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2005年12月6日(火曜日)

文化財(11)

カテゴリー: - kawamura @ 08時24分06秒

不在地主を、寄生地主とよぶことがあるようです。
この禍々しい呼びかたには、戦後の左傾化した研究者たちの怨念が感じられます。

たしかに安藤昌益をまつまでもなく、江戸末期には東北地方まで貨幣経済がひろがり、借金のかたに土地をとりあげられて、地主と小作人という関係をはるかにこえた悲惨な状況を呈していた地域があることは確かです。
静岡県ではそれはほとんど無縁のことで、とくに現在の島田市にあたる天領は東海道一の難所とされた大井川の両岸にあって、川止めのときなどには、西国の大名や松尾芭蕉のような文化人が長逗留するなど、江戸の初期から貨幣経済に親しんだ土地柄でしたから、安藤昌益のみた地獄はこの地には無縁でした。

たしかに大代村の地主のなかにも、借金のかたに土地を取りあげてふくれ上がった地主もいたようですが、それはめずらしいことで、静岡のように気候にめぐまれた豊かな土地では、努力しだいで換金作物も多くとれ、作物の市場として東海道一の宿場町が大井川両岸にひかえていたのですから、借金の返済も東北地方などにくらべれば比較的容易だったのでしょう。

地主が小作人を搾取する、といったステレオタイプの見方は、すくなくともこの地においては無縁のことだったようです。
それでもそのような印象がひとびとの脳裡にのこるのは、おそらく日本列島の北半分を手にいれようとして果たせなかったソ連邦の、共産主義思想化勢力が、教育界などに浸潤していたためだろうと思います。

マルクスの『資本論』をお題目のように唱える共産主義の御本家ソビエト連邦は、すでにこの世にはありません。

つづきはまた明日。


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