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2006年2月26日(日曜日)

古文書

カテゴリー: - kawamura @ 05時33分36秒

「御林守河村家」に残されている古文書は、
近世文書(江戸時代)526点、
近現代文書(明治以降)2942点の、
約3500点です。

平成元年頃から
静岡大学人文学部長の本多隆成教授が、
旧金谷町を悉皆調査し、
「金谷町所在文書目録」を作成されたのです。

その第3集に
「河村隆夫家文書」が収められています。

なぜ河村<隆夫>家なのか
と申しますと、
旧金谷町に残された古文書には、
河村<俊>家文書、
河村<正一>家文書、
と三軒の河村家文書があるからです。

河村<俊>家は、
先祖が
武田・徳川の攻防の際に
徳川家康を助けて大井川の瀬踏みを案内した
河村弥七郎で、
田中城(藤枝市)攻めに功を立てた褒美として
金谷柏屋・島田柏屋屋敷を与えられて、
本陣柏屋、
また近隣十数ヵ村を束ねる大名主となりました。

河村<正一>家は、
本陣柏屋河村家の分家筋で、
金谷宿問屋を務めました。

旧金谷町にはそのように
三軒の河村家文書が残されているものですから、
わが家の古文書は
河村<隆夫>家文書、
と名づけられたのです。

(この三軒が、
以前お話しした、たいへんめずらしい
「丸に違い箸」の家紋をつかっているのです)

これらの古文書を完全に解読して、
のちの研究者のために
データベースをつくっておきたいとは
思うのですが、
古文書の解読には技術が必要で、
それを勉強してからとなると
相当の年月が必要です。

一時期すこしだけ学んだのですが、
生来の飽き性ですから、
2年と経たないうちに
やめてしまいました。

あと数年して
塾の仕事が一段落したあと、
古文書の解読に
ゆっくりととりかかろうと思っています。
「河村隆夫家文書」の目録が収録されています。


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