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2005年7月25日(月曜日)

「御林守河村家」の歴史

カテゴリー: - kawamura @ 00時00分29秒

歴史を、というkawai先生のコメントがございましたので、歴史についてどのように書きつづってゆくのかを、すこし考えてみたいと思います。

「御林守河村家」の歴史は、大別して、四区分できるとおもいます。

一、平安末期〜室町末期・・・河村姓の発祥(平安末期)、大代河村氏の誕生(室町期)
二、戦国期 〜江戸末期・・・大寶神社鰐口、大代村名主から御林守河村家
三、明治維新〜終戦  ・・・河村宗平 (茶業、静岡県製茶監督員)
              河村小次郎(教育、小学校校長・教育委員長)
              河村勝弘 (軍事、中支派遣軍第十三軍司令部参謀部)
四、農地改革以降   ・・・父勝弘から私への「御林守河村家」衰退の記録

じつは、平安末期から室町末期にかけての歴史は、十年の歳月をかけて「遠江河村荘と河村氏」と題するおよそ二万五千文字ほどの拙文にまとめたものを、金谷町史編纂の先生がたにはお読みいただいて、「金谷町史」通史編本編の参考文献にも採用されています。
またその一部は、現在刊行予定の拙著のなかにも記載されておりまして、それが発刊されてからお読みいただくというのはいかがでしょうか。
「遠江河村荘と河村氏」も、いずれ発表しようと思っておりますので。

したがって、区分一、につきましては、そのさわりだけを、おりにふれてご披露することになると思います。

さて、そういたしますと、二〜四のいずれかの歴史になりますから、以下、思いつくままに項目を列挙いたしますので、みなさまがお読みになりたい項目がございましたら、恐縮ではございますが、コメント欄にご記入いただけたらと思います。

1.大寶神社鰐口と河村助次良 2.今川家家臣河井宗忠と河村宗心(祖先) 3.龍燈山法昌院と普門山安養寺と深澤山長松院 4.名主河村市平と御林守河村市平 5.御林 6.御用炭 7.製茶監督員河村宗平 8.教育者河村小次郎 9.中支派遣軍第十三軍司令部参謀部と河村勝弘 10.農地改革と河村家の衰退r

まことにお手数をおかけいたします。
以上の項目からご希望のものをおえらびいただき、コメント欄にご記入をお願いいたします。
なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。頓首、頓首。 
7/22yfujita氏「石垣が埋もれているように見えるのですが?」
石垣の下に、深い水路が掘られているのです。
道路からみると、石垣の下三分の一ほどが、堤防に隠れてしまうのです。


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