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2006年3月29日(水曜日)

藤本鞍斎会長

カテゴリー: - kawamura @ 08時19分51秒

(社)日本甲冑武具研究保存会の現会長が
藤本鞍斎先生です。

藤本会長のご本名は藤本巌ですが、
ふだんは雅号で通していらっしゃいます。

鞍斎という雅号のあらわすように
藤本会長は「鞍」の研究の第一人者です。

一昨年の暮れに
藤本会長からお電話がありまして、
遠州森町に遺構の残されている
「天方城址」をご一緒に見てまいりました。

司馬遼太郎の
小説の冒頭にもありましたように、
北条早雲が伊勢新九郎を名のっていたころの、
鞍をつくるシーンから
その小説ははじまったように記憶していますが、
はるか記憶の彼方のことですから
記憶ちがいかもしれません。

ともあれ、
伊勢家は鞍造りの名家であったようで、
その伊勢流の鞍が、
天方氏につたわっていたという
お話しだったと思います。

その日藤本会長は
午後1時ころでしたでしょうか、
新幹線掛川駅で降りられて、
そこから私が車でご案内したのです。

森町の役場で
地方史家の方のご住所などをおたずねして、
(その方のお名前はしらべればわかるのですが)
お宅にむかいました。

いろいろたずね歩いて
ようやくその方のお宅にたどりつきました。

藤本先生が前もってご連絡されていたようでしたが、
最初は座敷に通していただけませんで、
応接でしばらく自己紹介をさせていただいたように思います。

そのとき藤本会長が
「日本経済新聞文化欄」の切り抜きをご用意されていて、
私のことを説明して下さいました。

というのも、そのお宅へおたずねする直前の、
平成16年11月17日の日経新聞文化欄に
「兜に秘める伝説の小仏」と題した私の記事が
7段ぬきで掲載されていたからです。

ようやく座敷に通されて
天方氏のことについて
藤本会長と地方史家とのあいだで
お話しがつづきました。

私はそれを記録にとどめる役で、
はじめてお聞きする名前ばかりでしたが
いちいちそれを聞くわけにもいかず、
記録するのにたいへん難儀いたしました。

おそらく誤字だらけだったのだろうと思います。
それでも藤本会長はいつも笑みを絶やさぬ方ですから、
なにもおっしゃいませんでした。
お宅に帰られてから、
解読不能で苦しまれたのかもしれません。

その後
地方史家のお車で天方城址にむかいました。
城址は公園化していて
城山の頂上まで車で行くことができました。

縄張りや歴史などにつきましては、
郷土出版社が出している
「図説 遠江の城」に詳述されています。

私にとっては
はじめて『冑佛考』を世に出すときに
お力添えくださった藤本会長への恩返しが、
すこしははたされたのかもしれないと思うだけで
満足でした。

(あすも藤本会長のお話しをつづけます)


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