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2008年5月21日(水曜日)

郡中議定(1819)

カテゴリー: - kawamura @ 07時05分54秒

(図3−7 郡中議定村々と組合議定村々)
金谷町史通史編本編より、
文政二年(一八一九)の郡中議定について、抜萃します。

********************

文政二年(一八一九)十月、
天竜川から大井川まで
現在のいわゆる中東部遠州地域七郡八九五か村の者たちの総代が参会し、
「倹約取究」なる郡中議定をまとめ上げた。

この議定領域は
図3−7に示した通りであり、
畿内の国訴(こくそ)の議定領域にも匹敵するような
広域的なものであった。

惣代は六五か村から七四名出ており、
町域からは大代村の河村市平と
牛尾村の鈴木彦右衛門が出席している。

ちなみに、
この議定史料はこの河村家に残されたものである。

この議定領域は、後の明治維新直後、
明治五年(1872)六月に設定された大区小区制の枠組と
直接的な連関を有している。

すなわち、
この領域は浜松県第二大区および第三大区の合同領域とほぼ符合し、
逆に遠州からこの領域を除いた地域は
浜松県第一大区とほぼ合致するのである。

明治四年十一月に開始された区制と
その後に展開した大区小区制の枠組は、
戸籍編成上の必要から近世期に展開した行政的枠組みを無視して
かなり機械的かつ強引に作られたように理解されてきたが、
むしろこうした郡中議定などの枠組みに規定されて存在したのである。

(金谷町史通史編本編 題3編 近世 p426・427)

(つづく)

(脳科学者 茂木健一郎先生序文
 『蒼天のクオリア』『冑佛伝説』河村隆夫著
 amazonまたは島田駅前BOOKS ZEN(0547-33-0002)にて発売中)


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