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2008年5月22日(木曜日)

郡中議定(1819)その2

カテゴリー: - kawamura @ 08時10分33秒

昨日に引きつづき、
金谷町史通史編本編より抜萃します。

********************

惣代の者たちは、
先の河村家や鈴木家のように一村の村役人というだけでなく、
地域における用水組合や行政的な管理の面で
きわめて横断的な活動を展開し、
小地域の顔となるような存在であった。

彼らは経済的な土台もしっかりしていたが、
そうした者たちが七郡八九五か村の代表として参会し、
より大きな地域の利害をめぐって協議したのである。

この議定は、
文政二年七月に公儀から物価抑制の触れが出され、
これに呼応する形で同年九月に
一郡もしくは半郡単位での小規模な枠組みで郡中議定がなされた
(城東郡のうちの四一か村が集結して議定が行われ、
 二二項目にわたる物価下直への対応策が申し合わされた)後、
そうした経験の積み上げと総括のなかで、
翌十月に締結されたものである。

議定最期の締結文言には、
「今度天竜川より大井川界までの者が集まって
 相談し決定した以上は、
 違約のないようにしなければならない。
 何か問題が起きたときには、
 惣代の者たちに回状を送り早速参会する」
と記されている。

つまり、違約出来の状況に対して迅速な対応が準備されており、
こうした郡中議定が臨時的なものではなく、
一定のつながりの上に
恒常的に組織されていたものであることが理解される。

近世後期には、
遠州の東部・中部は既に
社会的・経済的かつ「行政」的に
一つの地域として認識されており、
それを運営する地域の「代表」として
郡中惣代らが集結し、
地域の方針を立てていたのである。

(金谷町史通史編本編 題3編 近世 p426・427)

(つづく)

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


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