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2008年4月9日(水曜日)

リラの薫る街を

私の仕事場の階下に、BOOKS ZENという本屋があります。

ほとんど毎日顔を出していますが、
先日、「ちくま日本文学」の文庫版を3冊買ったとき、
ZENさんが

「ハードカバーで以前買われていると思いますよ」

私はそれに応えて

「昔の本は全部売ってしまいましたから」

「勿体ないことをしましたね。
 貴重な本もあったんでしょうに」

これは横にいた奥さんの言葉です。

そうなんです、
いまにして思えば勿体ないことをしたのかもしれません。

当時の蔵書でいま手元に残っているのは
わずか50冊ほどしかありません。

還暦ちかい今の私よりは少ないのでしょうけれど、
それでも当時の私は学生にしては大量の蔵書をかかえていました。

当時というのは、40年ほど前のことです。

ちょうどそのころは安部公房が新刊を出していたころで、
公房の初版本はほとんどもっていました。

べつに初版を集めていたというわけではなく、
たまたま同時代だったというにすぎません。

しかし、
大学に残って研究をつづける道をあきらめたとき、
それは大学4年の春でしたが、
私は蔵書のすべてを古本屋に売ってしまいました。

文学の痕跡を絶とうと思ったのです。

理学部の学生でありながら小説を書いて
新聞や雑誌に名前が出ていたことなど、
無かったことにしようと思ったのです。

未練を残せば、
必ずそれが重荷となって
いつかしらふたたび私を深海へ引きずりこむでしょう。

文学や哲学の深さは
それを成り立たせている言語の意味論にも似て、
不立文字の真相に
あえて言葉の蟷螂の斧をかざすというふうな
無間地獄の様相をしめしているのです。

しかし今でも、
そこが核心であるのだろうと思っています。

真剣をかざして
命がけで立ち向かった者にしかわかりません。

そこへ至る道は、
それ以外に無かろうと今でも確信しているのです。

さて、大学4年の私が、
本を売って手にした金は
すべてワインに消えました。

それもどうしたことか、赤ワインでした。

赤ワインの渋みが必要でした。

粋な香りのする白の軽さより、
二日酔いに苦しむ赤のアクのつよさが
そのころの私には必要でした。

五月の休日のころ
リラの薫る街を
ワインに酔いしれて彷徨いました。

フェステル・ド・クーランジュの
「古代都市」なんかを片手に
大通り公園のベンチに座って
春の空をながめていました。

しかし、
以前にもこのブログで書いたことですが、
大学卒業このかた、
私は一言も文学の話をしないで生きてきました。

正確に言うと
蒼天のクオリア』を上梓するまで、
若き日の私が文学的評価を受けていたことなど
だれにも話したことはありませんでした。

しかし40代の半ばになって、
冑佛との出会いを契機に、
固く閉ざしたはずの文学の扉が
ゆっくりと開きはじめたのです。


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