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2008年3月18日(火曜日)

文化財と梅

カテゴリー: - kawamura @ 07時16分08秒

私の家は、「御林守河村家住宅」として、
島田市有形文化財に指定されています。

最近、この文化財とその周辺の河村家所有地を
買い取りたいという話がありました。

そのとき、これはほんの一瞬なのですが、
体が軽くなって、幸せな気分につつまれました。

それは刹那のことですが、
歴史の重圧から解きはなたれるという幸福感が
私をやさしくつつんだのです。

歴史や土地に縛られず
自由に生きることができる、
それは、とても魅力的な誘惑でした。

しかししばらくして私は思いました。

歴史に縛られずとも、
自分の土地に縛られて生きる人はいるはずです。

あるいは会社や、
家族に縛られている人もいるでしょう。

たとえそれらに縛られなくても
自分の身体から逃れることはできません。

誰しも、
なにかしらに縛られて生きているのだ
そう思い至ったとき、
私はむしろこの運命を受け入れようと決めました。

その申し入れは相当な額でしたが、
私は断りました。

ちょうど500年前、
永正2年(1505)に、祖先夫婦はともに戦死し、
天文七年(1538)に、二代目の助二郎が
大宝神社に鰐口を寄進したことを思いおこしたのです。

この地を守るべし、と祖先の声が聞こえるようでした。

この脈々と続いた家を守ることにも
なにかしらの意味があるはずです。

この家と土地を売却したら、
もう取り戻すことは不可能でしょう。

一度失われたものは、二度と還ってこないのです。

たしかにいまは
文化財とその周辺を維持することは
経済的に困難です。

しかしそのとき、
すべてを知ろしめす神がいるかのように、
救いの手が全国からさしのべられました。

それは、茂木健一郎先生のお力によって
もたらされたものでした。

まさかそれに、
梅が役立つとは夢にも思いませんでした。

この25年間、
100本をこえる梅の木は、
むなしく実を実らせて、
その実はすべて大地に還っていきました。

毎年毎年のことでした。

ですから、この25年間、
梅園に落ちた梅の実を積み重ねてみれば、
数十センチにもなるでしょう。

25年間、一度も農薬を使うことなく、
刈り取られた雑草も
すべて梅園の土地に還っていきました。

こうして、はからずも
「完全無農薬・御林守の梅」が出来上がったのです。

昨日もまた、
梅の木オーナー制度
多くの方からのお申し込みがありました。

心から感謝申し上げるとともに、
文化財維持の責任を痛感しています。

茂木先生、
そしてお申し込みいただいた多くの皆様
本当に有難うございました。


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