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2005年11月29日(火曜日)

文化財(6)

カテゴリー: - kawamura @ 07時08分05秒

江戸時代は、どうも巷間流布されているように過酷な時代ではなく、もっと自由でゆたかな時代だったようです。
士農工商という概念も、もともと江戸時代では一般的ではなく、明治維新を正当化するために明治期になって流布されたもので、江戸時代があたかも階級的に硬直化し明治維新は起こるべくしておきた、とするための明治政府のプロパガンダでもあったようです。

どうも、明治維新前とそのあとでは、おおきく日本の様子が変化したように思います。

たとえば鎌倉幕府が平安末期の混乱に乗じて勢力を得た東国武士の、自然発生的な武力革命によって誕生したのとはちがって、明治維新は、外国の脅威から日本国を守るために”天皇制”という新たなドグマを創造して政権交代をした、というところに特徴があるようにおもいます。

ドグマというのは、たとえばロシア革命によって創造された共産主義というドグマも、70年しかもちませんでした。
ひとびとはあたらしく咲いた造花の夢に酔って、一時期は興奮し国威も発揚されるのでしょうが、それは所詮架空のドグマにすぎないのであって、やがて色あせ、破綻します。

日清日露と連勝し、やがて”天皇制”というドグマのもとに発生した「統帥権」が、日本軍を破滅にみちびくのです。

話がそれてしまいました。
本当はもっとこのへんを語りたいのですが、文化財というテーマからかけはなれてしまいますのでここまでにしましょう。

あしたは、江戸時代の御林守河村市平から説きおこします。


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