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2006年3月30日(木曜日)

藤本鞍斎会長(2)

カテゴリー: - kawamura @ 08時05分18秒

平成十一年に
藤本会長が文化庁長官賞を受賞されたとき、
祝賀会が目黒の雅叙園でひらかれました。

各界のお歴々がいならぶなかに、
私が招待されたのは
思ってもみない光栄なことでした。

その数年まえ、
平成六年の秋だったと思いますが、
『続冑佛考』の校正のために
会長のお宅にうかがったときのことを
思いだします。

世田谷区経堂の
会長の邸宅の居間に通されて、
校正が終わったときのことでした。

『吾妻鏡』の、
いまの神奈川県山北町にある
河村城主秀高の嫡男義秀に話がおよび、
義秀の弟千鶴丸が頼朝の御前で
元服するシーンについてお話ししていたときでした。

加冠の儀に、千鶴丸の烏帽子親をつとめたのが
加々美次郎長清だったのです。

加々美次郎長清は、
のちの小笠原長清のことで、
甲斐武田氏の始祖にあたります。

藤本鞍斎会長のご先祖は甲斐武田氏ですから、
河村氏の末裔である私が
ふたたび永い輪廻の果てに、
烏帽子親である加々美次郎長清の
御子孫にお会いできたのです。

ちょうどそのとき
お茶菓子をもってこられた会長の奥さまは、
「はあ。そうなんでございますか」
とあきれかえっていらっしゃいました。

はたからみれば、
なんのことかと思われるかもしれませんが、
私たち当人にとっては
じつに感慨深いものでした。

遠い縁にむすばれていたものとみえて、
いまでも藤本会長とは
たいへんご懇意にさせていただいております。

藤本会長は、
毎年正月の武道館でひらかれる
鏡開きの総指揮をとられているのですが、
40年ほどまえの鏡開きの
驚くべき写真が会長の居間にかけられています。

大将の姿で椅子に座っているのが、
三島由紀夫なのです。

壮絶な割腹自殺をとげた三島の
純粋な顔がうつっています。


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