオリア」(日経サイエンス)を読むと、その先駆的な研究が、われわれの未来を照らしていることに驚かされます。
いま、時代の寵児として脚光をあびる先生のお姿は才能の一面にすぎず、その裏には、「両眼視野闘争」に代表される先進的研究を、科学的、哲学的に深めてゆく新世代の旗手としての苦悩があるのです。

先日お会いしたとき、「クオリアの概念を理解できないひとがいる」とこぼしていらっしゃいました。
クオリアを理解することと人生を理解することとは同義語である、と考えている私は、思わず「それは気にする必要もないでしょう」と答えました。
先生をとりまく一流人のなかにさえ、そのような感性の欠けたひとがいるとは、先生のご苦労も並々ならぬものがあるのでしょう。

東大、ケンブリッジ大、理化学研究所、ソニー・コンピューターサイエンス研究所、と先生の歩まれた長い研究期間に書かれた多くの論文を、ひとは知ることなく、TVの先生を見るのでしょうか。

人の意識を生む脳の研究は、21世紀の最も重要な研究テーマになることはまちがいありません。


緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 08時22分26秒

我らが茂木健一郎先生が、今週土曜日、午後と夜の二回、TV出演されます!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本テレビ系列r
世界一受けたい授業! 僕の先生はフィーバースペシャルr
2005年9月24日(土)午後1時30分〜2時30分

日本テレビ系列 「世界一受けたい授業」
2時間スペシャルr
2005年9月24日(土)午後7時〜8時54分
4時限目 茂木健一郎
(アハ! 体験)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2005年9月17日(土曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 10時48分16秒

我らが茂木健一郎先生が、明日もTV出演します!

いまどき! ごはんr
テレビ朝日系列r
2005年9月18日(日)18:00〜18:30
「いまどき! ごはん」
小倉智昭、柴田理恵、梅沢由香里、茂木健一郎

昨夜は、NHK教育テレビ「視点・論点」に夜10:50から出演されて、「小林秀雄に学ぶ話し言葉の魅力」について10分間お話しになりました。
「小林秀雄賞」を受賞されたばかりですから、感慨深いものがおありだったと思います。


2005年9月7日(水曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 09時27分38秒

我らが茂木健一郎先生が、「小林秀雄賞」を受賞されました!!!

茂木先生は小林秀雄をたいへん尊敬していらっしゃって、先生にとっても、最高に悦ばしいことだったのだろうと思います。

これから、先生は数多くの賞をおとりになるのでしょうけれども、その先駆けとしての「小林秀雄賞」は、とても幸先のいいものと思います。

クオリア日記」をご覧になっているかたは、先生の超多忙ぶりをご存知でしょう。
6月6日に、そのあいまをぬって「御林守河村家」をごらんになり、5時間半にわたって先生を独占できたことは、私にとってまれにみる幸運なことでした!!!

「脳」整理法』(筑摩書房)も発売開始されましたし、
またまた「世界一受けたい授業」にも出演されるようです。

どうぞみなさまも、先生のご活躍にご期待ください!!!

茂木先生、何卒お身体にご留意されますようお願い申し上げます。


2005年8月6日(土曜日)

「和楽」(小学館)

「和楽」九月号が小学館から送られてきました。
茂木健一郎先生の「漆には、日本文化のクオリアが潜んでいる」と題された文章が掲載されているのです。
「和楽」162頁から、原文をほんの一部だけ転載させていただきます。

*****************************************r

最近、静岡の山里の旧家に住む知人の家を訪れた時も、漆についての発見があった。「御林守」という役職を代々受け継いできたその知人は、十五代伝わるというその刀をみせてくれた。鞘の細工が、黒の漆だった。一目見て、私はその何とも言えない質感に魅せられてしまった。木が素材に相違ないが、その成り立ちを超えて、精神の宇宙のなかに浮遊してしまっている。現代のプラスティック加工技術が別のルートから到達したような、形と色の自由空間の中にくっきりとその姿がある。

茂木さんが静岡の旧家で出合った短刀。
黒漆の質感に注目。写真/河村隆夫

*****************************************r

以上が原文のほんの一部です。
(つづいて、輪島への取材記が6頁ほど掲載されています)

6月6日、奇しくもご先祖さまの命日に、先生は「御林守河村家」におみえになりました。
その日の記録は、先生の「クオリア日記」では「時の流れが目に見えること」、私のブログでは「時間が見える」と題されています。

私のそれは、5時間30分ほど先生を独占した幸運の記録です。
その日、居間で、短刀や「冑佛」などをごらんになったとき、漆の質感にずいぶんご興味がおありだとおどろいた記憶がございます。

それがこのような文章になってあらわれてくるとは、夢にも思わぬことでした。


2005年7月17日(日曜日)

「脳とクオリア」

カテゴリー: - kawamura @ 00時06分53秒

もう、すべてをお話ししましょう。

以下は、2000年の6月29日に、茂木健一郎先生の主催するメーリング・リストにはじめて投稿したメールです。

******************************************r

デジタル文明の終焉(1) 投稿者:河村隆夫 投稿日:06月29日(木)09時43分06秒

 はじめまして、河村と申します。実は、一年ほど前に茂木さんの「脳とクオリア」を拝読して、あまりの驚きに、直接お電話を差し上げたことがございます。
 お忘れでしょうか?
 私は、30年ほど前、学生時代から、茂木さんのいわゆる、クオリアについて考えつづけている市井の一凡人です。
 20歳のころ、私は大学の理学部の学生でしたが、最初の私の疑問は「青は何処から来るのか?」でした。
 以来30年間、その問題を、多くの大学の先生や、知人、教養人に問いかけてきましたが、だれひとり納得のいく答えを与えてはくれませんでした。
 悩み果てた20代の後半に、私はある結論に達しました。

******************************************r
このメールが、すべてのはじまりでした。
その後、メーリング・リストのなかで、どのような意見のやりとりがあったのか、お知りになりたい方は、ここをクリックしてください。


2005年7月16日(土曜日)

プリンストン高等研究所

カテゴリー: - kawamura @ 00時01分21秒

クオリア日記」を読んでいて、プリンストン高等研究所の名前が目にとまりました。
鳥肌がたち、しばらくして、ふかいため息をつきました。

プリンストン高等研究所、その名は、科学を志したことのあるものにとって、神々のすむ楽園を意味します。
若年の日であれば、その名をきいただけで、からだは小刻みにふるえ、涙をこぼしたかもしれません。
それほど、プリンストン高等研究所、この言葉のひびきは、私にとって特別な聖地をおもわせます。

かのアルバート・アインシュタイン、数学の天才ゲーデル、コンピューターの創造者フォン・ノイマン、数えあげればきりがありません。
かれらはみな、超人的な業績をあげたあと、はじめてこの研究所に一室をあたえられたのです。

その研究所から、「心の解明」プロジェクトのためでしょうか、Piet Hut氏が、茂木健一郎先生を訪れました。
先生にはそれが日常なのでしょうけれども、このつぎお会いしたときには、まっ先にこのPiet Hut氏との対話のことを、茂木先生に聞いてみようと思っています。

科学や文学への夢を若き日にすてた私にとって、「クオリア日記」は、科学の息吹が身近に感じられる魔法の扉のようです。

今日の夜7時57分から、日本テレビ系列の「世界一受けたい授業」で、茂木先生にお会いできます。

日本テレビ系列 世界一受けたい授業
7月16日(土) 午後7時57分〜8時54分

3時限目
茂木健一郎 先生
『最先端脳科学が解き明かした頭を良くする方法!
 茂木健一郎先生の“アハ体験のススメ”』


2005年7月15日(金曜日)

緊急報告!!

カテゴリー: - kawamura @ 10時54分05秒

我らが茂木健一郎先生が、
今週土曜日、7月16日午後7:57から、
静岡第一テレビ「世界一受けたい授業」に出演されます!!!

茂木健一郎先生は、6月6日に「御林守河村家住宅」に御来訪くださいまして、約5時間半の有意義な時間を先生とともに過ごさせていただきました。
その記録は私のブログにも書きましたが、茂木先生の「クオリア日記」にも、くわしく書かれています。

また、先生は、拙著「蒼天のクオリア」の序文を書いてくださいました。

今回のテレビ出演につきましては、以下、「クオリア日記」より転載させていただきます。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

世界一受けたい授業 7月16日放送r
日本テレビ系列 世界一受けたい授業
7月16日(土) 午後7時57分〜8時54分

3時限目
茂木健一郎 先生
『最先端脳科学が解き明かした頭を良くする方法!
 茂木健一郎先生の“アハ体験のススメ”』
http://www.ntv.co.jp/sekaju/

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

みなさま、ぜひぜひ、ご覧ください!!!


2005年6月7日(火曜日)

時間が見える

カテゴリー: - kawamura @ 05時21分51秒

茂木健一郎氏は、磐田で講演をされたあと、午後4:40に金谷駅到着、牧ノ原台地をすこしご覧になり、坂道から、大井川の両岸にひろがる島田市を眺望して、午後5:00には河村家住宅に到着されました。
河村家をとりまく風景を背景に。中央奥にわずかに白くみえるのが河村家住宅の屋根。

さきに廃園のようすをご覧になりました。

そのあと河村家住宅の仏間に端座されているところ。

奥座敷天井の武者張りをご覧になっているところ。

曾祖父河村宗平の絵に見入っているところ。
宗平は、明治中期に、愛媛県の製茶研究所や、京都大阪奈良三重滋賀二府三県製茶研究所に、緑茶教師として招聘されるなど、他県に静岡茶の製法などをひろめました。その功績で、県知事直属の茶業監督員を拝命し、大正末年までつとめました。

縁側の馬蹄をご覧になっているところ。

坪庭(前庭)の銀木犀を背に。
三年前までは、氏のすぐ背後には、門のある塀がたっていました。
復元には多額の資金が必要、と旧金谷町教委から知らされ、すべて私の個人負担とのことで、そのままになっています。

拙宅でおくつろぎのところ。先生のうしろにある本は、ほとんど先生の御著書。
サインをいただくのを失念。つぎの機会にはかならずいただこうと思います。

その後、河村家住宅のある谷間を離れて、食事をしながらさまざまのお話をさせていただきました。最後の二十分ほど、氏は半眠状態のごようすでした。ご講演のあとのお疲れの時間を、約五時間半にわたって、私のような凡夫に気さくにおつきあいくださり、深謝致しております。

雑草が生い、苔むす河村家の風情には、時間が見える。ながい時間のながれが見える。それが歴史というものなのだろう。
茂木健一郎氏のそのお言葉が、印象深いものでした。

「茂木健一郎 クオリア日記」に記事が掲載されています。


2005年6月6日(月曜日)

茂木健一郎氏御来訪

カテゴリー: - kawamura @ 08時23分57秒

今日の午後、脳科学者の茂木健一郎氏が拙宅にお見えになります。

茂木氏は、1997年に出版された「脳とクオリア」(日経サイエンス社)で脳科学者としての衝撃的なデビューをされました。
この一年間では、「脳内現象」(NHKブックス)、「脳の中の小さな神々」(柏書房)、「脳と仮想」(新潮社)などを出版され、また、「文学界」、「読売ウィークリー」、NHKテレビ出演等々、多方面でご活躍中です。
BLOG「茂木健一郎 クオリア日記」では、先生の日々の思索の軌跡をかいま見ることもできます。

そしてなにより、拙著「蒼天のクオリア」の序文を書いてくださいました。数年前に、クオリアMLのオフ会でお会いして以来のおつき合いです。

「河村家住宅」は、塀が倒れ、脇屋の屋根が落ち、庭の草はのびほうだい、その荒れはてた姿に、先生は落胆されるかもしれません。
しかしこれが、文化財の現実で、その惨状を見ていただくのもたいせつなことかもしれません。

先生がおみえになるのは夕暮れ時ですから、残照の谷間の風景をたのしんでいただけたらとおもっています。


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