メインメニュー
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録

2009年5月2日(土曜日)

etude67

カテゴリー: - kawamura @ 08時57分10秒

文久三年(1863)、
遣仏使節団正使の池田筑後守は二十七歳、
渡仏前は攘夷論者でしたが、
一転、急進的な開国論者となって帰朝しました。

3月10日にマルセイユに着いたとき、
その壮麗な街並みを遠望して、
ただただその文明の格差に呆然とし、
使節団はみな感涙にくれたのでした。

つづきはこちらへ・・・
http://ohayashimorikawamurake.at.webry.info/200905/article_2.html


コメント

このコメントのRSS

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメントの投稿

改行や段落は自動です
URLとメールアドレスは自動的にリンクされますので、<a>タグは不要です。
以下のHTMLタグが使用可能です。
<a href="" title="" rel=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <br> <code> <em> <i> <strike> <strong>


ご注意 : セッティングにより、コメント投稿から実際に閲覧できるようになるまで暫く時間が掛かる場合があります。 再投稿の必要はありませんので、表示されるまでお待ち下さい。

13 queries. 0.050 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress