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2005年12月8日(木曜日)

文化財(13)

カテゴリー: - kawamura @ 10時28分42秒

中部大学からの帰りの新幹線で、めずらしく歴史の話に花が咲きました。
その若い仲間は古代から中世までの政治史が専門でしたが、私が明治維新の特異性について言及すると、それは斬新な新説ですね、とおどろいていました。

12月2日のブログに書いた「明治維新の採用した天皇制は、志士たちがえがいた王政復古という観念の産物で、歴史的必然性のなかから生まれたものではない」というものです。
もとより私は歴史の素人ですので、これを立証するためにはたくさんの文献にあたらねばなりませんが、それは老後のたのしみとして、ひとまずここでは直感的にそう感じたということにしておきましょう。

さて、昨日はおふたりからコメントをいただき、それぞれの興味深い内容に感謝いたしております。

kawaiさまの、それぞれの見解は多面体の一面にすぎずどの説にも一理ある、というお話しはもっともで、以前私が、史実は存在しない、と言い切ったこととつながるように思います。

歴史の巨大なダイヤモンドの一面をみて、青く光っている、という人もいれば、べつの一面をみて、赤く光っている、という人もいるように、歴史の切り口によってそれぞれ違う史実が見えるのですから、日本はその歴史を青と言い中国が赤と言うことなどじゅうぶんに起きうることです。
神の視点に立てる人はいませんので、神の眼で見た客観的な史実など存在しえません。
そういう意味で、kawaiさまのご意見に私も賛成です。

makkyさまのお書きになった梅棹忠夫の「江戸時代の封建制は、ドイツの連邦制のようなもので、契約にもとづく社会制度であり、圧制的でも後進的でもなく、優れた制度であった」という言葉も私が待ち望んだものでした。
どうも人口に膾炙される江戸時代の姿が、それこそ一面的なゆがんだかたちでしか伝えられていないことに不満がありましたが、戦後六十年を経てようやく共産主義思想も色あせてきて、これからゆっくりとあたらしい歴史観が創造されてゆくように思います。

ドグマの度の強い色眼鏡で見た歴史観ではなく、しかしそれをも否定せずすべてをバランスよくとりいれた歴史観がひとびとに広まることを期待します。

つづきはまた明日。


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